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3-5

アマリンを嫌いにならないでくださいね。

 無言。


 あれから十分。


 私は黒部さんをテーブルに案内すると、その向かいに座った。


 そしてそれから、黒部さんはずっと俯き、私は私で口を開く機会を逃していた。


 ……これじゃ、駄目だ。


 意を決して、私は口を開いた。



「黒部さん」



 言葉を自分の中で選び取る。


 いや。選び取る、なんて大層なことではないか。


 これかな、と。気分まかせのように手に取るのだ。


 そうでなければ、結局私は理性で武装してしまうから。


 行き当たりばったりの言葉で話そう。



「もう私は、謝りません。昨日の謝罪も撤回します」

「……っ」



 テーブルの下で黒部さんが拳を握った気配。


 ぐっ、と黒部さんが顔をあげる。


 ……真っ赤だった。


 黒部さんの瞳は、一晩泣き明かしたのだろう、充血している。



「貴方は……彼のことをもう忘れるつもりなの!?」

「覚えていますよ。というか、忘れられるわけがないでしょう? だって……この手が殺したんですよ?」



 引き攣った笑みが自然と浮かんだ。



「人の身体を吹き飛ばす気持ちって分かります? 凄く……冷たいんですよ? 血が全部凍りついたかのように、ゾッとするんです。人間なんてこんなに簡単に殺せてしまうものなんだ、って。私もいつかこうやって死ぬのかな、って。怖くなる」



 きっとあの時、嶋搗の言葉がなければ私は立ち竦んだまま、金属生命体に殺されていたろう。


 私の告白に、黒部さんは息を呑む。そして……それでも私を睨んで見せた。



「殺された人間の気持ちも考えないで……っ!」

「なら貴方は考えたんですか?」

「っ、それ……は――!」



 切り込んだ。



「私に彼の気持ちなんて分かるわけない。だって、赤の他人ですから。でも黒部さんは違いますよね? 彼は、こんな時どんな気持ちになるんですか?」

「そんなの今は関係――」

「ない、なんて言わないでくださいよ。先に殺された人間の気持ちなんてものについて言い出したのは黒部さんなんですから」



 逃がさない。


 ここで逃がしたら、私の決意なんて軽く壊れてしまう。


 やるなら……徹底的にやるんだ。


 例えそれが黒部さんを追い詰めたとしても、温情なんてかけたりしない。私は私の全ての感情を彼女にぶつける。



「教えてください。彼は、こんな時どんなふうに考える人間だったんですか?」

「彼、は……っ」



 ぎり、と。


 黒部さんが辛そうに奥歯を噛みしめた。



「……彼は、きっと……殺してくれた貴方に感謝してる。申し訳なく思ってる――……でも、それが何!?」



 ぼろぼろと、黒部さんの赤い目から涙があふれた。



「私は、だからって貴方を許すつもりなんてないっ! だって彼を殺したのよ!? どれだけ仕方ないからって、彼をっ! それで、それなのに……恨まないわけないじゃない!」



 その叫びは、ひどく痛かった。


 声を発しているのは彼女なのに、私の咽喉の奥が痛みを訴えてくる。


 まるで、もう彼女に何も言ってやるな、と忠告するように。


 ……ふざけるな。


 ここで止めることこそ、失礼だ。彼女にも……死んだ彼にも。


 彼女の大切な人の命を奪った人間わたしがこんなにも弱い存在で許せるものか。


 私は、強く在るんだ。


 それが例え誰かを傷つける、剣の強さでも……!



「世の中の人間なんて誰も信じられないと思った! だから私は行き場もなくて、生きる気力だってなくて、だったらどうにでもなれって……それでSWになったら、こんな素晴らしい世界に出会えたのよ!? ここでは、誰もが平等で、公正に価値を求められて……なにより、誰もが心の底から笑っていた! 羨ましかった、私もあんな風に笑ってみたくなった……彼みたいに笑ってみたかった! 誰でもない、彼の側で!」



 言葉は幾千もの矢のように私に突き刺さっていく。


 その痛みの全てを味わいながら、私は彼女の言葉に耳を傾ける。


 傷つけられるものなら、もっと傷つけてみろ。その程度の傷、どうってことないのだから、と。



「やっと彼に私の気持ちが通じたのにっ……彼が私を受けて入れてくれたのに! 私と彼は、笑い合えていたのに……それを貴方は全部壊した! 貴方の手が壊した! 貴方によって壊された!」

「壊した……だから、なんですか?」



 黒部さんの表情が凍りつく。


 さあ……千の矢を放たれたのなら……万の矢を撃ち返そう。



「そんなの……壊される方が悪いんですよ」

「なん、ですって?」

「壊される方が……弱いことが悪いんです。力が足りないから壊されるんです」



 彼は、弱いから死んだ。



「強ければ、彼だって私達のように生き残れました」

「そんなの運がよかっただけじゃない!」



 運がよかっただけ? 廻りあわせのせいだとでも?


 ……そんなもので私達の命を語らせはしない。



「実力はそんな不確かなものより、よっぽど信用できるし、絶対的ですよ」



 彼の実力があの世界に行くには不十分だった……それだけのこと。それ以上のものはないし、それ以下はない。



「弱いならばあの世界にいかなければよかった。安全レベルの世界で細々やっていればよかった。貴方とどこか喫茶店ででも談笑していればよかった……けれど、彼は自分の意思であの世界に踏み入れた」



 そして……死んだ。大怪我を負って、私に止めを刺された。


 でもそれは……彼があの世界にいたからだ。


 彼が選択したからだ。



「安全よりも好奇心をとった。彼は、その時点で覚悟を決めていて当然なんです。ううん……SWは、誰もが死ぬ覚悟を決めてなくちゃいけない」



 そうでないのなら、異次元世界になど出るべきではない。



「もしそうでないのなら、覚悟を決められなかった彼は死んで当然だし、決めていたのなら、それも死んで当然。どちらにしろ……私が恨まれる理由がわかりません。恨むのなら、彼の弱さを……そして、そんな彼を守れなかった自分の弱さを恨んでください」

「っ……そんなに、自分を正当化したいのっ!? 自分は悪くないとでも!?」



 ――きた。


 さあ、答えよう。


 これこそが……私の感情の全て。


 本当に言いたかったこと。






「ええ。私は、悪くなんてないでしょう?」






 徹底的に後戻りのところに足を踏み込んだ感触。


 黒部さんが私を憎悪するのが分かった。



「貴方は……まともじゃない……っ!」

「SWがまともなわけないじゃなですか」



 前提として、まともじゃないからSWになるのだ。



「黒部さんだって、そのまともじゃない人間の一人でしょう」

「私は貴方と違う!」



 違う?


 違うのだろうか?


 なら……この問いに答えて欲しい。


 この、黒部さんの心を粉々に打ち砕くであろう問いに。




「じゃあ――黒部さんは私の代わりにあそこにいたら、どうしたんですか?」




「……っ!」



 卑怯な問いだ。



「彼が苦しんで死ぬさまを眺めるんですか? それとも一緒に金属生命体に殺された?」



 本当に、嫌になるくらい卑怯な問い。


 答えられるわけがない。


 彼女は私を否定するからこそ、私と同じ選択肢を選べないのだから。


 ……けれど、それでも彼女は分かっている筈だ。


 私の取った選択が、あの最低最悪の中の最良だったのだと。


 だから、答えられない。


 そして――、



「答えられないなら、やっぱり私は悪くないですよね?」



 黒部さんの身体から……力が抜けた。


 椅子の上で、彼女は壊れた人形のようになる。


 打ち砕いた、と確信する。


 ……悲しくなったけれど、それは表には出さない。


 誰かの感情を打ち砕いた私に、ここで弱音を吐く権利などない。


 自分を強者と言ったからには、私は強者の義務を果たさなくちゃならないのだから。


 強く在ろうとする。


 きっとそれは、強者の義務なんだ。



「――ったら」



 小さく、黒部さんの声。



「だったら……私はどうすればいいのよ。貴方が悪くないなら……私が悪いって言うなら、私はどうすればいいのよ……」

「そんなの自分で考えてください。SWを続けるのも止めるのも、ご自由に」



 そこは、私が関わるべきことではない。


 私が強者で在ると決めたように、彼女も自分の在り方を決めなくちゃ駄目なんだ。


 そうでないと……先には進めない。ずっとそこで足を止めたままだから。


 彼女には、前に進んでほしいと思う。


 それをきっと、彼も望んでいるだろうから。


 だってそうでしょ?


 自分の好きになった人間が自分のせいで足をとめるなんて……私だったら、嫌だもの。



「…………っ!」



 突如、黒部さんが動いた。椅子を倒す勢いで立ち上がるとテーブルを飛び越えるように私に跳びかかってきた。


 私は椅子ごと押し倒されて、地面に後頭部を打った。


 痛い。けど、表情は変えない。



「憎い!」

「そう」

「憎い!」

「そう」

「憎い!」

「そう……勝手に憎んでいたら?」



 黒部さんの腹を膝で蹴りあげる。


 痛みに黒部さんが呻き、その隙に私は彼女の身体を押しのけて、跳び起きた。



「別に恨むなとか、憎むなとか言ってないわよ? ただ、私は悪くないって言いたかっただけ」



 そして、私に再び跳びかかってこようとする黒部さんに向かって……身体を回転させながら上段蹴りを放つ。


 私の脚が黒部さんの二の腕の辺りを捉える。


 強い衝撃。


 彼女はそのまま壁に勢いよくぶつかると、ぐらりと大きく傾き、地面に崩れ落ちた。



「なんで……そんなに、強いのよぉ……」



 最後に、その一言だけを口にして。


 少しの静寂。


 どうやら気絶したようだ。


 しゃがんで、黒部さんの身体に表立った異常がないことを確認する。これならば、そのうちすぐに目を覚ますだろう。


 気絶するなんて、思った以上に私の蹴りには威力がのっていたらしい。


 あるいは、単に彼女が衰弱しきっていただけか。


 どちらにしろ、彼女の意識が完全にないことを確認して、



「……私は、強くなんてない」



 ほんの少しだけ……自分の身体を抱きしめた。



 彼女が目を覚ましたのは、それから十数分後のことだった。


 私はカップに注いだお湯の中にティーパックを沈めて、それをいじっていた。


 アイが紅茶葉を買っていたので彼女は紅茶を淹れられるようだが、生憎私にそのスキルはない。


 黒部さんは……床の上に横たわったまま。


 目を覚ましたと分かったのは、不意に、その口が開いたからだ。


 表情は髪の毛がかかっていて、私からは見えない。



「私がSWになろうと思った切っ掛けは……周りの人間の態度が嫌だったから」



 内心、いきなり喋り出したことに驚きはしたものの、私は静かに続きに耳をすませた。



「昔から、画の才能があるって言われてた。私はそんな周りの言葉に踊らされるみたいに、沢山の画を描いたわ。いくつものコンクールで優勝したし、新聞の隅に乗るくらいの活躍はしてきた」



 ……新聞は読まないわね。残念。



「当然のように美大入って……そこでも画を描いていて……それで大人になるにつれて、ある日唐突に分かったのよ。私の周りの人間は……私ではなく、私の画しか見ていないって。私の価値は、私じゃなかった。私の価値は、あくまでも私の画なんだな、って」



 そろそろ、いいかな。


 ティーパックを引き上げる。



「私を褒める人間は、私の画を褒めていたの。私に笑いかける人間は、私の画の価値に媚びているだけ。私の周りには将来私が有名になったときに便宜を図ってもらおうって姑息な考えの人や、私に画を安く売ってもらおうという美術関係者ばかりがいた。それ以外の人達も皆……私に付随する何かを求めているばかりで、私本人は求めてはくれなかった」



 ま、よくあることよね。


 今の世の中なんて、そういうものだ。


 社会性は人間性を抑圧する。社会の中では個人の本質はとことん薄れる。


 私だって、私そのものじゃなくて、私の顔ばかり見られるし。


 他人は気付かれていないと思っているかもしれないが、見られる方はそういう視線に敏感だ。



「だから私は画を描くのを止めた。親にはそれを責められ、周囲の人間はすぐに私から離れて言った。それで、やっぱり私の価値は画だけだったんだって思い知った。あんな薄いキャンバスだけが自分の価値だなんて……ショックだったわ」



 紅茶を口に含む。


 ……少し渋かった。



「それで自棄になって、逃げ込むみたいにSWになった。SWになって、誰の目の届かない異次元世界で死んでやろうと思ったのよ」



 ……また、なんて理由だろう。


 それなら樹海とかでいいんじゃないだろうか……。


 意外と突飛な思考をしていた彼女に呆れつつ、私はテーブルの真ん中に置いてあったクッキーを口に放り込む。



「そして……実地研修で、彼に出会った」



 その声は、幸せそうだった。


 胸が締め付けられる。


 それを緩めるように、暖かい紅茶を一気に飲み干した。



「彼は屈託なく笑う人だったわ。私が失敗すると可笑しそうに笑いながら助けてくれたし、私がなにかを上手くやると笑顔で褒めてくれた。私は……そんな些細なことが嬉しかった。彼が私の行動を見て笑いかけてくれることが。それだけのことなのに、あっさりと死ぬなんて気持ちは消えてしまった」



 小さく、彼女の肩が動く。



「実地研修が終わっても……私は彼と異次元世界に出たわ。その度に私は彼の笑顔が見れて、幸せだった。そのころには、もう自分が恋をしてるんだって自覚してた」



 泣いているのだ、と。


 声が震えているのを聞いて、ようやく気付いた。



「告白したのは、彼が死んだ一週間前。彼……凄く顔を赤くして、焦って……それで、頷いてくれた」



 一週間……。


 そっか。


 たった、それだけ……なんだ。



「人生の絶頂って言うなら、あの一週間の私は、正にそれだったわ」



 泣きながら、黒部さんは小さく笑った。



「あの日……私は、両親に会いに行っていたの。画を描かなくなって、喧嘩別れしてそのままだった両親に謝りに。彼もついてきてくれるって言ったんだけど、私はそれを断って一人で行ったわ……で、追い返された。もう顔も見たくない、って」



 あっさりと言う。



「でも、別に気にならなかったのよね。自分でも驚くくらいに、その拒絶を受け入れたわ。多分……両親に会いに行った時点でもう私の中ではけじめがついてたのよ。いっそ、すっきりした」



 それで、と。黒部さんは言葉を作る。



「それで……帰ってきたら、彼……死んじゃってるんだもん」



 彼女は床の上で仰向けになった。


 涙を流す彼女の表情が覗く。



「恨んでもいい?」

「ええ」

「憎んでもいい?」

「ええ」

「……殺したいって思っていても、いい?」

「ええ」



 もちろん、殺されてやるつもりなんてないけど。



「それと……一つだけ、お願いしてもいい?」

「それは、内容次第」



 そっか、と彼女が苦笑。


 私がこれにも頷くとでも思っていたのだろうか。


 残念ながらそこまで軽率ではない。


 これでお願いとやらが「死んで」だったら、そんなの絶対に聞けないもの。



「貴方は、強いんでしょう?」

「そうね。少なくとも、貴方や彼よりかは」

「……だったら」



 黒部さんが身体を起した。


 その瞳が私を見据える。


 私も彼女を見返した。



「貴方の強さを、見せて。悪かったのは弱かった私達だって、証明してみせて」

「ふうん……」



 口元に笑みが浮かんだ。




「――そんな簡単なことでいいの?」





うーん。やばい。

三章が長く続く見込みがないぞ?


ていうか、普通にアマリンが悪役。

アマリン株が下がったら嫌だなあ。


アマリンはね、不器用なだけなんだよ。きっと。

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