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幕間 お嬢様方の花園・上

 ある昼下がり。


 今日と明日は雀芽が用事でどうしても抜け出せないということで、私達のグループはSWの活動を休みにしていた。


 けれど私はリリーに呼ばれて異界研の食堂に来ていた。


 私とリリーは住んでいるところが離れているので、こうやって異界研同士を《門》で行き来してしまう方が会うには手っ取り早いのだ。


 異次元世界に出る予定はないので、二人とも私服。


 私は白いTシャツに黒いプリーツスカートというラフな格好。


 一方でリリーは水色のワイシャツと緩めた黒いネクタイ。それと紺色のジーンズ。


 リリーの私服って意外とカジュアルだなあ。


 実は彼女の私服姿を見ていたのは今日が初めてだったのだけれど、うん、似合ってる。


 十人いれば十人が振り向くくらいに美人だし。



「披露会?」

「ええ」



 私が聞き返すと、リリーが小さく頷いた。



「夏前に私達の学校でひらかれる行事で、各部活の新入生のお披露目の舞台なの」

「へえ……文化祭みたいなもの?」

「それとは少し毛色が違うわね。楽しむというよりも、自分達の優秀さをアピールする感じね」



 へえ……。


 なんかいい感じに競争意識出てるね、それ。



「でもまだ夏前なのに、そんな新入生のお披露目なんて出来るの?」



 普通に考えて、新入生が部活を初めてまだ間もない筈だ。なのに、その時期にお披露目するなんて……。


 そういうのって一年の終わりとか、卒業生を見送る時とかにやることじゃない?



「理由は知らないけれど、昔からこういう習慣だったようよ。だから各部活では今、新人の練習に力を入れてるわ。運動部なんて悲惨なものらしいわね」



 うわあ。お嬢様学校でもやっぱり運動部ってキツいのかなあ。



「それでね、佳耶。この行事には本来外部からの来客は招いていないのだけれど、今回は偶然たまたま私に外部から人を招いていいという許可が――」

「リリー、なにしたの?」



 ずばりとリリーの発言を遮る。


 それ明らかに普通じゃないわよね?


 本来許されてないのにリリーに許可が出た?


 まず間違いなく、なにかしたわね。


 するとリリーが綺麗に微笑んで、



「少しだけ寄付しただけよ? そうしたら快く、ね」



 ……少し?



「いくら?」

「二千万」



 それは少しって言わないって!


 そりゃ学校もリリーに許可だすわよ。



「私を招きたいが為だけにそんなにつぎ込んだの!?」

「安いものよ。佳耶と一緒にいられるというのなら」



 安くない、安くない。



「リリー……」



 なんか頭痛くなってきた。


 そりゃ、まあリリーがそこまで私の事を想ってくれているのは嬉しいわよ?


 でも……時々やりすぎよ。



「というか、なんでそんなに私を? 聞く限り私が行っても意味なんてないように聞こえるんだけど」

「それは秘密よ」



 秘密って……怪しいなあ。



「佳耶、よかったら来ない?」

「……それって、いつ?」

「明日」

「明日!?」



 ちょ、いくらなんでもいきなりすぎでしょ!



「大丈夫、用意は全部こっちでしておいたわ。制服の準備もほら」



 テーブルの下からリリーが取り出したのは少し大き目のケース。


 リリーがそれを開くと、中から出てきたのは……、



「……なんで聖台嬢の制服?」



 聖台嬢の制服って、実は結構有名だったりする。


 デザインがかわいいのだ。


 なんでも某有名デザイナーにデザインしてもらったとかいう噂もある。


 リリーのだろうか?



「佳耶のよ」

「何故!?」



 驚いた。そりゃもう心底驚いた。


 どうして私に聖台嬢の制服が?



「来客は本来招かないと言ったでしょう? 佳耶だけが私服では目立つもの。だから、これを着てね」

「……最近リリーの行動力に寒気すら覚えるわ」



 っていうか、一つ気になったんだけど……、



「これ、私のサイズにあってるの?」



 自分で言いたくないが、私のサイズの制服なんて普通はない。


 ……言いたくないけどさっ!



「大丈夫よ。私は佳耶のスリーサイズから何から熟知しているつもりよ?」

「いや、何で!?」



 はっ。


 ま、まさか……っ。



「佳耶に抱きついた時の感触を忘れるわけがないでしょう?」



 笑顔で言い切った!


 というかリリー……抱きつきだけで私のサイズを完全把握!?


 私の体型が完璧にリリーにバレてるなんて……。


 やばい、顔が赤くなってきた!



「それで改めて聞くのだけれど、佳耶。来てくれない?」

「いや、それは……」



 ちらり、と聖台嬢の制服を見る。


 ……ううむ。


 リリーは、大金を寄付してまで私を誘ってくれてるのよねえ。


 制服まで作ってくれて……。


 この制服、ちょっと憧れてたのよね。


 ……あー、うー。


 明日は休日で、SWの活動もないから暇だし……別に構わないかなあ。



「まあ、行ってもいいけど……」

「本当?」



 少し嬉しそうに、リリーが私の手に手を重ねてきた。



「なら明日の朝……そうね、七時にここに来れる?」

「うん」

「迎えに来るわ。制服、着てきてね」



 というわけで……、


 明日の休日の予定が決まった。


 べ、別に制服を着られることに釣られたわけじゃ、ないわよ?



「うわ……」



 翌日。


 私は約束通りにリリーと合流すると、異界研を経由し、さらにそこから車――黒の高級外車――で聖台嬢の校門の前にやってきて……私は感嘆の声を漏らした。


 聖台嬢は山の中腹に立った全寮制の女子校だ。


 そしてその学校の敷地は……やばい。


 私の学校の何倍どころか何十倍というレベルだ。


 まず校門から校舎に続く道が長い。二百メートルはある。そしてその道の左右は綺麗な花壇がずらっと並んでいた。


 校舎も校舎で、歴史を感じさせながらも清潔感と気品に満ちた感じのものだった。


 なんかこう……もうオーラが違う。


 ……来たのね、聖台嬢に。


 ちょっとわくわくしてきた。



「さ、佳耶。行きましょう」

「うん」



 リリーに連れられて、校門をくぐる。


 ……あれ。



「っていうかなんで手を繋いでるの!?」

「佳耶を他の人に取られないためよ」

「誰も私を取ろうとか思わないから。というかここ女子校!」

「駄目。佳耶は可愛いのだから、それは女も男も関係ないわ」



 関係ないのはリリーにとってだけだよね!?



「とにかく、放して。私はリリーと一緒にいるから」

「なら、手を繋いでいても問題はないわね?」

「……」



 ――はあ。



「もういいわ」

「そう。なら、行きましょう」



 そして、私達は校舎への道を歩き出した。


 不意に――。



「ん……?」

「どうかした、佳耶?」

「……いや、なんでもない」



 何か悲鳴が聞こえた気がしたんだけど……。


 ゴーストで聴力を強化。




 ――リリシア様が見知らぬ人と手を繋いでいますわ!




 校舎の方からそんな声が聞こえてきた。


 ちらりと校舎を眺めてみる。


 ……あー。


 二階の窓からこっち見てるあの金髪ロールの人が言ってるっぽい。


 っていうか、金髪ロールに「ですわ」口調って……またなんていうか、典型的っていうか。




 ――リリシア様のご寵愛を受けるのは私のはずですのに!




 しかもリリーの同類だ!


 期せずとも、リリーの先程の「女も男も関係ない」という発言の裏付けがとれてしまった。


 ……あと、あの金髪ロールさん以外にも結構な人数の女の子たちが窓からこっち見てるんだよね。


 各々、リリーが私と手を繋いでいることがショックなご様子。


 やっぱり、お嬢様学校ってそういう傾向強いのかなあ……。


 禁断の花園、ってやつ?



「佳耶、なんだか歩く速度が遅くなっているけれど?」

「あ、うん。ちょっと、ね」



 なんだろ。


 ……なんか、嫌な予感してきたなあ。


 嫉妬の視線を一身に受けながら、私は校舎に脚を踏み入れた。



「意外と賑わってるんだね」



 校舎の中に入ると、廊下を今の私と同じ制服を着た女の子達が行きかっていた。


 その表情はどれもにこやかだ。


 ……訂正。


 なんかたまにこっちに敵意をむけてくる人がいる。


 リリーのファンなのかなあ。


 ともかく、事前にリリーの話を聞いて、今回の行事がもっと静かに行われるものとばかり思っていた私は左右を見回した。



「そうね。部活に入っていない人にとっては純粋に楽しむ行事だから。料理部と紅茶部が合同でやっている喫茶店なんて、特に人気があるんじゃないかしら?」



 料理部はともかくとして……紅茶部?


 ……お嬢様は違うなあ。



「他にはどんなのやってるの?」

「美術部では銀細工のアクセサリーや油絵を販売していて、文芸部は部誌を発行しているようだし、映像部は短編映画、歴史研究部はこの学園の創立から今までの歴史を発表、演劇部ならば第一体育館で劇、オーケストラ部は音楽堂で公演、その他にもいろいろと……あと、グラウンドでは運動系の部活が異種競技戦をしているようよ」



 へえ、いろいろあるんだなあ。


 っていうか、オーケストラ部がちょっと気になった。


 ……普通、高校に音楽堂とかってないと思うけど……まあ聖台嬢だしね。



「ふうん……それじゃあ、適当に回る?」

「ええ。佳耶とならどんなものを見ても楽しいもの」

「そういう恥ずかしいことを公衆の面前で言わないでよ……」

 というか、今の発言を聞きとった人が一斉に私を捻り殺さんばかりの目でみてるよ?

 お嬢様って意外と怖いものなんだなあ。

「じゃあ、まずは一番近くから行きましょうか」

「うん」



 最初に来たのは、料理部と紅茶部が合同でやっているという喫茶店。


 なんか教室の前で沢山の生徒が並んでたんだけど、リリーが来たとたんにモーゼの十戒のごとく生徒達が私達に先を譲ってくれて、結果すぐに入れてしまった。


 ……リリー、人気ねえ。


 そしてその人気のせいで私への殺気がネズミ算のように増えていくのはどうにかしてほしい。



「じゃあ私は……ねえ、チョコレートケーキだけでなんで六種類もあるの? 紅茶の銘柄なんて私知らないわよ?」

「そう。なら私が佳耶の好みに合わせて注文しましょうか?」

「え、私の好み……知ってるの?」

「もちろんよ」



 それ、笑顔で言うけど……もうリリーはストーカーの一歩手前だと思うのよね。



「……じゃ、おねがい」

「ええ」



 リリーが近くのウェイトレス姿の――これは衣装部が作ったものらしい。すごいかわいい――生徒を呼んで、注文をした。


 何故だか、注文を受けている女の子は顔を赤くしてとても嬉しそうだった。


 ウェイトレスが仕切りの向こうの厨房らしいスペースに消えていく。



「リリー……人気だよね」

「そんなことはないわよ。このくらいは普通でしょう?」

「……」



 これを普通って言いきるリリーって……。


 そういえば、リリーって子供のころはマギで暮らしてて、その頃はお父さんの地位がすごかったから周りからよく媚を売られていたって話を聞いたことがあったっけ。


 まあ今でもリリーのお父さんの地位はすごいんだけど。


 そういうことがあるから、こうやって人気なことにも慣れてるのかな。


 少しして、注文したケーキと紅茶が届く。


 紅茶は二人とも同じ銘柄。ケーキは私がチョコでリリーがチーズ。



「美味しそうだね」

「そうね」



 私は紅茶を一口、唇を潤すと、アンティークっぽいフォークでケーキを切って、そのまま口に運んだ。


 ……ん。


 少しビターで……いい感じ。



「佳耶は甘いものを普段から控えているから、それでよかったかしら?」

「うん、ばっちし。私、甘すぎるの駄目なのよ」



 ほんとにリリーってば私のことよく見てるのね。


 会ってまだ二ヶ月経ってないのに……。


 チーズケーチを食べるリリーを眺める。


 ……そういえば、まだ出会って二ヶ月経ってないんだよなあ。


 そんなこと感じさせないくらいに、リリーとの時間は密度が濃かった。


 私の視線にリリーが気付く。


 そして……チーズケーキを一欠けらのせたフォークを差し出してきた。



「……なに?」

「はい」



 はい、って言われても……まさか、「あーん」しろとでも?



「……」



 冗談でしょ、という目でリリーを見つめる。



「……」



 本気そのものの視線が返された。


 ……はあ。



「ん」

「はい」



 諦めて口を開いて、チーズケーキを受け入れる。


 舌の上になめらかな味が広がった。



「美味しい?」

「うん」



 小さく頷く。


 今の私の顔はさぞ赤いことだろうな、と他人事のような考えが浮かぶ。


 と、リリーがなにか期待するように私を見ていた。


 ……え、マジ?



「……いる?」



 チョコレートケーキをフォークで指しながら尋ねると、



「あら、いいの?」



 待ち構えていたかのような返事。


 ……分かったわよ。もう。



「はい」

「ありがとう」



 私の差し出したチョコレートケーキをリリーが口に含む。


 そして、嚥下。



「美味しいわね」

「そっか」



 ……ああ。


 周囲から視線が……敵意が……。


 私、この学校出る前に背中とか刺されるかもしれない。


 ――まあ、いいか。


 折角こんなところまで来たんだ。素直に楽しむことにしよう。


 それにリリーと一緒に笑えるんだ。


 他人なんて気にするのは馬鹿馬鹿しいわよね。



「これなんかどう?」



 リリーがそういって私の髪の毛に合わせてきたのは、小さな髪飾り。鳥をあしらったもの。


 私達は美術部のアクセサリーを眺めていた。どれもこれも普通に売り物で通用するレベルだ。


 のわりに、安い。学生の作品だからかな?



「私は髪飾りとか似合わないからいいわよ」

「そんなことないわ。佳耶の黒い髪は綺麗だもの。どんなものでも似合うわ」

「おだてても駄目。髪飾りはつけないわよ」

「つれないのね」



 つれないで結構。


 私は髪飾りはつけないって昔、春花の髪飾りを借りてつけてみて、それを似合わないって佑子に大笑いされたときに心に決めたんだから。



「なら、これはどう?」



 今度リリーが示したのは、小さな薔薇の花が咲いた指輪。


 あ、これはちょっといいかも。



「それならアリかな」

「なら、これは佳耶にプレゼントするわ」

「え……いや、いいって。買うなら自分で買うから」

「そんなこと言わないで。プレゼントさせて……ね?」

「……」



 なんだかなあ。


 リリー、最近本当に大胆すぎる。



「だったら貰ってばっかもなんだから、私もなにかプレゼントするわ」

「本当?」

「うん」



 並んだ商品を眺めて、その中からぴんときたものを手に取る。



「このネックレスなんてどう?」



 月を模したと思わしき装飾と、細いチェーンのネックレスだ。



「なら、ありがたくそれを頂くわね」

「ん」



 で、二人でそれぞれ商品を買って、贈り合った。



「トリスタンとイゾルテ?」



 次に訪れたのは体育館、演劇部の舞台だった。


 丁度公演時間だったので見ていくことにしたのだ。


 だが……その劇のタイトルに聞き覚えはない。



「そう。トリスタン物語、というケルトの話を取材したワグナーの楽劇よ」

「ワグナー……」



 名前しか聞いたことのない存在だ。


 トリスタン物語なんて聞き憶えすらない。



「リリー、よくアースのことそんな詳しく知ってるんだね」

「そんなことはないわ。うわべだけの知識よ」



 私はそのうわべすらありませんけどね。



「ほら、始まるわよ」

「ん……」



 劇の始まりを告げる放送。


 それを聞いて、私達は未だ閉じたままの幕へと視線を移した。


 肩に微かなおもみ。


 見ると、リリーの肩が私の肩に触れていた。


 ……私も、軽くリリーの肩に体重をかけた。



「なんですの、なんですの、なんですの!?」

「お、落ち着いてください希沙羅(きさら)様!」

「これが落ち着いていられると御思いですか裕美(ゆみ)ぃ!?」

「ひぃっ……!」



 わたくしの形相に、裕美が驚いて腰を抜かす。


 今のわたくしの形相はそれは恐ろしいものなのでしょうね。それほどの怒りがあるのです。



「あの見覚えのない娘……何故あんなにもリリシア様と親しげですの!?」



 思い浮かべるのは、忌々しいあの顔。


 喫茶店でケーキに食べ比べ。


 美術部の作品を贈り合い。


 演劇を肩をくっつけて鑑賞。


 一体、何なんですの――!



「あの娘の素性は調べられましてっ!?」

「は、はい! どうやらリリシア様が外部から招いたお客様らしく、名前は麻述佳耶というようです!」



 裕美の報告にわたくしは首を傾げる。


 外部からの客……?


 特例かなにか、でしょうか。


 まあ、それはいいですわ。



「麻述佳耶……」



 なんと忌々しい。


 リリシア様に少し親しくしてもらっているからと、あのようにだらしない笑いなどうかべてしまって……!


 嘆かわしい、嘆かわしいですわっ!


 リリシア様につく悪い虫、このわたくしがお払いしなければっ!



「裕美、やりますわよ! 今こそわたくし達のリリシア様への愛が試される時なのです!」

「はい、希沙羅様っ!」




佳耶とリリーのイチャイチャを書いてるのは作者的に戦闘を書くこと並に楽しい。


もう彼女達は結婚したらいいと思います、ええ。



なんか……佳耶がもし男だったらこれ絶対にNiceboatするよね。


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