7-35
切り裂く。
血が辺りに飛び散る。
……気分がいい。
空高く、笑いたい気分だ。
笑いを堪えて、手を上げる。
その動きに合わせて、辺りの命が全て刈り取られた。
地面は一面、赤く染め上げられている。
その上を歩けば、波紋が生まれた。
その波紋の一つ一つに、酔いそうになる。
既に、命の気配は周囲にない。
さて……それじゃあ……。
ある方向で、ビル群が崩れ落ちる。
ああ、激しい戦いが起きているのかな。
じゃあ……行こう。
行って、壊そう。
†
倒れたシオンを、見る。
明らかに、出血が多すぎる。
すぐに死ぬことはないだろうが、間違いなく、死に至る怪我だ。
……自分は、いつでも冷静にいられる人間だと思っていた。
身内に何が在っても、落ち着いて状況を判別できる人間だと、そう思っていた。
でも……どうやら違うらしい。
噛み締めた唇から、血が出た。
私の周囲にいくつもの魔力塊が生まれ、そして破裂していく。
それが何度も繰り返される内に、一ヶ所に魔力が蓄積していく。
その魔力が飽和して……黒く世界を歪ませる。
視線の先には、首を失った異形の姿。
異形は何をするでもなく、不気味に佇んでいた。
ばちん、と。
私の魔術が……黒の魔術が発動する。
黒い鎌鼬が無数に発生して、それらが一斉に異生物へと飛ぶ。
――異生物の左腕に、変化が起きた。
ぼろぼろだった左腕の傷口から、濃密な黒い霧が噴き出す。
それが、巨大な爪を象る。
その爪を異生物が振るった。
私の放った黒い鎌鼬が、その爪に切り払われた。
っ……!
あの爪、まさか……黒の魔術?
黒の魔術を固定して発動させるなんて……ふざけてる。
いや。
よく見てみると、左腕の黒い爪から、徐々に胴体に向かって黒い霧が異形を侵食していた。
黒の魔術の本質は『無』だ。もしあのまま異形の身体全てが黒の魔術に呑みこまれれば、私達がなにをするまでもなく、異形は消滅するだろう。私たちがなにをするまでもなく。
異形にとっても、この黒の魔術は奥の手だったのだろう。
それはそうか。でもなければ、最初から使用している。
諸刃の剣、というやつか。
でも……駄目だ。
自然消滅だなんて、そんな下らない終わらせ方、私は認めない。
ここまでされて、引き下がれるほどおとなしくなんてない。
それにあの侵食速度を見る限り、異形が黒の魔術に呑みこまれるより、この街が破壊される方が先だろう。
結局、私達に残されている道は、この異生物を倒すことだけなのだ。
――やってやる。
身構える。
「やる気なのは良いが、あまり頭に血をのぼらせるなよ?」
そこに、異形の上から黒い槍が落ちて来た。
異形はそれを、左腕で握りつぶす。
私は視線を上げた。
「……お姫様」
お姫様と、アイと、リリシア。
無事だった三人が、私の側におりてきた。
「妾はもう王だ……まあ、呼び方などどうでもいいがな」
行って、お姫様が鋭い瞳を異形に向けた。
「さて。貴様ら、さっさとあれを倒して、倒れている連中の手当てをするぞ。幸い、死んでしまった者は、まだいないようだからな」
まだ、か。
それはつまり、一刻を争うということ。
†
最悪だ。
状況は、そうとしか言い表せなかった。
目の前の存在は、あまりに圧倒的。
これまで戦ってきた異生物が赤ん坊に思えるほどだ。
魔力カートリッジを取り出して、投げる。
爆発が生まれ……異形はその爆発の中を悠然と進んできた。
慌てて後ろに飛び退く。
私が一瞬前に立っていた場所を、黒い爪が抉る。
綺麗に地面に爪痕が刻まれた。
背筋が冷たい。
あんなの、掠っただけで致命傷だ。
すると、異形の背後から魔力による大斬撃が放たれる。
それは異形の背にあたり……霧散する。
異形がぐるりと、異様な動きで背後に身体を向けた。
大斬撃を放ったリリシアに向かって、異形が左腕を突き出す。
すると、左手の掌に黒い球体が生まれ……そこから、一条の漆黒が放たれる。
それは見覚えのある、黒の砲撃。
その黒がリリシアに届く前に、横からその黒を撃ち払う黒があった。
黒い槍……ルミニアさん。
異形が、左腕を今度は真上に向けた。
その腕が僅かに揺らめいた……かと思うと。
異形の左腕から、漆黒の鎌鼬が無数に周囲に放たれた。
誰もが息を呑む。
その黒の魔術も、見たことがあった。
こんなの……ありなの!?
驚愕しながら、私は黒い鎌鼬を回避した。
†
臣護や爺の砲撃に、イェスの鎌鼬。
多芸だな。
思わず苦笑がこぼれる。
異形が、胸の辺りで左腕を構える。
その手の中で、生まれる。
――まあ、そうだろうな。
黒い槍。
妾の、黒の魔術だ。
異形がそれを、投げ放つ。
対して、妾も黒の魔術を放つ。
二つの黒い槍が真正面からぶつかり、消滅。
と――黒い砲撃がその衝突の向こう側から伸びてきた。
「――!」
連続……!
咄嗟にそれを身を逸らして避ける。
髪の毛先が僅かにもっていかれた。
「こんなもの……っ」
そこでどうにか口を噤む。
こんなもの、どうしろと言うのだ。
そんな弱音が口から出そうになる。
だが、それを妾が口にすることは許されない。
妾がそれを口にすれば……皆に影響する。
故に妾は、叫ぶ。
「滅ぼすぞ!」
†
――……ん。
身体を起こす。
……ここは……ああ、そういうこと。
思い出して、嘆息する。
我ながら、これは……いや、結果は良い方なのだから、今更なにも言うまい。
隣を見ると、シーツの乱れた、空のベッド。
なんとなく、そこに少し前まで彼女が寝ていたことが分かった。
先に行ったのかな。
私もうかうかしてはいられない。
そう思って、ベッドを出ようとして、傍らに置かれているもに気付いた。
これは……。
一枚の紙片が置いてあったので、それを手に取る。
そこに書いてある文字に目を通して……改めてそれを見た。
ふぅん……。
いいんじゃないの、これ。