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7-31

 黒の魔術を放つ。


 俺とじじいの黒い砲撃が、辺りの根を沸きだす異生物ごと消滅させていく。


 さらに俺は斬撃魔術で、じじいは多種多様の魔術で次々に根を落としていく。



「くそっ、キリがねえな!」



 在る程度の根を落としたものの、それでもまだまだ根は残っている。



「まったく、面倒じゃのう」



 じじいも辟易した様子だ。


 ――ふと。


 頭上の根が、蠢いた。


 なんだ?


 警戒しながら、その動きを見つめる。


 根の隙間から、何かが現れる。


 それは狭い根の隙間を押しあけて、姿を見せた。


 大きい。



「なんだ、こりゃ……」

「ぬ……」



 恐ろしいほどのプレッシャー。


 膝をつきそうになるくらいの重み。


 これまでとは、格が違う。


 直感した。


 これは……敵対していい類のものではない、と。


 けれど逃げられない。


 逃げるわけにはいかない。


 それが、全容を見せた。


 俺達の前にそれが降りてくる。


 それは凶悪な輪郭。


 捻じれたような禍々しい形の胴体。そこから伸びる、異様に細い脚らしきもの。しかしその脚には間接と思わしきものは見られず、またその先は地面に付かず、少しだけ浮かんでいる。


 胴についた二本の腕はその脚とは対照的に太く、肘から先はまるで巨大な手甲に覆われているかのようにも見える。爪は鋭く長い。また、肩からは蟷螂の腕のようなものが左右それぞれ六本ずつ突き出している。


 さらに頭は、裂けるような巨大な口に、数え切れないほどの眼。頭から突き出す二本の歪んだ角。後頭部からは、尻尾のようなものが伸びている。


 異形、と。そう呼ぶのにこれ以上相応しいものもない存在だった。


 その身からは、絶えず黒い霧のようなものが噴き出している。



「……っ」



 本能的に、横に跳んだ。


 その俺の爪先を掠めるように、何かが通った。


 見れば、俺の後方にあった根が、視界の続く限りまで切断されていた。


 そして異形の肩の鎌が一本、振り下ろされていることに気付く。


 まさか……あれが?


 あんな位置から鎌を振るって、あんなところまで切断したっていうのか!?


 言わば、俺の斬撃魔術と同じようなものか。


 魔力による斬撃を飛ばすことで攻撃を行ったのだろう。


 だがその威力は……俺のとは、比べ物にならない。



「これは……まずいのう」



 じじいが唸る。


 ああ、本当にまずい。


 ここにきて……こんな無茶苦茶なやつが出てくるなんて……。


 俺は試しに、斬撃をその異形に撃ち放った。


 斬撃は……その異形に少し近づいて、霧散する。まるで斬撃が異形に届く様子はなかった。


 ……ああもあっさり俺の魔術が……。


 驕っていたわけではない。


 過信していたわけでもない。


 でも……それでも、ショックだった。


 俺の最大の攻撃が、こうもあっさりと防がれるなんて。


 今俺の斬撃は、あの異形からどれほど離れたところで霧散した?


 軽く二メートルは離れていたろう。


 それほどまでに厚く強力な魔力層をその異形が纏っていることが。


 こうなると、じじいも普通の魔術では攻撃を通せないだろう。


 効くとすればそれは、黒の魔術くらいか。


 だが……正直それすら不安だ。


 それを不安に思わせるのは、あの異形の身体から漏れ出す黒い霧。


 あれは……黒い魔術と同じものではないのか?


 おそらくそれで間違いない。あの霧は、恐ろしい魔力が込められている感じがする。


 そうなると、黒の魔術とはいえ……。



「臣護。先に上に行け」

「……なんだと?」



 不意に、じじいがそんなことを言い出した。



「ワシがこいつの相手をする」

「おい、待てじじい」



 ふざけるな。



「こんなのを、一人で相手にするつもりか!?」

「当然じゃ」



 じじいが、片腕を上げた。


 その手に、黒の魔術が生まれる。


 それにかかった時間はたった数秒。


 俺などよりも遥かに早い発動。



「ワシの黒の魔術の発動速度は知っておろう? ならば分かるじゃろうが。あれの相手は、ワシが適任じゃ」

「でも……!」

「臣護」



 その声に、思わず口を噤む。


 鋭く、厳しく……穏やかな声だった。



「行け。ワシらは、なにを賭して、なにを捨てる覚悟で、なにをする為にここにいる?」

「それは……」



 アースを賭して。


 自分の命を捨てる覚悟で。


 遺す為に、ここにいる。



「――分かった」



 俺は、静かに頷いた。



「じじい……追いついてこいよ」

「わかっとるわい」



 じじいがにやりと笑う。



「このワシの身を案じるよる、貴様の向かう行く先の心配でもしておけ」

「……ああ、そうするよ」



 そして俺は、空に向かって飛び出した。



 さて……。


 空に向かって飛んでいく臣護を見届けることもせずに、形成した黒の魔術を、放つ。


 黒き砲撃が、異形に接触し……。




 弾かれる。




「……やはり、のう」



 分かっていたこととはいえ、黒の魔術が効かないと言うのは、それなりの衝撃だ。


 まあ、流石に無傷とはいかぬようだが。


 異形の身体からは、僅かにではあるが緑色の血が垂れている。


 多少のダメージは入っているか……。


 ならば、まあこの調子で戦えば問題はない。


 いや……そうでもないか。



「こりゃ、だるいのう」



 呟く。


 ワシとて、人間。


 どれほど優秀とはいえ、魔術を使うのには意識を擦り減らすし、黒の魔術ならば、それは尚更のことだ。


 その黒の魔術が、この戦いでは主体になる。


 一体、何度黒の魔術を放つのか。


 自分の状態をしっかりと鑑みる。


 ……よくて、三十回。


 それが、ワシが今連続で放てる黒の魔術の回数か。


 それ以上は……頭が壊れる可能性がある。


 無論、その可能性があっても、必要とあらば行使し続ける覚悟はあるが。


 けれども、そうならないに越したことはない。



「少しばかり、本気で戦わねばな」



 杖を捨てる。


 さらにマントを脱いで、身を軽くする。



「さて……では、やるかの。かかってこい」



 言葉が通じたわけではあるまいが。


 異形が、地面を滑る様に、高速でワシに突っ込んできた。


 その右手の鋭い爪がワシに伸ばされた。


 黒の魔術を目の前に構築する。


 砲撃として放つ暇もない。


 球状の黒の魔術と、異形の爪が触れ、黒い歪みをまき散らす。



「ぐ……っ」



 負荷が身体中にかかる。



「舐めるで、ないわッ!」



 怒声と共に、黒い球は、砲撃になる。


 異形の身体が、黒い砲撃に吹き飛ばされる。


 砲撃が途切れ……右手を僅かに損傷した異形の姿が視界に入る。


 あれほどの至近でくらっておいて……。



「やれやれ、じゃのう」



 ここは、どこだろう?


 考えても答えは出なかった。


 暗い場所に、浮かんでいる。


 深い何処かだ。


 身体中から、いろいろなものが漏れ出すような感覚があった。


 これは……なにもなくなるということか?


 それに対して、死、という単語が浮かぶ。


 ……それはちょっと……嫌だな。


 まだまだ死にたくなんてない。


 やり残したことなんて、いくらでも見つかる。


 うん、沢山ある。


 普通に生活したい。


 SWとして楽しみたい。


 皆と馬鹿話とかしていたい。


 なにより。


 あいつに、まだなにか、大切なことを伝えていない気がする……。


 ああ――。


 死にたくないなあ。


 というか、私、死なない。


 そう決める。


 決めてどうなることでもないかもしれないが、それでも少なくとも意思で負けるよりかは幾分マシだろう。


 さて、そう決めたなら、どうするべきか。


 私はぼんやりと、闇を見つめた。


 身体から何かが漏れ出す感覚は、もうなかった。



これからは毎日二話投稿を目指します。

……あくまで目指すだけですよ?

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