2-12
……許せない。
佳耶を傷つけた奴を、私は絶対に許さない。
崖を上って、それと同時に私は一気に周囲の魔力を掻き集め、それを膨大な炎へと具現化させた。
瞬く間に火の海ができあがる。
私はその火の海の中に、敵の姿を見つけた。
四人。
全員男。
一人は狙撃銃を抱えている。
……あいつが佳耶を。
考えるより早く手が動いていた。
火の海が一斉に収束する。その対象は、言うまでもない。
佳耶を傷つけた男。
男の悲鳴。
……殺しはしない。
だが、死ぬ限界まで苦しめ。
火だるまになってころがる男から視線を外して、残りの三人を見た。
その中に一人に、見覚えがある。
あれは、まだ私がマギにいた子供の頃に父の繋がりで何度か会ったことのある……。
「王宮魔術師第十席……ガレオ」
「ほう、覚えていたか。久しぶりだな、小娘。そして訂正しておこう。貴様の父が消えたおかげで、私は第九席に座した」
「……そう」
興味もなかった。
「貴方がその男に命令を出したのかしら?」
火達磨になっていた男の身を包んでいた炎を消す。
ひどい火傷を負った男は気絶していた。
あれなら、あと数時間以内に治療すれば命に差し障りはないだろう。
「そうだ」
自分の仲間の惨状になど目もくれずにガレオが頷く。
いや……多分、ガレオはあの男を仲間だなんて思っていない。
あの男は狙撃銃を持っていた。そして、私の魔術に対して魔術で対抗する素振りもみせなかった。
そこから導き出される答えは……あの男は魔術師ではない。魔術師ならば、狙撃銃などという非魔術的ものを使用したりはしない。
おおかた、どこかで暗殺者を雇ったのだろう。
「どうして……なぜ、佳耶を」
「本当は貴様を狙ったのだがな」
「……」
分かっている。
佳耶が怪我をしたのは……私のせいでもある。
私が佳耶の側にいたからこんなことになった。
けれど、だからってガレオ達への怒りが収まるわけもない。
「しかしあの毒を喰らって生きているとは、あの娘、人の皮を被った化け物か?」
「――佳耶を侮辱するな」
次の瞬間、鎌鼬がガレオ達三人に放たれる。
ガレオはそれを防いだものの、残りの二人はあっさりと脇腹を裂かれて地面に転がった。
あの傷も、致命傷ではない。
「ふむ。随分な魔術ではないか。発動時間も、威力も申し分ない」
「貴方に褒められても嬉しくないわね」
刀を抜いて、下段に構える。
魔導水銀の刀身に魔力を込め、その強度と切れ味を強化した。
「私に勝てるとでも思っているのか?」
「……もう勝ち負けではない」
柄を握る拳に力が籠る。
「お前を叩きのめす。それだけよ」
「大口をたたくな、小娘。虫唾が走るぞ」
ガレオが魔力を掌握したのを感じる。
それに対して、私も同じように魔力を集める。
――魔術師の戦いとはすなわち、魔力をどれだけ大量に、そして精密に制御できるかにある。
ガレオが私の頭上に二十メートル大の氷塊を生み出す。対して私は雷の弾丸を生み出し、真下から氷壊に雷弾をぶつけ、それを粉々に砕く。
息を落ちつける暇はない。
左右から純粋な魔力の塊が迫ってくる。バックステップでそれを避け、さらに刀で薙ぎ払う。魔導水銀だからこそ、魔術にも対応出来るのだ。
今度は私が先手を取った。
地面を蹴って、一瞬でガレオとの距離を縮める。
突き。
刀の尖端が見えない壁にぶつかった。
ガレオがもっとも得意とする魔術――結界魔術だ。
あの男の周囲は強力な魔力の壁で覆われている。先ほどの鎌鼬もこれによって防がれたのだろう。
「どうした? その程度か?」
「そんなわけがないでしょう?」
と、周囲の地面が砕けた。無数の亀裂が走る。
「ぬ……」
ガレオがバランスを崩した。
その隙に、結界に触れる。
掌に見えない壁の感触。
私はその結界に、全く規則性のない魔力を無理矢理注ぎ込んだ。
余計な魔力が混じった結界はその構成を崩壊させ、消滅する。
「なんという、力技……だが!」
腐っても王宮魔術師第九席、円卓賢人に数えられることはある、ということか。
ガレオは鉄壁を貫かれながらも冷静に私へと反撃をしかけてきた。
魔力を錐状に尖らせて、私へと放ったのだ。
それでも……。
「この程度が第九位……笑わせるわね」
錐を両断する。
返す刃でガレオに鋭い刃を放つ。
紙一重で、それは避けられた。
ガレオの前髪だけが僅かに落ちる。
「舐めるな……!」
不意に、ガレオの姿が消える。
気付けばそれは私の背後に。
――加速魔術。
ガレオの加速魔術は素晴らしいレベルだった。ただの魔術師なら反応すら出来なかったろう。
……ただの魔術師ならば。
この男は知らないのだ。
私が一体どれほど魔術の鍛錬を重ねてきたのか。
自由に生きるあの人の背中に憧れて、あの人に少しでも近づきたくて、私がどれほど魔術を――加速魔術を突き詰めたのか。
ガレオが魔力で強化した拳を振るう。
私は――その時にはもうガレオの肩を空中で踏み砕いていた。
「が……っ!?」
魔術師はくだらないプライドを優先して、SWのように強化剤を飲まない。
慢心だ。魔術こそ至高という、愚かな慢心。
だから、一流の魔術師であっても、私の速度に反応すら出来ない。
あの人ほどでないにしろ、私の加速魔術は既に最高位に等しい。
あの斬撃魔術の為に、私は加速と、そして圧縮をひたすらに繰り返し反復してきたのだ。それこそ、数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどに。
――あの人は加速魔術だけで私以上の威力の斬撃魔術を放つのだから、やはり格が違う。
「……貴、様ぁっ!」
ガレオの顔が激昂の色に染まる。
「魔術を乏しめる貴様に負けるわけにはいかん!」
「どちらが……」
魔術を乏しめているのは盲信に染まった古い魔術師達でしょうに……。
そう考えたからこそ私の父は移民としてアースに来たのだ。
マギを見限ったのである。
既にマギの魔術は停滞した。次の一歩を踏み出す土台もない。
だから父はアースにごく僅かながらも存在する、魔術の才を持つ人達に魔術を教授するためにこちらに来た。
可能性を見出したから。
SWという、ただひたすらに異次元世界を駆け抜ける人々に、無限の可能性を。
現在その思想は、M・A社が設立した魔術師育成機関として確固たる形をなそうとしている。
そして父以外にも……秘密裏にではあるが、王宮魔術師第一席、深淵の翁もアースに可能性を見出し……結果として、あの人という、多少歪でありながらも最高位の魔術師を育て上げた。
黒の魔術すら会得したあの人は、既に父すらも越える偉大な魔術師の一人だ。
「下らない、下らないわ、魔術師……そんな腐った考えで、貴方は佳耶を傷つけたのね……」
いっそ哀れだ。
彼らは魔術にこだわるがゆえに、私には勝てない。
魔術師であり、同時にSWでもある私に。
「もう終わらせましょう、第九席」
刀を鞘に収める。
そして、その刀に魔力を込めた。
圧縮魔術。
ガレオの顔色が変わる。
「なんだ……その馬鹿げた魔力は……!」
「この程度で驚かない方がいいわね。そんなことでは、あの人に出会った時に、貴方は絶望を越えた絶望を味わうわよ」
あの人は一瞬で私の数十倍の魔力を集める。
正に、馬鹿げているくらいに。
「馬鹿な……何故だ。何故、貴様のような外道にそのような魔術が!」
悪夢でも見るかのようにガレオが言う。
信じられないのではない。
信じたくないのだ。
自分と言う魔術師が、外道である筈の私に劣る、と。
「ガレオ……安心しなさい。殺しはしないわ」
佳耶と約束したから。
命だけは助けてあげる。
「――――天地悉く――――」
それは、自己暗示。
私にならば出来るという、そう自分を信ずるための呪文。
やってみせるという、覚悟の言葉。
「――――切り裂け!――――」
魔力の刃が放たれる。
いや、刃ではない。刃では確実に相手を殺してしまう。
それは言うなれば槌だ。
巨大な槌。
それが、ガレオの身体を横から襲う。
あの男は避けられない。
魔術師の限界をつきつけられたあの男に、もはや本来の能力が発揮できるわけもない。
魔力の槌は……ガレオの身体を打ち砕いた。
†
私が崖の上に上ると、なんか人がボロ雑巾みたいに空中に放り出されているところだった。
その人はそのまま地面に落ちて、ごろごろと転がった後、沈黙。
……多分、死んではいないと思う。
ていうか他にも三人くらい人が転がってる!
しかもグロい!
特に火傷してる人!
でもあの人私を狙撃した本人っぽいから別にいっか。
あと二人くらい血の池に沈んでるけどあれいいのかな!?
あー。雀芽との約束は守れそうにない。なんか、私がやるまえに既に瀕死だ。
……とりあえず懐から止血スプレーを取り出して死にかけ三人に振りかけておく。
「佳耶……?」
と、リリーがやっと私に気付いた。
「リリー……力加減ミスったでしょ?」
「……なんのことかしら」
とぼけてる。
……まあ、いいや。
敵にそこまで優しくする理由もないし。
死んでないなら問題ナシ。
「まったく。殺しちゃったら正当防衛とはいえ、下手したら警察のお世話になっちゃうんだからね」
「そうね、次は気をつけるわ」
……次はなければいいと思います。
「とりあえずこの人達ふんじばって――その必要ないか。車につっこんで異界研まで持ち帰ろうか。そこで役人さんに渡せばいいよ。あとは適当に処理してくれるでしょ」
「佳耶は、それでいいの?」
「うん?」
それでいいって、なにが?
「その人達は佳耶を傷つけたのよ? それで佳耶は気が済むの?」
「んー。ま、ね」
少し考えてから頷く。
「だって、リリーが怒ってくれたし」
「……佳耶」
抱かれる。
――仕方ないなあ。
抱き返した。
「ごめんなさい、佳耶。私のせいで……」
「そんなことないよ。悪いのはこの人達だし」
リリーを恨む気持ちなんて、欠片もない。
「それでも、ごめんさない。やっぱり、私は佳耶の側にいなかった方がよかったのかもしれない」
「リリー……」
リリーの背中にまわしていた手を解いて、彼女の身体を私から優しく引き離す。
……そして、
「だからそれはとっくに話を付けたでしょうがッ!」
腰を捻り、ゴーストで強化した腕を思いきり振り抜いて、リリーの頬を張った。
「――!?」
もしかしたら頬骨くらい骨折したかもしれない。
その時は治療費はきちんと払ってあげるから安心して。
私に頬を叩かれたリリーの身体はそのまま空中に浮かび、地面に倒れる。
「佳、佳耶……!?」
口の端から血を流しながら、リリーが困惑した声をあげる。
なんと珍しいリリーのひっくり返った声。
私は荒い足取りでリリーまで歩み寄ると、しゃがみこんでリリーと視線の高さを合わせた。
「いつまでもグダグダ……正直、ムカつく!」
「――……」
「あのね、リリー! もう勢い任せに言うけどね!」
ああ、これ言ったらマズいよなあ……。
でも私って馬鹿だから、このくらいしかリリーを励ます言葉が思い浮かばない。
「私が好きなら、どんなことがあっても私を幸せにするつもりで来なさい! 今みたいに逃げの姿勢のリリーなんて、私は絶対に好きにならないんだから!」
言っちゃった。
言っちゃった!
なに言ってんだ私――!
「佳、耶……」
「ふんっ!」
赤い顔をリリーに見られないように背ける。
ああ、もうっ!
リリーが悪いのよ!
ああ、もうっ!
もう!
あー、モーモーモーモー、私は牛かっ!?
牛でいいや!
もう自分でも意味分からない!
モー!
恥ずかしさのあまり、思考がこんがらがる。
「ねえ、佳耶……」
「なによ?」
わざと不機嫌な声を作る。
「私は佳耶が好きよ……愛しているわ」
「……」
改めて言うな。
恥ずかしいじゃない。
「ねえ、佳耶」
「だから、なに?」
すると、リリーの手が私の両頬を包んで、無理矢理に顔の向きをかえさせてくる。
ちょ、何を――。
文句を言おうとした口を……塞がれた。
口で。
口を。
……口で?
口で。
口を……?
――あ、あぁああああああああああああああああああああああああ!?
「っ、むぐ!」
がしりと絡みつくようにリリーが私の身体を抱き寄せる。
あ、うぇ!?
ま、待った!
リリー!?
舌!
「ちゅ、ふ……ぁ、ん……くちゅ、ちゅ」
「む、む――! む――!」
舌が入ってきた――!?
ま、マジで待て!
リリー、リリー!?
つうか私、ファーストキスなんですけどぉお!?
「はぁ……ちゅう、ん……ぺちゃ、じゅ……ぷ」
「く……ぁ……ん! んん!」
い、いいいい、い、いい加減に、しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ていうか、息が!
もう酸素が足りない!
――そして、ようやくリリーが舌を抜いて、口を放す。
「……ぁ、ぅ」
がくりと膝を地面につく。
腰が抜けてしまった。
リリーに何か言ってやろうにも、口が開かない。
ただ、ひたすらに顔が熱い。
超熱い。
滅茶苦茶熱い。
「佳耶」
微かに頬を赤らめて微笑むリリーの顔を最後に、
「愛しているわ。そして、幸せにしてみせる」
私は気絶した。
……毒の後遺症ですね、わかります。
丁度いいや。
寝る。
いろいろ頭が一杯だ。
無理。もう何にも考えたくない。
べ、別に恥ずかしさのあまり気絶とかじゃないからね!?
なんか無茶苦茶だ……。
佳耶とリリーをもっと豊かに表現したかった。
駄目だなあ。
……つか、ガレオ激弱。普通にかませ犬じゃん。
いや、言い訳しますね?
王宮魔術師は確かに優秀ですけど、成り上がるには権力とかも必要なわけです。だからぶっちゃけ、王宮魔術師じゃなくても桁違いなのは何人かいます。
という設定。