7-42
不安定な砂の地面を蹴って、飛び出す。
その俺の後を追うように、斬撃が地面を吹き飛ばしていく。
偽物が、不気味なくらいにきっちりとした動作で、俺にむかって剣を振るっている。
最低な気分だ。
くそっ。
魔力の動きからして、偽物が使っているのは、やはり加速魔術だろう。
……今更に、自分の魔術がどれほど滅茶苦茶なのかを理解する。
加速魔術で、どうしてこんな攻撃が出来るんだよ。
常識を弁えろ。
叫びたいが、それは全部俺にも返ってくるものだった。
ああ、マジで最低だ。
逃げ回るばかりだなんて、性に合わないってのに。
……そうだ。性に合わない。
だったら、性に合うことをしよう。
あいつを……叩き潰す。
でも、どうすればいい?
どうすればそれだけの力が手に入る?
今の俺は魔力を使えない状態で、向こうだけは何故か、どこからともなく魔力を取り出している状態。
絶体絶命だ。
とことん追い詰められている。
魔力の流れを感じて、放たれた斬撃をどうにか回避する。
俺の体力も無限じゃない。
いつまでもこうして逃げてはいられない。いずれ、偽物の攻撃を当てられるのは目に見えていた。
……待て。
今、俺は……魔力の流れを感じたよな?
「……は」
なんだ。
あるじゃないか、魔力。
どこから取り出しているか知らないが、確かにそこに、魔力はあった。
偽物が剣を振り上げる。
俺は――同じように剣を振り上げた。
偽物の剣に収束する魔力。
そこに――割り込む。
あいつの制御の合間に無理矢理に俺の制御を差し込む。
魔力が蠢き、二つに裂かれる。
偽物の出した魔力の三割程度を掌握し、自分の剣に込めた。
俺が、偽物が……剣を振り下ろす。
放たれる二つの斬撃。
それがぶつかり……片方が押し負けて、消し飛ぶ。
負けたのは、俺の魔力刃だ。
しかし偽物の魔力刃はその衝突による衝撃に弾かれて、僅かに軌道を逸らされた。
そのまま、魔力刃は俺の脇を通り過ぎる。
偽物が、俺の様子を窺うようにじっと佇む。
「どうした?」
挑発するように両手を広げる。
勝利への足がかりは、もう見つけた。
あとはこれを踏み外さないよう、駆け上るだけだ。
「撃ってこいよ。それとも、怖いのか? 俺に魔力を奪われるのが」
なんて強がってみせるが、内心では、まだ冷や汗を流していた。
なにせ、魔力を取り出しているのは他ならぬ偽物であり、俺はそれを横から力づくで奪い取っているだけ。
俺と偽物の実力が同等であるとすれば……どちらがより魔力の掌握で有利なのか、言うまでもないだろう。
あいつはただ自分の出した魔力を使うだけ。、俺は奪うという行程があるのだ。
今のは不意打ちでやったから三割持ってこれたが、一度やった今、向こうもこちらを警戒して掌握のレベルを上げてくるだろう。
そうなれば……二割……いや、一割奪えればいい方か。
それをどう活用するか……だな。
偽物が、魔力を取り出し、剣に集め始めた。
それを奪い取る。
やはり、抵抗がある。
それでもどうにか、魔力を奪い、こちらの剣に込めた。
偽物の大斬撃が放たれた。
目の前に迫るそれに……おれは一瞬遅れで、剣を振るう。
薄い斬撃が、大斬撃にぶつかり……掻き消される。
だが大斬撃の軌道は、その些細な衝突で軌道を変えた。
俺の腕を掠めるくらいの近距離を大斬撃が過ぎる。
……俺もなかなか、やるもんだ。
どこにどうぶつければ僅かな魔力であの大斬撃の軌道を逸らすことが出来るのか。
他の誰でもない。
俺だから、誰よりそれを理解している。
大斬撃をやり過ごした俺は、そのまま前に飛び出した。
そのまま偽物に斬りかかる。
偽物は剣を横に構えて、俺の剣を受け止める。
上から思いきり体重を乗せた刃を押し込んだ。
偽物に表情はない。
ただ、能面のような顔でこちらを見ていた。
自分の面だからこそ、より強い嫌悪感が沸く。
「……この、真似野郎」
低い声が咽喉の奥から出た。
「なんなんだよ、一体」
問いかけは、いくつもの意味をもつ。
その姿はどういうことなのか。
ここはどこなのか。
何故こんな状況になっているのか。
あの大樹はなんなのか。
魔力をどこから取り出しているのか。
……これから先、どうなるのか。
いくつもの問いかけを込めて、言葉を投げかける。
「……だんまりか」
偽物は口を開こうとすらしない。
「ふざけんな……」
剣を更に押し込む。
「俺は別に、たいそれたことを言えるような偉い人間じゃない。むしろ好き勝手ばかりしてる、ろくでなしだ。それでもな……」
思う。
今、戦っているであろう皆のことを。
死の瀬戸際で戦っている、仲間達のことを。
誰もがこの理不尽な存在に、抵抗している。
俺だって、そうだ。
それは、許せないから。
こんな……意味も分からないうちに滅びるだなんて、とてもじゃないが、許せないから。
「人様の世界に勝手に土足で踏み入ってブッ壊そうとする奴相手に怒る権利くらいは、持っているつもりだ!」
押し切った。
偽物の剣を押しのけて、俺の剣がその胸を浅くではあるが、切り裂く。
「なんとか、言ってみろよ……なあ、おい!」
そのまま返す刃で、偽物の左腕を切断した。
「てめぇは、何様のつもりなんだって聞いてんだよ!」
さらに、偽物の胸に剣を突き立てた。
と――。
偽物の口元に、怪しげな笑みが浮かぶ。
その肌に……ひびが入った。
次の瞬間。
まれで枯れ木が雷に撃たれたかのように、俺の剣を中心に、偽物が砕けた。
……。
「……勝った?」
勝ったのか?
……実感が、なんだか沸かなかった。
以外と、あっさり……していたな。
拍子抜け、とでも言うのだろうか。
……いや。勝てたのだから、不満はない。
倒した。
それだけで十分じゃないか。
俺は改めて意識を落ちつけると、大樹を見上げた。
あとは、これをどうにか……っ!?
ぞわり、と。
全身が、怖気に包まれた。
これは……。
本能的に、後ろに飛び退く。
目の前を、眩い雷光が通過した。
今の、は……!
樹の幹を見る。
それが歪み……内側からなにかが現れる。
見覚えが、あった。
それは人の形をしていた。
……なん、だ……これ。
「……あま、り……」
緑の髪と瞳に、白すぎる肌をもつ天利悠希が、幹の中から出てくる。その肩には、彼女の相棒である、レールガンが担がれていた。
そして……それだけではなかった。
天利に続いて、何人もの緑色の人間が現れる。
その誰もが、俺の知るSWや、魔術師。
中には、皆見もいた。アイもいる。麻述も、リリーも、能村も、能村姉も、ルミニアも、イェスも、シオンも……それに、じじいも。
「……は、」
やめろよ。
「はは、はっ、はは……」
ふざけるなよ。
「は、ははははは、はははははははははははっ!」
本当に、ああ、本当に……。
「――ふ、ざ、けるなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
この程度で。
この程度のことで。
こんな偽物共で俺が動揺するとでも、思ったのか!
こんな出来の悪い木偶で、あいつらを穢すのか!
ふざけるのも、大概にしろよ。
我慢の限界だ。
大義名分なんていらない。
世界を救うだとか。
遺すだとか。
俺らしくねえよなあ。
そうだ。
俺は、自分勝手な人間だからさ。
いろいろ、どうでもいい。
ただ……。
純粋に気に入らないから、目の前の全て、ぶっ潰す……!