7-38
目を開く。
一番最初に飛び込んできたのは……純白だった。
「っ……」
ひどい頭痛がする。
そこで、ようやく自分がうつ伏せで倒れていることに気がつく。
地面に手をついて、ゆっくり身体を起こす。
「ここ、は……?」
そこは、白い空間だった。
白い砂が、視界の果てまで続いている。
そして、空には白い靄がかかっていた。
――風が吹く。
その風が吹いてきた方向……背後を振りかえる。
そして、目を見張った。
これは……。
大樹。
端から端まで、どうにか視認できるほどの太さの樹の幹だった。
ここがどこなのか……それは、正直もって全く分からない。
だが、この大樹が、アースで起きた現象に繋がるものだと、直感した。
これをどうにかすれば……いいのか?
なら……!
剣を引き抜き、構える。
そして魔力を集め――られない。
「な……んだと?」
ない。
ないのだ。
魔力が……どこにも。
一片たりとも感じられない。
無魔力世界……。
馬鹿な。
無魔力世界であるアースにあれだけの魔力を漏れださせる現象の大本が、無魔力世界だと?
意味がわからない。
「そんなの、アリかよ……」
その状況に、動揺する。
魔力がなけりゃ、俺なんて素人より少し動きのいい人間でしかない。
そんな俺に、今、何が出来る?
……いいや。
悲観するばかりでは、どうしようもない。
剣を握る手に力を込める。
そして、不安定な砂の地面を蹴って、大樹に飛び出す。
刃を走らせる。
火花が散った。
剣は、大樹に弾かれた。
その幹には髪の毛一筋ほどの傷すらつかない。
「だから、どうした……!」
ここまで来るのに、どれだけの人間の戦いがあったと思っている。
アースを守る為に、多くのSWが戦っている。
皆見や、アイや……天利達だって命を賭けている。
アースの人間だけじゃない。
マギからだって……爺や、他の多くが戦っている。
俺がここに辿りつけたのは、爺が行かせてくれたおかげだ。
俺はそれだけの数の、戦っている人間を後ろに背負ってるんだ。
それを、裏切れるものか。
諦めない。
幹に、剣を叩きつける。
何度も、何度でも、何度だって。
硬質な音が響く。
どれほど切りつけたろう。
手の感覚がなくなってきた頃。
樹の幹が、鼓動した。
「ッ……!?」
衝撃。
なにをされたのか。
ただ、突如見えない力によって、身体が後ろに吹き飛ばされた。
白い砂の上を、無様に身体が転がる。
けれど、すぐに姿勢を立て直して、立ち上がる。
見ると、樹の幹の一部が歪んでいた。
俺の攻撃が効果を見せた……というわけではなさそうだな。
歪んだ幹から、何かがゆっくりと這い出して来る。
あれは……。
「……は」
なんだ、それは。
「悪趣味な……!」
それを、俺はよく見知っていた。
当然だ。
だってそれは……俺自身の姿だったんだから。
ただしそれは、そのまま俺というわけではなかった。
髪や瞳が緑色で、肌は異様に白く、身にまとうのは緑色の布。
ああ……悪趣味な。
こんなのを相手にしろって言うのか。
偽物が、どこからか剣を取り出した。
†
佳耶が空を翔ける。
彼女は淀みのない動きで、異形に肉薄した。
異形の爪が振るわれる。
それが、佳耶の翼を切り裂いた。
バランスを崩して、彼女の動きが鈍る。
そこに、さらに爪が振るわれた。
危ない……!
妾がそう叫ぶ前に、爪が佳耶の肌を裂いた。
彼女の身体が黒い爪によって、分割された。
と思うと、その彼女の身体が、赤い霧になって消える。
身代わり!?
いつの間に、本物と入れ替わっていたのか。妾には分からなかった。
探せば、佳耶の姿は異形のすぐ背後にあった。
その手に、大振の赤い刀が握られている・
その刀に向かって、辺りの霞が集まる。
異形が佳耶に気付き振りかえろうとするが……間に合わない。
佳耶が刀を振り下ろした。
その時、刀から紅蓮の奔流が放たれる。
巨大な奔流は一つの刃となり、異形を背中から斬りつけた。
異形の纏う魔力の鎧と赤い刃が衝突し、数瞬の後、魔力層を突破して、刃は異形の背中を大きく裂いた。
緑色の血が零れる。
異形の身体が大きく傾く。
なんという威力だ……。
黒の魔術ですら防ぐというのに……よくあんな純粋な物理的破壊力で……。
いや……だからこそ、か?
魔力を介さない力であるからこそ、その作用をあまり受けずに、魔力層を突破できたのか?
それでも、その攻撃が十分すぎる破壊力を持っていることに違いはないが……。
これならば……倒せる。
佳耶がいてくれれば、異形に十分に抵抗できる。
いける……!
†
「よい、しょっ、と」
抱えて来た明彦の身体を下ろす。
これで、全員運び終わったかな。
足元には、怪我人全員が横たわっている。
とりあえずこれで、下手にあの戦いに巻き込まれるってこともないでしょ。
「……アイ」
「ん?」
座っていたリリシアに声をかけられる。
強がってはいるけれど、やっぱり脇腹の怪我はそれなりにつらいらしい。
戦いの熱が冷めて来て、その顔から血の気が若干引いている。
佳耶が止めずにあのまま戦ってたら、ちょっとマズかったろうね。
「貴方は、戦わないの?」
「……いやあ」
頬を掻く。
「恥ずかしながら、ちょっと力不足かな」
今や、私の戦う力なんて微々たるものだ。
魔力カートリッジはほとんど残っておらず、他に武器もない。
私程度の魔術じゃまったく効果はないし……。
ちらりと、異形と大立ち回りを演じている佳耶やルミニアさんを見る。
「私が行っても、足手まといになるだけだから」
「……そう」
「イェスみたいになにか、役に立つ力があればいいんだけれどね」
イェスは少し離れた位置から、解放魔術をずっと異形に放っている。
「……十分、役に立っているわ」
リリシアがそう言う。
「こうして皆を助けているのだから」
「そう?」
ただ運んだだけだけどね。
「座っているだけしか出来ない私よりはマシよ」
「いやいや、それだけリリシアが頑張って戦ってきたってことでしょ」
聞いた話だと、マギじゃ黒の魔術を使う魔術師を複数相手にしたとか……なにその状況すごく怖い。
生きてるだけでも凄い。
「それより、さ。リリシア……どうせ黙って見てるしか出来ないならさ、応援しとこうよ」
戦う力のない私達でも、そのくらいは出来るでしょ。
「……そうね、そうしましょうか」
二人で、戦いを見上げる。
頑張れ……皆。