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7-32

 異形の肩の鎌が、無数の魔力刃をワシに向かって振るう。


 その動きは、ほぼ認識出来ない。

 それでも刃を避け切れたのは、これまでの人生の賜物といったところか。


 伊達に人生の荒波に揉まれとらんわい。


 そう内心で呟きながら、黒の魔術を放つ。


 黒い砲撃が異形の右肩にある鎌を二本、消し飛ばす。


 割に遭わない。


 これだけ疲労する魔術で、たかがあれだけの損傷。


 嫌になる。


 だが、まあ……全く効かないわけではないというだけ、マシか。


 絶やさずに、次の黒の魔術を放つ。


 黒の砲撃。


 それに対して……異形が左腕を突き出してきた。


 その掌が、砲撃を受け止める。



「なんじゃと!?」



 流石に動揺する。


 あれを真正面から受け取るなど……普通は考えられない。


 黒が……握りつぶされた。


 唖然とする。


 黒の魔術を握りつぶしておいて、異形の手からは、いくつかの裂傷くらいしか損傷が見られない。


 ……冗談じゃろ。


 これは……はっきり言って、恐ろしすぎる。


 尋常ならざる攻撃に、尋常ならざる防御。


 ふざけるな、と叫びたい気分になる。


 と、異形の後頭部、尻尾のように伸びる器官が首を上げて、槍の穂先のようにも見えるその尖端をこちらに向けた。


 そこに、黒い歪みが生まれる。


 ――まさ、か……!


 全力で、加速魔術で身体を横に吹き飛ばす。


 それとほぼ間を置かず、空を一条の漆黒が切り裂いた。


 尻尾の先から放たれた、黒く鋭い砲撃。


 間違いない。


 黒の魔術。


 しかも何の皮肉か、ワシのそれによく似た……。



「砲撃戦でもやれと言うか……!」



 毒づきながら、黒の魔術を放つ。


 対する異形も、黒の砲撃を放ってきた。


 二つの砲撃がぶつかり……消滅する。


 その衝突による衝撃に、身体を吹き飛ばされる。


 近くにあった根に着地した。



「厄介な……!」



 そこに、魔力刃が飛んできた。


 身体を捻って、それを回避する。


 が、左の腿が浅く切り裂かれる。


 怪我と呼べるほどの深手ではないが……。


 追撃のように、黒の砲撃が放たれた。


 それから逃れる為に高く跳んで、そうしながら異形の尻尾を狙い、黒の魔術を放つ。


 あれさえなくせば……!


 ワシの黒が、尻尾に届く。


 ――そう思った直前。


 異形の肩の鎌が、尻尾を守る様に重なり、砲撃を受け止めた。



「ぬ……!」



 鎌が数本消し飛ぶが、尻尾は無事。


 自分の一部を犠牲にしてでも、それを守るか。


 ……少し、安堵する。


 そうまでして守るということは、あれこそが異形の最大の剣であるということ。


 であれば……これ以上のものが出てくると言うことはない。


 流石に、これよりも上のものを持ち出されてはどうしよいうもないからのう。


 しかし逆を言えば、それならばあれさえ破壊してしまえば、一気に状況はワシの有利に動くことになる。


 勝機が見えた。


 やる気、出て来たのう。



「行くぞ。この老体、あまり侮るな……!」



「やれやれ……随分と拙い状況のようだ」



 ある程度の掃除を終えて、瓦礫に腰を下ろして、軽く溜息をつく。


 ちなみに瓦礫の上にガレオのマントが敷かれている。



「王よ。この後は、どのように?」

「ああ、妾の知り合い達と合流しようと思う」

「王のお知り合い、ですか?」

「そうだ」



 皆のもとには、第四席と第八席がそれぞれ、迎えに行っている筈だ。


 すぐに妾のもとに皆を連れてくるだろう。


 別に、親しいから仲良く共に行動して安心を得よう、というわけではない。


 妾が皆を十分な強者と認めているから、同じ戦場を駆ける仲間として共に戦おうとしているだけのこと。


 異生物はほとんどが大したものではないものだが、中には格が違うものがちらほらと混じっている。


 それを考えると、これから馬鹿げた化け物が現れないとも限らない。


 万が一を考えて、信じられる戦力を集めておくにこしたことはない。



「いやあ、なんていうかあれだよね……アースも不幸だよ。こんなのに襲われるなんて」



 イェスがなにか、スナック菓子をほおばりながら言う。



「……そんなもの、どこから持ってきたんですか」

「あのコンビニの瓦礫の下に埋まってた。他にもキャンディとかあるけど、いる?」



 呆れたように問うシオンに、イェスが懐から飴を取り出した。



「……結構です」



 シオンが肩を落とす。



「イェス。その棒付きをこちらに投げろ」

「りょーかい」

「……姫」



 イェスが投げ渡してきた飴の包装を取って、口に入れる。



「第十席。姫ではなく、王だ」



 ガレオが指摘する。



「……そうですね。すみません、王」

「ふん、そのくらいを責めるような狭量ではない……イェス、これは何味だ?」



 口の中に広がった味に首を傾げる。


 知らない味覚だ。



「確かプリン味だったと思うけど?」

「プリン?」

「アースのお菓子のこと」

「……菓子味の、飴菓子なのか?」



 なんだその奇妙な菓子は。



「まあ、アースは飴の味一つとっても多種多様あるから。個性的なのがあったりするんだよ」



 そうなのか。


 ふむ……まあ、嫌いな味ではないか。


 というより、アースは甘味が豊富で羨ましいな。


 マギがこういうところでアースに追いつけるのはどれほど先のことになるか。まずは意識改革や政策や生活水準の改善を先にしなければならないしな。


 それまではアースからいろいろと取り寄せるか。


 などと考えているうち、辺りから異生物が集まってきた。



「妾が手を出すまでも、あるまい?」



 こんなこと、わざわざ確認するまでもないことだがな。



「無論」



 ガレオが、刀身がない柄を握り、その柄尻に黒い結晶を圧し込み、手を振るう。


 柄から、黒い結晶が姿を変えた粉末が射出され、それは粉末の刃となり異生物を切り裂いていく。



「んー、ハバネロ味は辛いねえ」



 スナック菓子を摘まみながら、イェスは異生物の頭部の辺りに魔力を集め、それを解放魔術で一気に解放する。その魔力の衝撃で異生物の頭が次々に弾けていく。



「なんというか……これでいいのでしょうか……」



 シオンはなにか申し訳なさそうに、インドラをつけた手を振るい、最大出力の雷撃で異生物を焦がしていく。


 その三人の戦いを眺めながら、飴を舐める。


 ……空を見上げる。


 強大な魔力の気配は、おそらくあの空の根で戦っている二人の気配を覆い隠してしまっている。


 だが、分かる。


 あの二人は、恐らく誰よりも辛い戦場にいるのだろう。


 それだけは、間違いがない。



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