表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/179

3-6

 その世界に足を踏み入れて最初に感じたのは、軽さだった。


 身体が異様に軽い。


 周囲は柔らかな光でほんのりと照らされている。縦に長い空間は、青い宝石のような鉱物によって壁一面を覆われていた。


 その鉱物は全てが微弱な重力を持ち、それがこの世界の重力の全てでもある。


 つまり……この世界は極めて低重力であるということだ。


 初めて感じる感覚に、少しだけ酔いそうになる。


 ――異次元世界には、当然アースとは違う法則を持った世界も多数存在する。その中でも特に危険と判断された世界は、俗にこう呼称される。




 ブラックスペース。




 そしてブラックスペースは、SWの中でも特定条件を満たした者しか入ることが出来ない。


 その条件とは……企業、あるいは異次元世界管理委員会の推薦を受け、なおかつ高額の渡航費を支払うことだ。


 ブラックスペースでは活動困難な環境、凶悪な生物、不可解な現象などが付きまとうかわりに、その世界で手に入れた物資には多額の報酬が支払われる。


 だからこそ、多くのSWは常日頃からこのブラックスペースに憧れているのだ。


 私も実はその一人。


 ブラックスペースに入るのなんて初めての経験だ。


 ……ま、今回は報酬目的で来たわけじゃないけれど。


 私は後ろを見る。




「準備……いいですよね?」

「ええ」



 戦斧を肩に担いだ黒部さんが、鋭い眼光で立っていた。


 さあ……私の強さを示そう。この世界で。


 よく見ていてね。黒部さん。



 結局、昨日はあのまま分かれることになった。


 その日はもう、黒部さんにも、そして私にだって異次元世界に出る気力は無かった。


 あれだけ散々に言っておいてなんだけれど……私だって、言ってて辛かったのだ。


 だから、私を証明してみせるのは、翌日という結論になった。


 そして黒部さんが帰るのを見送った私は……その脚で嶋搗のもとへ。


 で……、



「……なんでそうなる」



 ことの顛末を聞き終えた彼は、呆れたように溜息をついた。



「いや……とにかく感情的になったら、こういう展開に……」

「この馬鹿が」



 眉間を指でもんで、嶋搗は再度深い溜息。



「なんでそんな喧嘩腰なんだよ」

「仕方ないでしょ。このくらいしか私には思いつけなかったんだから」

「だから馬鹿だってんだ」



 再三の溜息。



「もっと上手く立ち回れよ」

「無理ね。これでやっと精一杯だもの」

「威張っていうことか……」



 もはや溜息は嶋搗の標準行動になっていた。喋るたびに溜息を吐いている。



「まあ、馬鹿は馬鹿なりに努力したことは認めなくもないが……」

「素直に褒めなさいよ」

「まず、褒めてない。それに気付け」



 すると、嶋搗がベッドから立ち上がった。



「動いて大丈夫なの?」

「ああ。普通の生活くらいならもう送れる。SWとしちゃまだまだだが」



 言いながら、嶋搗はベッド脇の戸棚を開いて、中から一つのケースを取り出した。


 彼はそれをサイドテーブルに置くと、四桁の暗証番号の鍵を解除して、開く。


 中に入っていたのは……たった一枚のカード。


 そのカードには見覚えがあった。


 異次元世界への渡航許可証だ。


 だが……その渡航許可証は私が知るものと違って、真っ黒だ。



「それは……?」

「本当は俺が復帰してから、錆び落としに行くつもりだったんだが……まあ、餞別だ」



 そのカードを嶋搗が私に投げる。


 慌てて掴み取った。



「だから、これは何なのよ?」

「ブラックスペースへの渡航許可証。そこなら、お前の目的を果たすのには十分だろう」



 ……は?


 ブラックスペースって、あのブラックスペース?


 渡航費に最低でも五千万はかかるっていう、あの?


 しかも、かなり地位の高い人から推薦を貰わなくちゃいけない、あの?


 ――はぁ!?



「嶋搗が私にこんなものくれるなんて、まさかあんたもうすぐ死ぬの!?」

「俺は高価なもんを餞別にやるだけでその扱いか。お前はおれをなんだと思ってるんだ?」

「守銭奴」



 即答した。



「……返せ」

「ごめん、冗談」



 そしてすぐに撤回。


 カードはポケットにしまう。



「…………まったく」

「でも、本当にこんなの貰っていいの?」

「ああ。どうせ五千万なんて稼ごうと思えばすぐに稼げる」

「いやいや、そんなわけないでしょうが」



 普通に五千万なんて一月かけても稼げないって。



「お前……もう俺は魔術を使わない理由はないんだぞ?」



 ……あ。


 そっか。


 嶋搗はSWになってからこれまで、魔術を教えてくれたという人の言葉で魔術を使わないでやってきた。


 なんでも、自分の限界を知っておけ、ということらしい。


 私には正直よく分からないけれど、それはけっこう大切なことで、嶋搗はその言葉を守っていた。


 だがあの世界で嶋搗は自分の限界を悟り、魔術を行使した。


 自分の限界を知った今、これから嶋搗は魔術を使っていくのだろう。


 ……思い出すのは、巨大な斬撃を放つ魔術と、無機物生命体のマザーを三体も纏めて消滅させた黒い砲撃。


 加速魔術、っていったっけ?


 なるほど。


 魔術があれば、確かに嶋搗は五千万くらい簡単に稼げてしまうのかもしれない。


 でも……なんだか、それって少し嫌かもしれない。


 それはつまり……嶋搗はこれから、一人でも十分すぎるほどに戦えてしまうと言うことだ。


 そうなったら、嶋搗は果たして私と一緒に異次元世界に出てくれるのだろうか?


 そんな心配が、表情に浮かんでいたのかもしれない。


 ふと、嶋搗が口を開く。



「もっとも、何かしら必要な金を稼ぐ時以外にまで、すすんで魔術を使う気はないがな」

「え……どうして?」



 あんな便利な力なのに。



「魔術を使い過ぎるとな、魔術に依存しちまうんだよ。魔術があれば戦える、魔術があれば勝てる、魔術があれば、魔術があれば……みたいに。俺はそんな風になりたくないし……なにより、俺は自分の手で戦うのが好きだ。魔術は、どうにも戦った感触が残らない。なにせ、大抵の相手は一撃で終わるからな」



 ……楽しんでるなあ、と感嘆した。


 嶋搗は、SWであることを誰よりも楽しんでいるのだと、再認識する。


 本当のところ、金の為でもなく、非日常性を求める為でもなく……自由に生きる為に嶋搗はSWになった。そして彼は実際に、どこまでも自由に世界を駆け抜けているのだ。



「ま、身体の加速くらいなら常用してもいいかもしれないが」

「身体の加速?」

「ああ。多分、一瞬だけなら音速の三倍くらいの速度を出せるぞ」



 ……あ、そっか。


 嶋搗って人間じゃなかったのね。



「なにか失礼なことを考えてないか?」

「さあ?」

「大方、人を化け物呼ばわりしたんだろう」

「……よく分かったわね」

「ま、俺達は全員、実際に化物なんだろうさ。そういうのは言われ慣れてる」



 ……俺達?



「達、ってことは、他にもあんたみたいのがいるの?」

「ああ。俺の知る中でも三人。黒の魔術が使える魔術師がいる」



 また知らない単語。



「黒の魔術?」



 すると、「口が滑った」といわんばかりの表情で嶋搗が私から視線をそらした。



「別にそんなこと、お前は知らなくていいだろ」

「いや、ここまで言われたら気になるじゃない」



 絶対に聞き出してやろう。


 そんな私の目を見て、彼は小さく首を振った。



「……他言するなよ」



 私に諦めさせることが出来ないと悟ったのか、嶋搗は渋々説明しだす。



「簡潔に言うとだな、黒の魔術ってのは……魔術が至るべきものだ。魔術ってのはあんまりにも威力が高くなりすぎると特異概念ってのに変化する。特異概念はありとあらゆる概念を反転させて虚無に返すから、光すら消し去る。そうなると、その外見は光すら届かない黒色になるわけだ。だから、その外見からとって黒の魔術って呼ばれてるんだよ。黒の魔術に至る道はいくつかあって、俺の場合は純粋に魔力をひたすらに圧縮することによって発生させるな」



 ……なんか、本格的に嶋搗って人間じゃないのね。


 それってつまり……何でも消せる、ってことでしょ?


 どんだけ性質が悪いのよ……。



「そしてそういう黒の魔術を使える魔術師は《黒》っていう位をマギの王族から貰うことが出来る。魔術師の強さは《黒》を頂点に、《金》《銀》《赤》《黄》《緑》《青》《白》の順で測られる」

「じゃあ、嶋搗は《黒》ってやつなの? 凄いじゃない」

「いや、基本的にマギはアースの人間が魔術を使えることは認めてないし、だからアースの人間に魔術師としての位を与えたりはしない……公式にはな」



 なんか今、嶋搗が言葉の終わりになにかを小さく呟いた気がしたんだけど……。


 つまり嶋搗は《黒》相当の魔術師なんだけど、それは認められていない、と。



「なんかそれって下らないわね。マギだから、アースだから、って……」

「マギの魔術師は頭が堅い上に馬鹿揃いだからな。仕方ないだろ」



 そういえば、アイも言ってたっけ。


 王宮魔術師とかってのは非魔術的なものを嫌う、とか。


 それってつまり、アースが嫌いってことなのね。



「ま、この話はこれでお終いだ。これ以上用がないならさっさと行け。俺は寝る」

「……素っ気ないわね」

「愛想振りまいてどうなる?」

「あんたが愛想振りまいても気持ち悪いだけだわ」

「……お前、自分の言葉が大分矛盾してるって自覚はあるか?」



 呆れたように、嶋搗は溜息を吐いて、ベッドに横になった。



 狭い空間を抜けると、そこは断崖絶壁だった。


 いや……この世界に断崖絶壁などという概念はないのか。


 その崖すら、一つの道になってしまうのだから。


 どうやらここは、巨大な縦穴になっているらしい。穴の直径は二十メートルはあるだろうか?


 上には光が、下には暗い闇が広がっている。いや、上か下かなどという判断も重力が四方八方から発生しているせいで分かりにくいのだが……光があるのが多分上だろう。


 《門》が設置されていたのは、この巨大な縦穴の壁に出来たひび割れの中だったらしい。


 ここから上までが三キロくらい、下までは……最低でも十キロはあるでしょうね。底、見えないし。


 嶋搗曰く、ひたすらに下に行けば強さの証明とやらは出来る、とのことだったが……。


 ――とりあえず、すすんでみよう。


 少し緊張しながら、私は縦穴の中に一歩を踏み出した。


 身体が一回転するかのような不思議な感覚。


 気付けば、私は少し前まで断崖絶壁と呼んでいた、その絶壁に立っていた。



「気をつけてください」

「大丈夫よ」



 返事は少し、冷たい。


 当然か。


 私達は仲良くなるためにここに来たんじゃない。


 決着をつけるためにここにいるのだ。


 その決着が、一体どんな終わりになるのかは分からないけれど。


 でも私は、その決着を目指して進もう。


 そして、実際の一歩を踏み出す。


 カツン、という足音が縦穴に響き渡った。




 ゴゴゴ――。




 あれ……なんか地面、揺れてない?


 黒部さんに振り返る。


 彼女も少し困惑したように足元を見つめていた。


 私の気のせいじゃないんだ。


 ……なんか、ヤバい気がする。


 レールガンのセーフティを解除して、トリガーに指をかける。


 地面の揺れが次第に大きくなっていく。


 ――っ!


 私は、足元から聞こえたひび割れの音に、咄嗟に後ろに跳びのいた。


 直後、青い鉱石が砕け、その下から何かが跳び出す。


 それは……先端に鋭い牙が並んだ口を持つ、ミミズのようなものだった。


 がちがち、と牙が打ち鳴らされる。


 なに、こいつ……。


 レールガンをそいつに放とうとしたところで、たはと気付く。


 なんで……まだ地面の揺れは収まっていないの?


 こいつが地面の中を掘り進んでいた振動ではなかったのか……なら、一体なんだというのだろう?




 ――ひび割れる音が、辺り一面からした。




 ぞくり、と。



「黒部さん、思いきり跳んで!」



 私達は同時に地面を蹴る。


 低重力のこの世界で思いきり地面を蹴れば、その跳躍距離は尋常のものではない。


 私と黒部さんはそのまま縦穴の向かい側に到達し、地面に転がった。


 と……、




 轟音とともに、私達が跳躍する前に立っていた地面が一面、砕け散った。




 そこから現れる、ミミズのような生き物の群れ。


 その光景はまるでイソギンチャクを彷彿とさせた。



「なによ……こいつらっ!」



 数が多すぎる……。


 試しに、レールガンをイソギンチャクのど真ん中に打ち込む。


 数匹のミミズが弾け、死体の破片が空中に飛び散った。


 個々はそれほど強くないみたいだけど……こんな大量にいたんじゃ数匹、数十匹倒したところでさほどの痛手を向こうに与えることはできない。


 逃げるか……そう考えていたところで――再び地面が揺れ出した。


 また……!?


 だが、どこに逃げる?


 向かい側は既にミミズに覆われている。


 ならば下目指して逃げるか……それで間に合うのだろうか?


 一瞬の思考。


 私は……レールガンで開けたイソギンチャクの空白地帯に跳び込んだ。


 次いで、黒部さんが私に続いてくる。


 ぐちゃり、というミミズの死骸への柔らかな着地の感触と同時に、黒部さんの斧が周囲のミミズを根元から一薙ぎした。


 そこに、さらにレールガンを撃ちこむ。


 射線上のミミズが二十匹ほど吹き飛んだ。


 そこに出来た道に黒部さんが駆けだす。


 それを追う。


 走りながら、前を走る彼女は斧を真横に構えてミミズを切断していく。


 あの斧、見かけによらず切れ味いいわね。


 思いながら、真横から跳びかかってきたミミズの頭をレールガンの銃身で殴りつける。


 刹那、銃身から眩い輝きが放たれ、雷がミミズに放たれる。


 ……ふふん。


 超高電圧のスタンガンだ。


 新しい私の相棒は遠・中距離だけじゃなく、近距離だってこなしてみせるのよ。


 まあ、実際威力はそれほどでもないけれど、それでもこのミミズくらいなら一撃で沈められるわね。


 行き先に、再びミミズが地面を砕いて現れる。


 黒部さんが斧の構えをとくと、その刃にあるスリットに何かを差し込み、跳びあがった。なにをするのかを察して、私も即座にそれに続いた。


 空中から、黒部さんが斧をイソギンチャク状のミミズの群れの真ん中に放り込んだ。


 ミミズの中に斧が飲みこまれたかと思うと……巨大な爆発が生まれた。


 刃のスリットに差し込まれたのは生体火薬のカートリッジだったのだ。


 爆炎が周囲のミミズを焼き払う。


 その爆発の衝撃で、斧は回転しながら黒部さんの手元まで戻ってきた。


 ――……この人、本当にSW初めて三ヶ月?


 肉弾戦の腕だけなら嶋搗や皆見レベルよ?


 感心しながら、私は所々に爆発の残り火が燃え上がる地面に着地した。



「……貴方より、私の方が強いんじゃないの?」



 黒部さんが私を見て言った。


 ……あまり、舐めないでほしい。


 たかだかSW初めて三ヶ月の人間が。少し強いからってつけ上がるといつか痛い目見るわよ?



「どうかしら?」



 私が笑むと同時……私達の行く手にまだ残っていたミミズの群れの中から二本の巨大な火柱があがる。


 私があらかじめ空中で投げた生体火薬式手榴弾が爆発したのだ。普通の手榴弾なら爆発で吹き飛んだ手榴弾の破片が相手にダメージを与えるが、これはそれに加え莫大な熱量をも吐き出す。


 これで、私達の正面のミミズがあらかた消えたわね。


 追い撃ちのように、レールガンで残りのミミズを吹き飛ばす。



「さ、行きましょうか?」

「……ええ」



 未だに地面から出てくるミミズの間を縫うように、私達は縦穴の底目指して脚を動かした。


 ……なるほど。


 ブラックスペースか……厄介ね。



戦闘♪ 戦闘っ♪

やっぱ戦闘シーンは書いてて楽しい。


ていうか普通に黒部さんの能力を高く設定しすぎた感が否めない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ