2-8
あれから、数日たった。
新しく仲間になったリリーとは、それなりに上手くやっている。
というか……私とリリーの火力が高すぎて能村姉弟の出番が非常に少なくなっていて、隼斗の愚痴が増えてきた。
ちなみに、以外なことにリリーの戦闘方法はあの斬撃に重点を置いたものではなかった。むしろあれは、滅多に使用しないものらしい。
理由は、あの斬撃は発動まで十秒ほどの時間を必要とし、さらに未完成だから、とか。
あれって、未完成だったんだ……と私が愕然としたのは言うまでもない。
あと、なんとリリーのあの技はとある人の真似らしい。
その人はあれを呼吸するかのように軽々と連続で放つことが出来るとか……化け物すぎる。
普段のリリーは身体強化の魔術や、移動能力を強化する魔術、そして炎や風による攻撃魔術を多用している。それぞれ威力はさして高くもないが、連続攻撃の勢いであっという間に敵を倒してしまう。
魔術師って皆こんなに強いのだろうか、と気になって少し調べてみたら、どうやらそうでもないようなのだ。
魔術と言うのは基本的に発動に時間がかかるものらしい。
だからそれをああも連続、高速で仕えるリリーは、もしかしたら凄い人なのかもしれない。
そう尋ねたら、リリー自身は「もっと凄い魔術師は沢山いる」と言っていた。
まあ、そんな感じで……。
少なくとも険悪ではなく、私達は日々SWの活動にいそしんでいた。
ただ……リリーのアプローチは止めて欲しい。
ほんと、前触れもなく私のこと抱きしめたり、そういうのマジで恥ずかしいから。
私はノーマルだからねっ!?
†
私達は、雀芽の指示で第十二異界研の中にある食堂に集まっていた。
なお、リリーは第十六異界研から《門》を使って第十二異界研にやって来た。
「それで、どうしたの雀芽?」
「……一つ、知らせたいことがあったのよ」
言って雀芽が取り出したのは……車の免許?
「あ、とったんだ」
雀芽はもう十八歳だから免許を取ってて不思議じゃない。
というか彼女は今、自動車関係の専門学校に通ってるから、むしろ必要不可欠なのだろう。
「ええ……それでね、こっちも見て」
今度は一枚の書類が出される。
これは……異次元世界での乗車許可証?
ってことは……まさか、
「車を使うつもり?」
「ええ」
異次元世界での移動は基本的に歩行だ。
それは不意の襲撃にも即時対応出来るためだ。
だが、それでは移動範囲は限られてくる。それを補うために、一部のSWは車を使用する。
ただし、そういうSWはよほどの馬鹿か、あるいは自分の腕に自信のあるかだ。
「本気?」
「本気よ。どう、貴方達は反対? ちなみに隼斗は私と同意見だから」
「私は……まあ別にいいんだけれど。リリーは?」
「そうね。危険性を考えれば車は止めておいた方がいい……と普通なら言うところだけれど、私と佳耶がいるなら構わないのではないかしら」
まあ、確かに。
私はゴーストで聴覚とか強化すれば数百メートル先で交わされる会話も聞き取れるし、リリーは魔力の流れで周囲の状況を把握することが出来る。
「リリーが反対しないなら、私も賛成でいいや」
「あら、私に合わせてくれるのね?」
ええい、こっち見て微笑むな。
単に自分の意見を他人任せにしただけでどうしてこんなことになるんだろう。
「でも、なんでいきなり車?」
「これを見てくれれば分かるんじゃない?」
今度は、一冊のファイルを差し出された。
受け取って、開いてみる。リリーにも見えるようにちょっと身体を寄せる。
抱かれた。
「だー! なんで抱くのよ!」
腕を振りほどく。
「あら、いけなかったかしら?」
「駄目っ!」
強く言ってから、もう一度身体を寄せる。今度は大丈夫だった。
……なんかリリーの行動に慣れてきた自分が恐ろしい。
「えーっと、あ……花園エンジンでオーダーメイドしてもらったんだ」
どうやらこのファイル、雀芽の言う車の説明書らしい。
ていうか、もう車は購入済みだったのね。私達が車を使うことを許可しなかったらどうするつもりだったのかしら。
花園エンジンというのはSW向けの機械製品、特に社名通りエンジン系統に優れたところだ。
あと、花園は一般向けの商売もしていて、そっちはデザイン性と機能性の両面で高評価を得ている。ただし、異次元世界の物資を使う為、非常に高価で高所得者向けの商品なのだが。
「なになに……」
ファイルを読み進める。
……ちょっと待った。
「雀芽……なにこれ?」
「私達の使う車」
「……いや、あのね?」
この車の特徴をあげるならこうだ。
車体は高さ五メートル。幅三メートル。全長六・五メートル。ボディは厚さ五〇ミリの特殊金属である程度のミサイルなら直撃してもビクともしない仕様。窓ガラスも尋常じゃない強度でやっぱりミサイルにも耐えられるらしい。車輪は左右に五つずつ十個あり、あらゆる地形に対応できる。また、水中ではスクリューの代わりになるらしい。車体上部には八十八口径の機関砲が二台設置されていて、内部の機械端末から操作可能。車体後部に連結個所があり、まるで列車のように後部車両を三つまで繋げられるらしい。で、速度は最高時速が百八十キロ。後部車両を三つつけた状態でも百二十キロでるようだ。
……雀芽……これ、車って言うか、
「戦車じゃない……」
「戦車も車の一種でしょう?」
「普通免許で運転できないでしょ!?」
「でも許可は下りたわよ? 異次元世界だから」
……そうだった。
この戦車は別に公道で乗り回すわけじゃない。異次元世界で使うんだった。
なら……いいんだろうか。
にしても、一つだけ、どうしても気になっているところがあった。
「……なんでアハトアハトなの?」
車体上部の機関砲のことだ。
アハトアハトと聞けば、兵器に少しくらい詳しい人間ならすぐにそれが何を表すかピンとくるだろう。
八十八口径の高射砲……その威力は、人間なら掠っただけでも死ねる。普通に戦車でも風穴が開くってレベルだ。
しかもこれ、異次元世界の技術が使用されて、連射性の高い機関砲になってるし。
普通のアハトアハトより凶悪だ。
「俺の趣味だ。ていうか、俺の中でこれ以上のベストチョイスはなかったね」
言ったのは、隼斗。
「……まあ、いいけど」
でもアハトアハトって……どんだけ凶悪なのよ。
「そもそもこれ、いくらしたのよ?」
「九億ね」
「きゅ――っ!」
「私と隼斗の財産を全て使った上に、借金までしてしまったわ」
「いやー、高い買い物だったな」
「高すぎるわよ!」
なに考えてるのこの二人。
ていうか借金って……借金って!
「いいえ、高くはないわ」
「はあ?」
雀芽の言葉に首を傾げる。
「そうね。これなら、安い買い物だわ」
それに同調したのが、なんとリリー。
「どういうこと?」
「よく考えて、佳耶。これまで貴方は、どうやって倒した生物から手に入れた収集品を運んでいたの?」
「そりゃ、サックに入れて……あ」
そうか――そういうことか。
「この車は、後部車両だけで考えても三つもの厖大な積載量を誇る。となれば、これまで私達がいちいちサックで運んでいた量の数十倍もの収集品を運ぶことが出来るわ。そうなれば、その売却価値は今まで一度異次元世界に出る度に得ていた報酬を大きく上回る」
リリーの説明に得心した。
つまり……、
「軽く見積もっても、数ヶ月で九億なんて簡単に巻き返せるわ」
自慢げに雀芽が胸を張る。
「佳耶とリリシア。最高位SWを二人も抱えている私達のグループだからこそ出来る裏技よ」
そりゃ、普通のSWが真似しようとしても出来ないでしょうよ。
ただのSWじゃ、車を使う勇気も実力もない。そしてそれ以前にこれだけの車を用意する資金もない。
「……雀芽」
「なに?」
立ち上がる。
「すぐに出よう? 借金なんて、すぐに返させてあげる」
身体が熱を訴えていた。
今すぐにでも、新たな『仲間』と異次元世界を駆け抜けたかった。
「……そう? なら楽しみにしてるわ」
こうして、いつしかSW内で『葬列車』と私達のグループは呼ばれることになる。
分かったのは二つ。
雀芽のドライビングテクニックが異常に巧いということ。
そして、隼斗が「ふひひ、サーセン!」という気色の悪い叫びとともにアハトアハトの圧倒的火力で敵を蹴散らすことだ。




