2-9
例の戦車を使うようになってから、ようやく私達の戦闘スタイルが決まって来た。
敵が数体ってレベルなら私とリリーで迎撃。隼斗は周囲の警戒。
敵が多くて車が囲まれるような時は車両左右の敵を機関砲が一丁ずつ、前方の敵が私、後方の敵がリリーの担当、という感じだ。雀芽は運転に集中。
しかし……実は隼斗って凄いやつなのかもしれない。
二方向に向いた機関銃を同時に操作するのよ?
その集中力は悔しい事に見習うべきところがある。私も一度だけ操作させてもらったけれど、以外とあれは難しいのだ。
右手で丸、左手で三角を描くと言えば分かりやすいだろうか。
それを戦闘時に冷静に使いこなすのだから、なかなかだ。
そして、その戦闘スタイルに定めてから、私達の収入は爆発的に上昇した。
一日に一千万、運が良ければ五千万近くも手に入るのだ。
なんというか……ぼろ儲けだった。
一生を遊んで暮らせる金が手に入るのも時間の問題っぽい。
「そろそろ借金、取り返せた?」
車に揺られながら、車両前方の運転席に座っている雀芽に尋ねる。その隣では隼斗が端末の前で膝を組んでぼんやりとしている。私とリリーは車両後方のスペースに腰を下ろしていた。
「あとは、利子分を返せば終わりね」
「じゃああと少しなんだ」
運転席から返ってくる雀芽の返事に、胸をなでおろす。
この車を使うようになってあと数日で一月。
いつぞや「借金なんて、すぐに返させてあげる」と言い切った私としては、もうそろそろその約束を守っておきたいところだったのだ。
「それなら、今日は一段と頑張らなくてはね、佳耶?」
「うん」
リリーが微笑むので、私も微笑み返す。
車の中では、私とリリーだけが車両後部にいるので、自然と会話の数が多くなる。
リリーはそのことに大層ご満悦らしい。
「……ふふ」
抱かれた。
冷静に引きはがす。
なんだろう。もはやこれが挨拶代わりにすらなっている感の否めない私がいる。
「……ねえ、リリー?」
「なに?」
気になって、尋ねてみた。
「前から分からなかったんだけど、どうして私のことが好きなの?」
「不思議なことを言うのね、佳耶は。人を愛することに理由は必要かしら?」
……む?
そりゃ、言えてるけど……。
「でも、やっぱり切っ掛けの一つくらいあるでしょ?」
「切っ掛け……そうね。それを言うのであれば、最初の出会いそのもの、かしら」
「最初の出会い?」
ってことは……あの森でのことか。
それが一体どうしたというのだろう。
珍しい事ではあるが、無数に存在する異次元世界の中でSW同士が偶然出会う確率は皆無ではない。
「そう。あの森で、貴方に出会った。そうして、貴方に心を奪われたの」
「それってつまり……一目惚れ?」
「ええ」
ならわざわざ遠まわしな言い方しないで最初から一目惚れって言えばいいのに……。
「ていうことか、私の外見が理由?」
「それはどうかしら」
あれ。一目惚れってことは、外見判断でしょ?
「確かに貴方の綺麗な瞳も、小さな鼻も、魅力的な唇も、卵みたいな顎のラインも、そしてその小さな身体も私は大好きよ」
――がんっ。
隼斗が身体をこわばらせ、その反動で肘をどこかにぶつけたようだ。私からはシートが邪魔でその様子はほとんどうかがえない。
多分、リリーが「小さな」って口にしたことに反応したのだろう。私も反応した。
でも……何故だろう。
いつもは、小さいって言われると悔しいのに、リリーに言われると、そうでもない。
……どうして?
不思議な気持ちだった。
私が小さいからリリーに好かれたのだと思うと、僅かにではあるが、嬉しさすら覚える。
……決して、私がリリーを好きと言うわけではないけれどね。
本当よ?
……私ってば誰に言い訳してるんだろ。
「でもね、佳耶」
リリーが私の肩に手を置いて、そっと耳元に口を寄せた。
だーかーらー、あんまり密着しないでよ!
「私は、佳耶が佳耶だから愛しているのよ。他の誰があなたと同じ容姿を持っても、きっと私は駄目。私は……貴方を愛すの。愛しているわ、佳耶」
――っ!
「あ、あう……っ」
その囁きは、私にやっと聞こえるくらいの、少し掠れた声。
動悸が激しくなる。
少しだけ頭がくらっとした。
「り、リリー。あの、えっと……」
何か言おうとして、けれど私のその唇を、リリーの人差し指が優しく塞いだ。
「それが私の告白への返事でないのなら、何も言わないで。誤魔化しは、痛いわ。佳耶に言われると、なおさらに。だから、何も言わなくていい……」
リリー……。
私は、リリーの告白に今答えるべきなのだろうか?
好き……ではある。
けれどそれは、友人としての好きであって、恋愛感情ではない。
ならば嫌い、とでも言えばいいのか。
それは絶対に違うと心のどこかで否定される。
それ以外の言葉をリリーが求めていないと言うのなら、私には今、ここで、何を言うことも出来はしなかった。
「そんな苦しそうな顔をしないで……ごめんなさい、別に返事を催促したわけではないの。けれど、これだけは覚えていて。私は返事なんてなくても、貴方を愛し続ける。捧げ続けるわ。もしそれが重くなったら、いつでも言って。私は貴方の前から消えるから」
「そんなことないっ!」
即座に言い返していた。
「佳耶……?」
「重くなんてないから、消えなくていいよ」
……あれ。私、何言ってるんだろう。
なんでこんな必死に……。
自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
「消えるとか、言わないで……折角仲間になったのに」
「そうね……私は駄目ね。佳耶の為と思って、その逆のことをしてしまう。許して、佳耶。私はこれからも、貴方の側にいるから」
「……うん」
「おーい。お二人さん。ラブラブのところ悪いが、敵さんが来たぞー」
不意に隼斗が知らせてきた。
って、誰がラブラブよ!?
「べ、別に私達はそんなんじゃ――!」
「はいはい、自覚がないんだな。ごちそうさまでした」
「隼斗!」
「おー、怖」
言ってる間に車が止まって、車の横のハッチが開く。
私とリリーが外に飛び出すと、ハッチはすぐに閉じた。
外は……寒い。
この世界は氷に覆われた、氷点下の世界なのだ。
SWのお約束とも言える身体強化剤を飲んでいなかったら、私達の身体は凍えていたろう。
空には何重にもオーロラが発生していて、それが地面の氷にきらきらと反射している。
「気をつけて、佳耶」
「うん、リリーも」
『センサーで感知出来た範囲で言えば敵は左前方から大きいのが一体。大きさは……なにこれ?』
耳元につけた小型の通信機から雀芽の声。
「どうかしたの?」
『え、これ……推定全長……八十メートル!?』
「は……?」
いやいや、え。八十って言った?
は、八十!?
デカすぎでしょ、それは!
『それに、速い……! もう見えるわよ!』
雀芽の言葉に、私達は目を凝らした。
けど、どこに……?
『下よ!』
数十メートル先で……地面が吹き飛んだ。
否。
氷の中から何か巨大なものが飛び出したのだ。
それは――なんというべきか。
四本の鋭い爪をもった足。灰色の鋼のような体毛に覆われた胴体。六つの瞳と三つの口、四つの耳を持った頭。数え切れないほどの、先端に鋭い針がついた尻尾。背中からは角のようなものが二本生えている。
なにより、それはここからでも見上げなければなさないほどの巨大。
……は。
なに、あれ……。
背筋に冷や汗がつたう。
とんでもない……とんでもない生物だ。
見ただけで伝わってくる凶悪さに、私は身震いした。
――武者震いだ。
あんなレベルのと戦うのなんて……いつぶりだろう。
「雀芽。車の近くでは戦えないわ。私があいつの足止めをするから離れてて。リリーは後方であの大斬撃の準備、お願い」
『……分かったわ』
「ええ」
二人の返事を確認するや否や、私の身体は凶獣へと飛んでいた。
私の姿を確認したのだろう。凶獣が唸りをあげ、その尻尾の一本が私に突き出された。
それを飛んで回避。尻尾はそのまま地面を大きく砕いた。
私は尻尾の毛を掴むと、そのまま尻尾にゴーストの散弾を放つ。ゼロ距離で放たれた散弾は尻尾の肉を撒き散らし……しかし、骨までは傷つけることはできなかった。
っ、ダメージが通りにくい。やっぱり身体が大きいからかな。
痛みに凶獣が尻尾を思いきり振るう。私はその衝撃で吹き飛ばされ、地面に投げ出された。
上手く着地するけれど、地面が氷なだけあってよく滑る。私は足の裏にスパイクを作って身体を止めた。
……さて。
こうなると、狙うのは頭かな。基本的にどんな世界の生き物も、頭を狙えば倒せると考えていい。
ゴーストで脚の筋肉を限界まで強化。人間には到底不可能な速度で駆けだす。
さらに凶獣が尻尾を一本、二本と打ち出してくる。
それを再び飛んで回避。
と、空中の私にさらに尻尾が打ち込まれた。
だが、私は背中に翼を作り出し、それによって空中で身体を真横に移動。尻尾を回避。そしてそれを足場に、さらに上空に飛び上る。
尻尾がなおも打ち込まれる。けれど、ここまで高く飛びあがれば、尻尾は届かないようだ。
尻尾が私が落ちるのを待ち構えるように高く掲げられる。
「リリー!」
合図を出す。
少し離れた位置で刀を構えていたリリーが小さく頷き、
「――――天地悉く――――」
その威圧感に凶獣がリリーの存在に気付く。
でも、もう遅い。
すてに刀は抜き放たれた。
「――――切り裂け――――」
空高く、私目がけて掲げられていた凶獣の尻尾が全て、根元から切断される。
凶獣の悲痛な叫びがオーロラを震わせた。
痛みに我を忘れたように、凶獣がリリーに跳び出す。
私を忘れてもらっては困る。
私は細長い槍を作成、そのまま下に槍を投擲した。
槍は私の腕力と重力によって速度と威力を高め、そして凶獣に突き刺さる――凶獣の瞳の一つに。
瞳を一つ潰された凶獣は身体のバランスを崩し、そのまま氷の大地に倒れる。
私は翼で落下速度をゆるめながら、凶獣の身体目がけて降りる。
だが、その私に凶獣の爪が振るわれた。翼を動かして、どうにかそれを回避する。
しかし爪が振るわれたことで発生した突風に身体がさらわれ、着地点が凶獣から遠のいてしまう。
その時、二発目の大斬撃が放たれ、凶獣の首に迫る。
決まった。
そう確信した、次の瞬間。
斬撃が、凶獣の体毛に防がれる。かろうじて血は出ているが、それは決して致命傷ではない。
「な――」
あの大斬撃に耐えるなんて……!
「どうやら胴体の体毛は尻尾とは比べ物にならない堅さのようね」
冷静にリリーが判断する。
「なら、どうやって倒せば……」
「――一つ、試したいことがあるわ」
凶獣は今にも起き上がりそうだ。
「試したいこと……?」
「ええ……でも、それは佳耶にも協力してもらうことになるし、それに賭けよ。もし失敗したら、危険が伴うわ」
「……」
リリーの視線が私に問いかける。
どうする、と。
私はその視線に、頷いた。
「なら、成功させればいいんでしょ?」
「……ええ」
私達の視線の先では、凶獣が体勢を立て直していた。さらに、その身体の後ろから、細い管が伸びたかと思うと、あっというまに肥大化して、尻尾を形作っていく。
再生……早いわね。
「さあ、佳耶。今のうちに……斬撃の準備をして」
「斬撃……?」
それって、私がリリーの真似をして撃った……?
でも、私のあれはリリーのにすら威力が及ばないのに……なんで。
「信じて、佳耶」
「……分かった」
ゴーストで刀を形成して、身を低く構える。
すると、私のその手にリリーを手が重ねられる。
「始めて」
指示に、私はゴーストを圧縮させた。
その感覚に、違和感。
ゴースト以外の力が、私の刀に集まっていた。
これは……まさか、
リリーを見る。
彼女は微笑んでいた。
「出来るわよね?」
「ん、もちろん」
ゴーストの霧と――そして、リリーが魔力を私の刀へと集めていく。
赤と無色の力が限界ぎりぎりまで溜めこまれる。
「さあ、やりましょう」
「うん、やろっか」
凶獣は尻尾を全て再生しおえて、私達にその全てを打ちつけようしているところだった。
尻尾がまるで扇のように広がり……そして私達に打ち出される。
それと同時、私とリリーの手が刀を抜き放っていた。
「「――――森羅万象――――」」
自然、口はその言葉を発していた。
ゴーストが、魔力が放たれる。
キィ――――――ンという、いつもより澄んだ音。
霧状のゴーストを魔力が加速させる。
斬撃はいつにない安定度を保って、確実な一つの刃として、私達の敵にその猛威を振るう!
「「――――乖離せよ――――」」
ゴーストの粒子が。
魔力元素が。
二つの力が混じり、互いを強め、加速し、凶獣の体毛に触れる。途端、あの強靭な体毛が草でも刈るかのように簡単に掃われる。
一方で凶獣の尻尾は私達の目の前まで迫っていた。
どちらの攻撃が早いのか――。
攻撃が交差する。
冷たい風が吹いた。
そして――、
グラリ、と。
凶獣の身体が、傾く。
尻尾は私達の眼と鼻の先で動きを止め、そして地面に落ちた。
一拍子遅れて……凶獣の身体が大きく裂ける。
頭から尻尾まで、私達の斬撃は綺麗に凶獣の身体を切断していた。
自分でも信じられなかった。
「凄い、威力……」
声が落ち着かない。
「そうね……まさかここまでとは、私も思わなかったわ」
珍しい事に、リリーの声も私と同じように少し震えていた。
しばらく呆然としていると、車が私達の横に止まった。
『……愛の力って、すげえのな』
通信機越しの隼斗の揶揄に言い返す余裕もなかった。
「――……ああ」
ふと、リリーが小さく吐息を零した。
「折角の勝利だと言うのに……何故、邪魔をするのかしら」
「リリー?」
「ごめんなさい、佳耶」
謝るリリーの背後から……巨大な氷の塊が飛んできていた。
「危な――!」
言葉を全て告げるより速く、リリーの生みだした魔術の炎が氷を一瞬で蒸発させる。
「失せなさい、魔術師。それ以上こちらに手を出すのなら、加減はしないわ」
あさっての方向を睨みつけて、リリーは刀に手を駆けた。そこに魔力が集まる。
そうして、しばらくの静寂。
だが、ゴーストで強化された私の耳には一つの音が聞こえていた。
これは……人の走る音?
どうやら離れた位置に誰かがいたらしい。リリーの言葉から推察すると、恐らくは魔術師だろう。
けれど、どうして魔術師がリリーを?
リリーが刀から手を放す。
「行ったようね……」
「リリー、これ、どういうこと?」
「……佳耶。やはり私は貴方から離れた方がいいのかもしれない。これ以上一緒にいては、貴方に迷惑をかけてしまう」
いきなりリリーがそんなことを言いだして、だから、私は彼女に詰め寄った。
「さっき私の側にいるって言ったのに、いきなりそれを嘘にしないで。迷惑かどうかは、ちゃんと話を聞かせてから、私が決める。話して、くれるよね?」
「それは……」
車のハッチが開く。
「続きは中で話しましょう。コーヒーを入れるわ」
雀芽が手招きをしていた。
もっと文章上手く描けるようになりたい……。
「語彙、なにそれ美味しいの?」状態な自分が情けない。