7-36
血が流れる。
すれ違う障害を喰い散らかすように、血の嵐が吹き抜けた。
†
異形に下手に近づくことは出来ない。
あの黒い爪に触れれば、それだけでこちらはお終いなのだ。
私達は異形と一定の距離を保ちながら、攻撃を加える。
私は魔力カートリッジを投げて、それを炸裂させるが……その効果は、ほとんど現れない。
これじゃあ、魔力カートリッジを悪戯に消費するばかりだ。
懐の内側に収めてあるカートリッジの残りは……僅か。
ここからは、セーブしていかないと。
後のない状態に、焦燥が生まれる。
でも、それを身体の奥に押し込んで、冷静なまま、状況を見つめる。
リリシアの放つ斬撃魔術が、ルミニアさんの放つ黒の魔術が、異形の黒い爪によって握りつぶされる。
異形は加速魔術のような魔力を運用した運動で私達に接近してこようとするが、それはイェスの解放魔術によって遮られる。イェスはそうしながらインドラで雷撃を放っているけれど、その雷はあっさり弾かれる。
さっきから、こんな行動の繰り返しだ。
埒が明かない。
異形の黒の魔術の侵食は、左肩を少し超えた辺りまで進んでいた。
――不意。
背後で、巨大な魔力の気配が生まれる。
その覚えのある気配に、全身から汗を噴き出させながら、私は振り返った。
巨大な火柱が立った。
「……な」
いっそ吐き気すら覚える。
その巨大な火柱の中から、現れる。
牛の頭に人の身体を持つ、炎の魔人。
ミノタルロス。
しかも一匹ではなく……軽く十体を越える数。
嘘でしょ……そうで、こんなタイミングで!?
†
行く先に、空つ刺すように高く巨大な火柱が立つ。
血が蠢く。
†
――その瞬間。
意識よりも速く、身体が先に動いた。
身を屈める。
その私の頭の上を、なにかが突き抜けた。
槍だ。
一本の槍が、私の頭上にあった。
その槍に、視線を伝わせる。
そして見た。
甲冑を着たような、下半身に六本脚の馬の身体がついた、人馬の化物。
「こんな、時に……!」
毒づきながら、その人馬の纏う魔力層を開放魔術で無力化して、インドラから雷撃を放つ。
雷が……弾かれた。
っ、効かない……!
とにかく人馬の攻撃範囲から外れよう。
そう地面を蹴って……周囲から感じる気配に気付いた。
視線を上げる。
と同時、辺りの建物の内部や陰から、飛び出してくる。
人馬。
……それが、私を囲むように何匹もいた。
†
持っていた巨大なそれを、振り上げる。
そして一息で、空高く投げた。
†
ぞくり、と。
全身に鳥肌が立った。
寒気を感じた……その刹那の出来ごと。
私の真横にあったビルが崩れる。
降り注いでくる瓦礫を魔力で細かく破砕しながら、私はそれを見た。
ビルの向こう側から現れた……ムカデの下半身を持つ、巨人の姿。
それが、三匹。
見間違えるわけがない。
私が先程戦った、あの巨人だ。
それが、三匹。
一匹相手でさえあれだけ苦戦したというのに、それが……三体。
無理だ。
思わず、諦観が浮かんでしまった。
こんなのを三匹に、それにあの異形。
どうしろと言うのか。
†
地面を蹴る。
身体が高くに舞い上がり、赤い弧を描いた。
†
アイが、イェスが、リリシアが……それぞれが、別々の異生物に囲まれていた。
「……くそ」
そんな言葉が零れた。
目の前にいる異形が、高速で妾に肉薄してきた。
振るわれた黒い爪。
それに黒の槍を放つ、軌道を逸らす。
爪が妾の脇の空間を削っていった。
さらに、魔力の塊が飛んでくる。
イェスの妨害がないからと、好き放題に魔力を使ってくれるな……!
その魔力塊を加速魔術で移動して避ける。
こんなものを、どうやって一人で倒す……?
出来るのか、そんなことが。
自問して……答えは、望まぬものしか出ない。
こうなったら、がむしゃらに戦うしかないのか。
そう、覚悟を決めようとした時のこと。
ぴちゃり、と。
足元でそんな水音がした。
見ると、足元が……妾の足元だけではない、見渡す限り一面の地面が、何時の間にか真っ赤な液体で濡れていた。
これは……血?
いや、違う。
誰もこんな大量の血を流していない。
ならばこれは何なのか。
それについて疑問するより先――何かが空から落ちて来た。
巨大なそれの名前を、妾はすぐに頭に思い浮かべることは出来なかった。
アースについては、それなりに学んできた。
その知識の中に、ある。
ああ、そうだ。
これは……。
タンクローリ……?
なぜ、空からこんなものが……。
落ちて来た衝撃で、タンクローリのタンクが壊れ、中に入っていた液体を漏れ出させている。
その漏れ出す液体も……血を想わせる、赤いなにかだった。
これは……なんだ?
困惑する妾の視界の先。
異形の上に、さらに無数のタンクローリの影。
地面に落ちるより速く……そのタンクローリが破裂し、辺りに赤い雨が降り注いだ。
もうここまで来たら大体の人は気付くかな?