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2-10


「魔術師は、地位が高ければ高いほどに魔術というものに依存し、そしてそれを盲信する傾向があるの」



 リリーは湯気の立ち上るコーヒーを口にしながら話してくれた。



「私の父は現在でこそ移民としてM・A社の社長なんてしているけれど、マギにいたころは王宮魔術師という魔術師の中でも最上とされる役職、その第四席という地位にあったわ。もっとも、魔術にそこまで入れ込んでいなかったけれど」



 聞いたことがある。


 マギはアースと違って世界国家。世界に王は一人しかいない。その王が住む王宮は島を一つまるまる城塞化させたもので、そこで王の守護をするのが王宮魔術師なのだと。


 その第四席……曖昧ながらも、それがとてつもない地位であることは察することが出来た。



「そして、マギとしては、そんな魔術師にSWに肩入れされると、まるで魔術を穢されたかのように感じるようね。マギでは機械技術はそれほど浸透しているわけでもない、というのが一番の理由かしら。あちらは魔術という技術はあれど、それ以外においてはアースで言うところの中世程度の世界基準だから」

「自分達に馴染みがないから穢れている、か……まあ、ありきたりな話ね」

「ええ。ありきたりな話よ」



 雀芽の苦笑にリリーは頷く。



「そして、そういう穢れに与する者を排斥しようとするのも、ありきたりのこと」



 それが誰を指すのかは、わざわざ言われるまでもなかった。



「まして元々が高い地位にあった者なら、それは尚更の話よ。マギにとって、父は――そしてその娘である私も……目障りで仕方がないのでしょう。SWとして活躍されては、より一層に……」



 だから私が狙われたのでしょうね、と。


 まるで世間話をするかのようにリリーが言う。


 ……なに、それ。



「理不尽じゃない……リリーは悪い事なんてしてないのに……」

「彼らにとっては、私はここにいるだけで悪なのよ。そういう仕組みなの」

「そんなの――っ!」



 リリーと視線がぶつかる。


 ひどく静かな瞳だった。



「私の為に怒ってくれるのね、佳耶。ありがとう。私は、それだけで十分」

「……十分だなんて、そんなわけないじゃない」

「いいえ。十分よ」



 小さく、リリーは笑む。



「けれど、こうなっては、私は貴方と、貴方達と一緒にいては貴方達にまで危害が及んでしまう。もう……離れた方が、」

「それ以上は言わなくていいよ」



 言葉を遮る。


 ちらりと雀芽を見た。


 雀芽は、小さく頷いてくれる。



「リリー。あんまり私達を舐めないで」

「……佳耶?」

「私達は仲間よ? そんな下らない魔術師が敵に回るくらいで、リリーを見捨てると思うの? そんな薄情で弱い人間に見える?」



 上等じゃない。


 魔術師?


 なにが魔術師だ。


 そんな下種な仕組みに踊らされるような魔術師なら、怖くもなんともない。


 その為にリリーと離れてしまうことのほうが、よほど恐ろしい。



「もう一度言う。リリー……私を舐めないで。リリーが悪だとか、目障りだとか、そんなふざけたことを抜かす連中は私が徹底的に叩き潰す」

「けれど、佳耶……」

「ああもう、うっさいな!」



 これは私が決めたこと。


 リリーにどうこう言わせるつもりはない。



「いい、リリー! よく聞きなさい!」

「え、ええ……」

「私のこの力は、私に誰かに手を差し伸べる力をくれた!」



 だから、私はSWになった。


 私がゴーストという異次元世界の技術で救われたように、私もSWとして誰かを救う技術を生み出す手伝いをするために。


 私のこの、ゴーストという血は、誰かを助けたいって想いそのもの。



「だから、私はリリーを見捨てたりしない。私のこの力は、身近な人間一人にも差し伸べられない手じゃない!」



 断言する。


 リリーが私の側にいてくれるなら……、



「私は、リリーの側にいる!」

「……」



 リリーが少し、眼を見開く。


 そして……ふっ、と微笑んだ。



「……いいのね?」

「いい!」



 悪いなんて、言うわけないじゃない。



「なら、佳耶……私の側にいて? 私は貴方の側にいるから」



 差し出されたリリーの白い掌。



「ん……」



 私はそれに、自分の掌を重ねた。


 すると――、






「あのー、プロポーズ中悪いんですけど、そろそろ手伝ってくれませんかお嬢さん方」






 ハッチから、寒さに身体を震わせた隼斗が入って来た。


 隼斗は一人で先に、あの凶獣の死体の剥ぎ取りをしてもらっていたのだ。


 ……って、ぷぷぷ、プロポーズ!?



「だ、誰がプロポーズよ!?」

「いやいや、自分達の発言を思い返せよ」



 呆れたような隼斗。


 雀芽も若干呆れているように見えた。


 私達の発言……?



 ――私は、リリーの側にいる!


 ――私の側にいて? 私は貴方の側にいるから。



 …………いやいや!



「こ、これはあれよ! なんていうか、そう! 友情的な意味合いよ!? ね、リリー!」



 リリーを振り返る。


 ……え。


 リリーは、コーヒーを飲んでいた。ただし、俯き気味に。


 そして表情こそ窺えないものの、その耳は……若干の赤みを帯びている。



「…………」



 もしかして、リリー……恥ずかしがってる?


 え、あのリリーが?


 あのリリーよ?


 ……ええ!?



「プ、プロポーズだなんて……そんなことは……」



 か細い声。


 ……あ。ヤバ。


 なんか……可愛い。


 いつものリリーとのギャップにやられそうになる。



「なに赤くなってるんだ、お前ら」

「ほらほら、隼斗。馬に蹴られたくないなら外に出ましょう。さっさと積み込みましょうね」



 ちょ、二人とも!?


 こんな空気で二人きりにされたら、どうしていいか分からなくなるじゃない!



「わ、私も行く!」

「なら、私も……」



 慌てて私とリリーも立ち上がる。


 で、



「あっ……」



 私はテンパっていたせいか、なにもない地面につまずいてしまう。


 そのまま、リリーの胸の中に……って、ああ!?



「……」

「……」



 私とリリーは、その姿勢のまま硬直。



「どーぞごゆっくりー」

「しばらく帰ってこないから、安心して」



 能村姉弟が出ていく。



「……私達も、いこっか」

「ええ……そうね」



 私達も、静かにその後に続いた。



 凶獣の尻尾を魔力を圧縮、加速させた斬撃で切り落とす。


 そしてその一本一本を、氷の上を滑らせて、車の方に運ぶ。


 車の近くには佳耶がいて、ゴーストで強化した腕力を使って尻尾を後部車両に押し込んでいた。


 ……佳耶。


 愛おしい、と感じる。


 おかしいという自覚はある。


 女なのに、佳耶を好きになる。それは、生物的に見て異常だ。


 女は男を好きになる。それが自然なのだろう。


 けれど、私は佳耶に心を奪われた。


 そして今さっき、それは鎖で雁字搦めにされたかのように、もう二度と抜け出せないほどに強固なものになってしまった。


 佳耶。あなたは気付いている?


 もう私は、貴方無しではどうしようもないほどに、狂おしく貴方を愛している。


 この想いを、彼女は受け止めてくれるだろうか?


 無理だ、と思う。


 けれど受け止めて欲しいと強く願ってしまう。


 それが佳耶に迷惑なのは分かっているけれど……それでも、この感情を止めることは、私自身にも不可能。


 どうしてこんなにも愛してしまったのだろうか。


 ああ、そうだった。


 自分で言ったこと。


 愛することに理由はいらない。


 佳耶を思うと身体の奥が熱くなる。


 今更に自覚する。


 ああ……ああ……。


 私は、佳耶が好きなのだ。


 どこまでも。


 なによりも。


 この無限に連なる世界で一番。


 佳耶を愛しているのだと……。



「ということで、借金完済ありがとー!」

『おー!』



 第十二異界研の食堂は、大きな喧騒に包まれていた。


 音頭をとったのは雀芽。珍しくテンションが高い。


 それに各々の飲みものを掲げたのは……食堂を埋め尽くさんばかりに集まったSW達。


 ……あの、なんで私達のグループの祝い事なのに無関係な貴方達がいるのですか?


 とは聞ける雰囲気ではなかった。


 というか、こんなことは実は日常茶飯事だったりする。


 もともとSWは快楽主義者だ。


 楽しそうな事があれば首を突っ込む。


 祝い事の宴会なんて、それの最たるものだろう。


 だから異界研の食堂は最低でも週に一度はこういった大きな騒ぎが発生する。今回は、それが私達の番だったということだ。


 ちなみにその宴会費は全て祝われるべき本人達というおかしなルールがある。


 拒否権はない。


 多分……宴会一回で軽く二千万は飛ぶんじゃないだろうか。なにせ異界研の食堂の食材は異次元世界なんかでとれる希少なものを使ったものが数多くあるのだから。


 さらに、SWは遠慮を知らない。


 基本的に宴会で最初に品切れになる料理は一番高級なものからだ。


 結果、宴会の主催者涙目という事態に陥る。


 ……雀芽、借金完済したばっかりなのにこんな出費に耐えられるのかな。


 まあ、その辺り実は問題ない。


 清算の時になったら、私が無理矢理全額払う気まんまんだからだ。


 私も大分稼いだし、いろいろ世話になっている雀芽の為に宴会費ぐらい出さなくちゃ気が済まない。


 とか考えている内に、早速高級料理の数々が運び込まれてくる。


 ……あ、肉みっけ。


 素早くそれを皿ごと確保する。



「ちょ、レーさんなにやってんだ!」



 どこかで誰かが悲鳴をあげた。


 レーさんと言うのは私の渾名。


 通り名がゴーストだから、それを日本語にして霊。そしてレイ、レーという安直な仇名だ。


 私がゴーストっていう不吉な名前で呼ばれるのが嫌いって分かってる人達は皆このレーって名前で呼んでくれる。しかも何故かさん付け。



「早いもの勝ちよー」



 骨付き肉を振り回して自慢げに言ってやる。



「ちくしょう、くれ!」

「俺も!」

「ウチもや!」

「こっちにも!」

「レーさん愛してる!」



 って、なんで一斉にこっちに押し寄せてくるのよ。



「ええい、渡さないわよ! 他食べなさい。そして最後に意味不明なこと口走ったやつ誰!?」



 後ろに飛びずさって群衆の波を避ける。


 ふふん、強化剤も飲んでない状態でゴーストのある私においつこうなんて甘いわ。


 あ……変なこと口走ったやつが周囲のSWにボコられてる。



「てめぇ抜け駆けか!」

「レーさんは皆のアイドルって決めたろう!」

「アンタにゃ不釣り合いなんだよ!」



 ……皆仲いいなあ。


 言ってることは意味不明だけど。


 そのリンチの光景をほのぼのと眺めつつ、肉を食べる。


 んー、おいし。



「佳耶」

「あ、リリー」



 首にリリーの腕が巻かれる。


 ふわりと柑橘の香り。


 片手に皿、片手に肉を持っているので、下手に振りほどくこともできないので、そこは諦める。


 というか、今更だ。


 なんかリリーの好きにさせておいていいかな、って思ってる。


 きっと何言ってもこの抱きつき止めないだろうし。



「活気があるわね……少し戸惑ってしまいそう。こういうのは慣れていないから」

「あれ、リリーってこういうの参加したことないの?」

「ええ。佳耶は?」

「私は知り合いが開催したのに何回か誘われたから参加したことあるよ」



 知り合いっていっても、そんな親しくないけど。


 そこに肉があるのなら、誘われて行かないという選択肢は用意されていないのだ。



「なら、今日は佳耶にエスコートしてもらおうかしら?」

「えっと……エスコートってなにすればいいの?」

「一緒にいてくれれば、それでいいわ」



 んー。



「ま、それくらいなら別にいいけど」



 断る理由もない。


 私は延々肉を食べ続ける予定だけどね。



「そう」



 リリーはシャンパングラスを片手に静かに私の隣に立った。


 ……って、シャンパン!?



「リリー未成年でしょ!?」

「ノンアルコールよ。安心して」

「……」



 なんて曖昧なものを。


 っていうかここにノンアルコールのシャンパンなんてあったのか。



「そっか……んぐんぐ、ん……っ!?」

「……佳耶?」



 …………咽喉につまった――!


 の、飲みもの、飲みもの!



「佳耶、これを……」



 リリーがシャンパングラスを私の口元に持ってくる。


 私は慌ててそれに口を付けた。



「……ふぅ」



 や、やばかった。


 危うく酸素不足で無我の境地状態に入るところだったわ……。



「慌てて食べるからよ。もっとゆっくり食べて?」

「うん、そうする」



 ちょっと私もテンションあがってたかな。


 でも、折角の祝いの席なんだからテンションの一つや二つあがらなくちゃね。



「ねえ、リリー?」

「なに?」

「リリーは楽しい?」

「ええ。とても」



 綺麗な微笑み。


 自然と私も笑みになる。



「なら、よかった」

「飲みものをとってきましょうか」

「だね。私はコーラかな」



「な、なんだあれ……」

「イチャイチャ指数が限界値を超えているぞ!」

「メーデー、メーデー! 鼻血を出したやつはこっちだ!」

「最近レーさん達のグループに入ったやつだよな?」

「何者?」

「レーさんめっちゃデレてる」

「なんか、M・Aの第一位だとか……」

「マジ? あんな綺麗なのに……嘘だろ?」

「ぎぁあああああああああああ、レーさぁん! カムバーック!」

「レーさんって、同性愛者だったのか……」

「俺のレーさんと幸せ家族計画が!」

「テメェなんだそれ、ふざけんな。死ね!」

「レーさんは皆のアイドルだ!」

「このっ、このっ!」

「家族計画手帳がビリビリぃいいいいいアふンっ!?」



 食堂の一角で、佳耶とリリーのやりとりを眺めていた一部の野郎どもが変な騒ぎを起こしていた。


 ……こいつら、大丈夫なんだろうか、いろいろと。



「あー、おまえら?」



 確か、こいつらってレーさんファンクラブとかいう変な組織だったよな。


 俺はそいつらに声をかけた。全員がこちらを見る。



「実はあいつら……プロポーズも済ませてるんだ」

『――……』



 空気が、止まった。


 そして時は動き出す。



『なぁあああああああにぃいいいいいいいい!?』

「ご愁傷様」

『うぁああああああああああああああん、レーさぁあああああああああん!』



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