1-3
昨夜、俺は天利との距離感について考えようと決めたばかりだ――ってのに。
「あれ、偶然ね嶋搗。こんな早くにいるなんて、珍しいじゃない」
「お前、実は俺のストーカーじゃねえの?」
「え……なんでそうなるの?」
《門》が設置されている第八国立異次元世界総合研究所、略して異界研の待ち合い室に入った途端、真正面に今は見たくないその顔があった。
「なんでこんな朝っぱらからいるんだよ?」
「それはこっちの台詞だけどね……私は知り合いに支援を頼まれたのよ。ほら、爆雷竜いるでしょ。あれよ」
「そうかい」
確かに、それなら天利は支援に最適だろう。
爆雷竜というのはとんでもなく巨大な竜で、空を飛びながら、地面にぶつかると爆発を起こす生体火薬の塊を落としてくるっていう出鱈目に凶悪なやつだ。
レールガンは威力も弾速も射程距離も他の狙撃銃の比じゃないから、そういう一撃で仕留めておきたい相手には抜群の効果を示す。
「成果は?」
「狙撃ですぐ一匹狩り終わったわ。一時間かからなかった。三人で行ったんだけど……あれ、私一人で報酬六割持っていってもいいと思うのよね。だって私しか働いてないのよ?」
「一緒に行ったら働きに関係なく人数分に分割するってのは、しきたりみたいなもんだ」
「おかしなしきたりよ」
「そう言うな。じゃ、俺は着替えてくる」
ぼやく天利の言葉に少し苦笑しながら、俺は更衣室に入った。
中は普通のロッカールームだ。強いて言えば。一つ一つのロッカーが一般的なそれより一回り大きいということくらいか。それと、八つならんだロッカーの一番左端だけはさらに二回りほど大きい。重装備用のロッカーだな。
ここの《門》だけで、SWは二百人以上いる。その全員の装備がここのロッカーにしまわれているわけだが、それをどうやってやった八つのロッカーに収納するのか。
「180210番」
その答えがこれだ。
俺がロッカーに向かってそう声を発すると、地面が小さく振動し始めた。
SWの装備は全て地下に収蔵されている。音声入力によって、それをこのロッカーまで持ってこさせるのである。
振動が終わると、ロッカーに付いているランプが赤から緑に変わる。
それを確認して俺は扉を開けた。仲には俺の馴染みの装備。
黒いシャツにジーンズ、そして肩と腰だけ銀色を持つコート。
着替えるのに苦労はない。俺の装備はそう重いものでもないし、普通の衣類に着替えるのと違うところと言えば、コートの内側にあるいくつものポケットに予備装備や医療品を詰め込んだりすること。それだって手慣れて時間はとらない。
全てを終えて、ロッカーの扉についている鏡で確認。問題はない。
「よし」
ロッカーを閉めると、ランプが赤になり、微振動がまた始まる。
それを背中に、俺は更衣室を出た。
「ん。男はやっぱり着替えも早いね」
「……」
それで?
どうして、まだこいつがいるんだよ。
「どうして、おだお前がいるんだよ?」
素直に尋ねてみた。
「え、暇なら一緒にどっか行こうかな、って思って」
「……」
そういうところを直した方がいいかもしれないって昨日の夜考えたばっかりなんだけどな……。
「お前、俺以外ともたまには出ろよ」
「うん。今朝一度出たわよ?」
……そうだった。
「ねえ、暇?」
「暇じゃない」
即座に返す。
そう。これから俺には用があるんだ。だから天利と行くことは出来ない。とりあえず今日は。
「へえ、珍しいね。嶋搗が私以外の誰かとだなんて」
「そうか?」
「うん。誰と?」
「お前も見かけたことくらいはあるだろう」
「よーう、シーマン」
丁度いいタイミングでやつがやって来た。
黒い皮鎧と銀色の鱗に覆われたズボン、金の具足。さらにその上から山吹色の毛皮のコートを着込んだ、その上茶髪というなんとも派手なやつだ。
その腰には左右にそれぞれ二本ずつ、四本の刀が差されている。もちろん普通の刀じゃないわけだが。
「げ……」
隣で天利がおかしな声をもらした。
多分、遠目にはこいつを見たことがあったのだろう。その嫌そうな顔を浮かべる気持ちが分からないでもない。こいつ、一目しただけじゃ付き合いたくない人種ベスト三に入るからな。
案外いいやつではあるんだが……やっぱりこの外見はな。
「おやー、シーマン彼女連れ?」
「誰が」
「誰が!」
いっそ噛み付いてやろうかという勢いの天利。こうも勢いのいい否定だと、なんか馬鹿にされた気分になるな。
「あっはっは。そう怒らねーで。で、この子は誰だい?」
「こっちは天利悠希。同級生だ。で、この男が皆見明彦。今日俺が一緒に出るやつ」
片や感心するような、片や信じられないものをみるような目。
「ふうん、シーマンの同級生? また若い子だなー。あれ、その背中のって……まさかこの子が最近有名な撃滅少女?」
「ああ」
撃滅少女、ってのは遠距離射撃ならほぼ百発百中で獲物を仕留める天利の渾名だ。そのまんますぎる。ちなみに、本人には不評なのだが。
「そういう貴方は派手魔人さんですよね?」
「うむ!」
天利の皮肉交じりの質問に、それに気付かないらしい皆見は勢いよく頷いた。
派手魔人も皆見の渾名だ。……SWには人間性の他にネーミングセンスも欠如しているとみえる。
「それで、君も今日の設置に行くんかい?」
「設置?」
「いや。天利とは偶然話していただけだ。別に一緒に行くわけじゃないぞ」
「そうなん?」
俺はそう答えたが、当の天利の目には好奇心がはっきりと浮かんでいた。
……しまった。この話を聞かせたのは大きなミスだ。
「ねえ、嶋搗……」
「いやだ」
「じゃ、皆見さん?」
「なんですかい? それと、呼び捨タメ語てでいいぜ。歳とか気にすんのって、だるくね?」
こいつ、俺が無駄って分かってすぐに皆見に相手を変えやがった。
「待っ――」
「私も行く」
「オッケー!」
……ちくしょう。
「なにしてるの、嶋搗。そんな地面に崩れ落ちて」
「そうそう。どうしたんだ?」
原因はてめぇら二人ですがね。
「私、設置って初めてなのよね」
「そうなんだ。でも一緒に行くのが俺とシーマンだから、心配しなくていいぜ」
「ま、私と嶋搗がそろえば敵なんてそうそういないけど」
「大した自信じゃん。シーマン愛されてるー」
「そんなんじゃないわよ。馬鹿でしょ、あんた」
「なんてフレンドリーでフランクな女の子なんだろう」
お前ら、相性いいなあ……!
†
いつもは小型か、バイクを使う時には中型の《門》から出るのだけど、設置作業ということで今回は私にとって初めて大型の《門》をくぐる機会となった。
待ち合い室から、赤一色で塗られた目立つ扉をくぐると、その向こうには巨大な機械の山。真ん中には三メートルほどのアーチがあり、起動時にはそこに《門》が現れる。
部屋の一面はシャッターになっていて、その手前には一台のトラックが停車していた。あれに向こうに設置する装置が積まれているのだろう。
ここが大型《門》の部屋、か……。
部屋の中には既に何人ものSWが待ち構えていた。おおよそ三十人といったところか。
「オレらで最後かね?」
「どうだろうな。まあ、人数的にそうだと思うけど」
設置経験のある嶋搗と皆見が話しながら、《門》の近くに移動する。
どうやら、まだ出発までは時間があるらしい。
「それで、その世界ってどのくらい危険なものなの?」
折角なので、私は二人に尋ねてみることにした。
「どのくらい、か。そりゃー難しい質問だな。なにせ、俺の知ってる向こうの情報は文明の痕跡があった、ってことくらいだしなー」
「危険度は高いだろう」
皆見と違い、嶋搗の答えははっきりとした断言だった。それには私も皆見も首をかしげた。
「ありゃ、なんで分かるんだ?」
「簡単なことだ」
お馴染みの呆れた溜息。
「一つの文明が既に滅びているっていうなら、それはつまり、一つの文明が滅びるだけの事件が起きた、ってことだろう。核戦争か、巨大隕石か、強力な感染症か、あるいは文明を築いた種族以上の種族が変異的にでも誕生したか。どんなものかは分からないが、安心していいようなものでないのは確かだな」
「……へえ」
言われてみれば納得だった。
そっか。文明の痕跡、ってだけでそれだけのことが推測出来るのね。
あれ、でもちょっと待って。
「そんな危ないところで生身で行っていいの? だって、病気とかあるかもしれないんでしょ?」
「あ、それオレも前から気になってた。どうしてそういうのが事前に分かるんだ?」
「無人機で先に簡単な調査は済ませておくんだよ。ここまできて通知がなにもないってことは、その世界の環境は俺達がちゃんと生存できるし、魔力元素も存在してるってとこか。現地の生物も見つかんなかったんだろうな」
「なるほど」
「知らなかったぜ」
私と皆見は嶋搗の説明に感心して頷いてみる。
「にしても、シーマン、詳しいな」
「お前らが鈍いだけだ。とりわけ皆見、お前はSW歴長いんだからこのくらい知っとけ、間抜けが」
「ひでえ」
まるで銃弾に撃ち抜かれたかのような大げさなそぶりを見せる皆見を無視して、嶋搗は部屋の入り口に視線を向けた。
「それより、来たみたいだぞ」
「ん……?」
振り返って私もそちらを見る。
そこに、おかしな格好をした女性が立っていた。
いや、おかしいと言っても、縦縞の入ったワイシャツに紺色のジーンズ、スニーカーを履いたその格好は世間ではよく見かける格好だ。
だからこそおかしい。
そんな格好で異次元世界に旅立つSWはいない。
それ以前に、アースの人間に赤い髪と金色の瞳を持つ人間なんて存在するわけがない。
なら彼女は何者なのか。答えは一つだった。
「魔術師か」
嶋搗も私と同じ答えに辿りついたようだ。
マギの魔術師だ。
「はい、皆おはよう。私はアインスリーベ=クレニアレスト=ヴォルシン。アイでいいよ。今日はよろしくね」
どうやら、設置のガイドは彼女がするらしい。
友好的な笑顔を浮かべる人だな。好印象かも。
「それじゃ、早速だけど向こうに向かうんで、準備はいい?」
と、皆見が手を挙げた。
「はい、そこの目立つ人。なにか質問?」
「年齢とスリーサイズと好きな男のタイプを教えてください!」
――空気が凍りつく。
こいつ……何言ってるの?
「……あはは、おかしな人だな」
一番最初に立ち直ったのは、意外にも馬鹿な質問をぶつけられた本人だった。その頬は微妙に赤らんでいる。
「年齢は十九、スリーサイズは、秘密で」
しかもなんか答え始めた……って、十九歳?
私とたった二つしか違わないんだ。意外だ、もっと上かと思ってた。なんか大人っぽいし。
「好きなタイプは、派手すぎない人かな」
「ふぐぉぁ!」
言葉の槍が皆見に突き刺ささる。
いいザマね。
馬鹿な質問するからそういう目に遭うのよ。
「はい、他に何かある人ー」
挙がる手はない。
「よし、じゃあ行こう。向こうで油断しないようにね。その……足手まといになる人から見捨てて逃げることになってるから」
そんなこと、言われるまでもなかった。
足手まといを見捨てるなんて、そんなのはSWの常識だ。そうしなければ、こっちが巻き込まれて死んでしまう。
だから、私達は誰もが必死に戦うのだ。
ここにしか居場所のないはぐれ者は、この場所に居続ける為に。