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3-4

 夕食の分の食材は退院直後に既に買っておいたので、私は一直線に家に帰った。


 私が住んでいるのは八階建てのマンション。その最上階だ。


 最上階には部屋が一つしかなく、間取りは広くて、ベランダも大きい。私の贅沢の一つ。


 実は嶋搗がいい部屋に住んでるのが悔しくて私もいい家を探していたってのは秘密。


 一軒家にしなかったのは……さすがに一軒家を一人で使うのは寂しいかな、と思ったから。


 なお、この最上階は元はマンションの管理人が住む場所だったが……私がマンションを丸ごと買い取ってしまったので問題はない。


 面倒な管理は業者に丸投げしてある。


 まあマンションとか持ってれば、老後の心配とかないかな、と思って買っちゃったのよね。


 ……そんなのは今はどうでもいいのよ。


 エレベーターで八階まで上がると、すぐ目の前に部屋の扉。


 鍵を開けて、部屋に入るとすぐにリビングに向かう。


 そして……衝撃。



「悠希っ、よかった。帰ってきてくれて……!」

「っと、アイ……?」



 赤い髪が視界を覆う。


 アイが飛び込んできたのだと、遅れて気付いた。


 後ろに倒れそうになるのをどうにか堪えて、アイを引きはがす。



「ど、どうしたの?」

「それはこっちの台詞だよ。こんな時間まで帰ってこないから心配したんだよ? ちゃんと夕食までには帰って来るって言ってたのに……それに今日は退院直後だったし」

「あー、それはごめん。ちょっといろいろあって。怪我とかじゃないから安心して」

「いろいろ、って?」

「……それは、まあ、いろいろ?」



 嶋搗の上で寝てたなんて間違っても言えない。



「ふうん。なにかあった?」

「まあ……うん」



 黒部さんとのこと、隠そうかとも思ったけれど……これから一緒に暮らす同居人にこんな隠しごととかしたくなかった。



「でもその話をする前にご飯にしましょ。お腹、へったでしょ?」

「それは……、」



 くー、と。


 丁度タイミングよく、彼女のお腹の虫がなく。


 ……アイが顔を赤くして頷いた。


 これで私より二つも年上なんだから……なんだかなあ。



 夕食の後で私はアイに黒部さんとのことを話した。夕食を食べ終わったあとなのは、食べながらする話ではなかったから。


 聞き終えて、アイは眉を曇らせた。



「……なんだか、悲しいね」



 悲しい。


 そういう意見もあるのか。


 ……ううん。それがきっと、最初にくるべきものだったんだ。黒部さんから、恨みをぶつけられて。


 私ならば、強がり。


 嶋搗ならば、肯定。


 私達はあまりにもSWに染まり過ぎて、感情の順番が普通と違ってしまっていたのだろう。



「そう、ね。悲しいわ」



 そういうものだと分かった途端に、その感情がこみあげてきた。


 人の死も、誰かに恨まれると言うことも、すれ違ってしまうことも、どれもが悲しい。



「……あの時、私がもっとしっかりしてたら、結果は違ったのかな」

「それは違うわ、アイ」



 アイはあの異次元世界に出た時、政務魔術師としてガイドの役割で一行に参加していた。


 けれど、あの時あんなことになったのは、決してアイのせいではない。



「もしも敢えて誰が悪いと言うのであれば、それはあの時《門》の設置に携わった者全てがそれよ」



 無人機による事前調査で金属生命体を確認できなかった人も、設置に参加した私達SWも、ガイドであるアイも、誰も彼もが。


 彼らが死ぬ要因を見落としていたから。


 一緒にいて、彼らが死ぬのを守れなかったから。


 異次元世界がどういうものが解っていて、それでもどこかで甘く見ていたから。


 そんな私達は……誰もが悪になりうる。



「そ、そんなことない。だって臣護は皆に指示を出して何人も先に逃がした。悠希は私を見捨てないでくれた。明彦は逃げられたのに帰ってきてくれた。皆、悪くなんてないよ!」

「ならアイも。アイも最後は私達と一緒に戦ってくれた。お陰で私達は助かったわ。アイも、悪くなんてない」

「でも、皆があの世界に取り残されたのは、私がぐずぐずして悠希達を逃げ遅れさせたのが原因だし……」

「それでアイと友達になれたのだから、儲けものね」

「――……」



 私の言葉にアイが言葉を失う。


 そして……ち、ちょっと! なんで泣きかけてるの!?



「悠希、そんな風に思っててくれたんだ……」

「わ、私だけじゃないわよ? 嶋搗や皆見だってそうに決まってる」

「……うん。それなら、嬉しい」



 目尻に溜まった涙を指先でアイが拭う。



「でも……そういうことなのよね。世の中、自分が思っていることと相手の思っていることが一致するなんて滅多にない。人によっては悪が善で、善が悪だなんて、ありふれたことなのよ」



 友人である私とアイがこれだもの。


 私と、赤の他人も同然の黒部さんじゃ……分かり合えると思うことが大間違いだ。



「そんな風に黒部さんの中では、ずっと私は悪のままなのかな」



 思わずこぼれた呟きに、



「そんなの駄目だよ……」

「え?」



 アイが、小さな声で、けれどはっきりと言う。



「その、黒部って人から見たら悠希は悪かもしれない……でも、だからそのままでいいって諦めるのは、駄目だよ。ううん、悪でもいい。けど、このまま相手に何も伝えないで悠希を悪だと恨ませたままじゃ駄目……。だって、そうしたらきっと悠希も、相手の人も、ずっと辛いままだよ?」

「……アイ」



 でも……私には分からないのよ。


 どうやって黒部さんに私の思いを伝えればいいの?


 私は自分が善だと言うつもりはない。むしろ悪だと認めよう。どんな形であれ、私は人を殺してしまったんだから。


 それでも、望んで殺したわけじゃない。


 黒部さんだって私が彼をすすんで殺したなんて、思ってはいない筈だ。思ってないと、そう信じたい。


 そうだとして、それを伝えて……黒部さんにその言葉が伝わるの?


 ……きっと無理だ。


 彼女は、理性ではなく感情で私の前に立った。


 その彼女には、感情の言葉しか通じない。


 しかし私の感情はこうだ。




 ――私は悪くない。




 最低だ、と思う……。


 傲慢だ、とも思う……。


 けれど仕方がないのよ。これが、私の感情からの言葉なんだから。剥き出しの思い。どんな理性でも飾らない事実。


 こんな言葉、伝える伝えない以前の問題だ。


 私には……これを口にする勇気なんてない。自分の幼稚な本性を晒すのも、この言葉で黒部さんを傷つけるのも、なにもかもが怖い。


 だって、私は……ただの人間なのよ。


 どれほど粋がって見せても、武器を握る手があっても……たかが一人の小娘だ。


 罪の意識に押し潰されそうになるし、逃げ道に駆けこみたくだってなる。



「こんな私じゃ……黒部さんに何も伝えられない」

「駄目」



 いつになく厳しく、アイが否定した。



「悠希……帰ってくる前に臣護の所に行ったよね?」

「な――なんでそれを……!」

「やっぱり」



 ……しまった。


 カマをかけられたのだと、手遅れながら気付く。



「ねえ、悠希。臣護は悠希になんて言ったの?」

「……間違えてない、って。そう言ってくれた」

「なら、臣護の言葉を信じてあげなよ」



 信じる。


 嶋搗の言葉を……嶋搗を……。



「悠希は臣護とずっと一緒だったんだよね? そんな臣護が言うんだから。間違いないよ」

「それでも……やっぱり私はどうすればいいのか分からない」

「なら、分からなくていいよ。分からないなりに、出来ることはあるよね?」



 アイが私の顔を覗きこんできた。



「あの世界で、SWのことを語った悠希は、言っていたよ? 私は一言一句覚えてる。――『昔の人は地図もない世界で、どことも知れない土地を開拓していったわ。行く先がどんなものかも分からない海を越えて、山を越えて。そんな凄い人達の血を受け継ぐ私達が、どうしてそれと同じことが出来ない道理があるの?』――ほら、ちゃんと覚えてるでしょ? 今回も、それでいいんじゃないかな?」



 呆然とした。


 そんな……と。


 自分の言葉に、こんな衝撃を受けることがあるなんて……。


 あの時の何気ない言葉が、こうまで今の私を突き刺すだなんて。


 行き先がどんなものかも分からない海を越えて、山を越えて。どうして私達にそれと同じことが出来ない道理があるのか。


 ……それは、私自身が思っていなかったほどに沢山の意味が込められていたのだ。


 海だけじゃない。山だけじゃない。




 ――行き先がどんなものかも分からないのは、人と人との繋がりだって同じこと。




 私は私自身の言葉すら実践できていなかった。


 出来ない道理はないと、そう分かっていたのに。


 とっくの昔に答えは掴んでいたのに。


 それを見落として、目を逸らして。分からないことを言い訳に、自分を伝えることから逃げていた。


 自分や黒部さんが傷つくことが怖かったから、伝わりっこないって、そんな殻を作っていたのだ。


 でも、アイがその殻をあっさりと破ってしまった。


 しかも、使ったのは私の言葉。


 ……どうしようもない。


 これ以上逃げられるわけがなかった。他の誰でもない、私自身が私を追いかけてくるのだから。


 だったら、どうすればいいのか。


 もう改めて問いかけることでもなかった。


 伝たえる、じゃないのだ。


 伝えよう、なんだ。


 意思ではなく、願望。


 可能性じゃなく、希望で私は私の言葉を紡ぐべきだった。


 …………なんて馬鹿なんだろう。私という小娘は。


 天を仰ぎたい気持ちだった。


 けれど、そんな気力もない。



「……その先には、なにがあるのかしら」



 黒部さんに私を伝えよう。


 理性ではなく、感情を。


 どうせ何もかもが今更なんだ。既に私は悪。ならばこれ以上悪の言葉を重ねることにどんな迷いが生まれるものか。


 傷つくことになっても、傷つけることになっても、それならそれで構わない。


 だって、言葉ってきっとそういうものだから。


 伝わりにくくて、理解しにくくて、勘違いしやすくて……そして、口に出すのすら難しい。


 気付いてしまえば、どうってことない。


 なんだか、胸のつかえが取れたみたいだった。



「先のことなんて、誰も分からないよ。でも……いい結果になればいいね」

「……そうね」



 立ちあがって、アイの後ろに回り込む。



「悠希?」



 で、顔をアイの髪に埋めた。


 今はなんだか……無性に誰かに甘えたい気分だった。



「ありがと、アイ」

「……どういたしまして」



 うん。


 やっぱりなんだかんだで、アイは年上のお姉さんなのかもね。



 ……とは言え、どうしたものか。


 翌日。私は学校を再びサボって――出席日数足りるだろうか――リビングのテーブルにふせっていた。


 昨日の時点で、黒部さんが無事に異界研に帰還していたことは調べがついた。


 けど……連絡先とか知らないし。


 いや、それは異界研に連絡を仲介してもらえば済む問題なんだけど……そもそも私が呼び出して、黒部さんが私の前に出てくるだろうか?


 だって私、レールガンとか彼女にぶっ放しちゃったのよ?


 威嚇とはいえ、あれはちょっとやりすぎたって、私。



「……うー、あー」



 こうなったら異界研で黒部さんを待ち伏せしてみる?


 けど、よしんば会えても、それで異界研の中で問題とか起こしたら、私も黒部さんも捕まっちゃうわ。


 合うなら、出来ればSWの装備なんかが持ち込めない異界研の外がいい。


 それも、なるべく人のいないところ。


 それを考えるとこの部屋に来てくれれば万々歳なんだけど……やっぱり無理よね。


 誰がのこのこ恨んでる相手の家に上がるのよ?



「どうしよ……」



 覚悟は決まっても、手段がないんじゃなあ。



「あー、うー」



 ――そんな調子で、私は朝から悩んでいた。


 かれこれ……四時間くらい。


 我ながら、これだけ悩んでよく解決策の一つも出せないものだと感心する。


 ……こうなったら、嶋搗のところに行って相談――駄目ね。きっと呆れられて溜息を吐かれたうえに問答無用で叩きだされるわ。


 それに、嶋搗にもアイにも頼りすぎた。今回はもう、これ以上は駄目だ。


 となると……残るは……。


 その時、




 ピンポーン。




 インターホンが鳴った。


 ……誰だろ、人が来るなんて珍しいわね。


 勧誘か何かかしらね。


 インターホンの通話機の前に立つ。



「はーい、どちら様――って」



 我が家のインターホンにはカメラがついている。


 通話機のモニターに、玄関前の様子が映し出された。


 そこに立っている姿には、よく見覚えがある。



「……皆見?」

『おーう。アマリン。元気か? こんないい男が遊びにきたぜ』



 能天気な声と、派手な金髪。


 いい男……はて、そんなのがどこにいるのだろう。残念なことにカメラの映像には映っていない。



「…………なんでうちの住所知ってるの?」

『んなのちょいとアマリンを後をつければ一発で――』

「じゃあね」

『おおっと、冗談、冗談だって! 本当はアイアイに聞いたんだよ』

「アイに?」



 なんでアイが皆見にうちの住所を……てか、余計なことを。


 舌打ちする。



『え、今のって舌打ちの音だよな? オレ、もしかして嫌われてる?』

「そんなわけないじゃない」



 さらっと嘘が出た。



『すっげぇいい声で清々しく言われると逆に妖しいな……まあいいや』



 皆見は肩を落とし、しかしすぐに立ち直るとにやりと笑った。



『それで今日来た理由なんだが……悪ぃな、昨日あったこと、アイアイから聞いちまったんだ』

「……そ」



 まあ……皆見ならいいか。



「それで、まさか慰めに来てくれたの?」



 だとしたら、もう嶋搗とアイで満腹だ。



『いんや。今日はそんなアマリンにお届けものさ』

「お届けもの……?」

『ジャーン』



 皆見がカメラの前から身体をどかす。


 そしてその代わりにモニターに映し出されたのは……、



「え……?」

『オレってば気の利く男じゃね? わざわざ知り合い連中のツテ使ってまで連れて来てやったんだぜ。褒めて褒めて』




 そこに立っていたのは……黒部さんだった。




 表情は俯いていて窺えない。



『ってことで、オレの役目はハイ終わり。あとはおんにゃの子二人でキャッキャッウフフしててくれい』

「ちょ、皆見――!」



 私の言葉も聞かずに、皆見がエレベーターのスイッチを押す。すぐにエレベーターのドアは開いて、皆見はその中に軽い足取りで入ってしまった。



『オレに、惚れるなよ?』



 最後になにか気持ち悪いことを言って、皆見はエレベーターの扉の向こうに消えた。


 残されたのは、インターホン越しの私と黒部さん。


 ……いや、あのね?


 確かにこの部屋に来てくれたら万々歳よね、とは思ったわよ?


 けど、いきなりすぎない?


 ――……丁度いいのかも。


 皆見のお陰で、席は整った。


 嶋搗に、アイに、皆見に背中を押されたんだ。


 あとは……私自信が頑張る番。


 私は玄関に向かい、そして扉をあけた。



「いらっしゃい」

「……」

「上がってください……話したいことが、あります」



 黒部さんを、招き入れた。



……説法とかって、書くの難しいですね。

矛盾してなきゃいいけど……。


アマリンの普通の女の子な部分を少し、アイのお姉さんな部分を少し入れてみました。


……そろそろアマリンの高校生活も書きたいですね。


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