7-30
「ふん?」
周囲に、いくつもの影が落ちて来た。
炎の塊――ではないか。
牛のような頭と強靭そうな人の身体を持った炎の化け物だ。
それが八体。
さらに――。
ビルを突き破って現れる、ムカデの下半身を持った四本腕の巨人の姿。
なるほど、強そうだな。
その身に纏う強力な魔力の層は、堅牢な鎧。
それを突き破るのは容易ではないだろう。
……普通ならば、ば。
炎の化け物どもが動いた。
八体が同時にこちらに炎球を放ってくる。
「その程度、我が王に届かせるものか」
それを防いだのは、一瞬で現れた十重の障壁。
妾の隣にいるガレオが張った障壁だ。
炎はその障壁を次々に砕いて行く。
だが、半数を砕いたところで勢いを急速に失い、八枚目の障壁でついに消滅してしまう。
「イェス、シオン。始末しろ」
妾の言葉とともに、前に出る小さな身体が二つ。
「円卓賢人第二席、イェスベリアル=トゥ=アルアカーシャ、行くよ」
「同じく第十席、シオン=ティエン=シュレヴィルム、行きます」
名乗りを上げて、二人が動いた。
――戦争で死んだ第二席の後には、イェスを据えた。
まあ、順当だろう。
第四席は実際に倒しているし、第三席もまあイェスが相手では勝ち目は薄い。
「シオン。とりあえずとどめ、任せるから」
「はい」
イェスの魔術が発動する。
解放魔術。
イェスの魔術が届く範囲の魔力が、全ての繋がりを失う。
すると……炎の化け物どもの炎が飛び散り、その中から貧相な骨格が現れた。
ふん、本体はあんなものか。
「ふ――!」
シオンを中心に、無数の魔力刃が八体の骨の化け物に放たれる。
斬撃魔術……ふん、いつのまに覚えたのやら。
シオンの学習能力はいつ見ても異常だな。
魔力刃はそのまま、鈍い切れ味で骨どもを砕いて行く。
ばらばらと骨の破片が辺りに転がった。
次は、あのでかいのか。
巨人の手に、魔力が集まっていた。
何をするつもりかは知らなぬが……ならばこちらも合わせてやるとしようか。
妾も、魔力を集める。
急速に集まる魔力が空間を歪め、色を喪失させ、そしてありとあらゆる常識を沈める。
黒い現象が、妾の手元に生まれる。
それが、一振りの槍の形を作る。
対する巨人の、魔力を集め終わったらしい。
その魔力が……放たれた。
それは指向性すら持たない、破壊をまき散らすだけの衝撃波。
普通に受ければ、ガレオの障壁とでひとたまりもあるまい。
だが、ぬるい。
槍を胸の前で構える。
妾に対してその攻撃……あまり笑わせるな。
「消えよ、下郎」
ぽつり、と。
その言葉と共に、槍を突き出すように投擲する。
黒き槍はそのまま、高速で巨人に飛ぶ。
その途中、槍の穂先が巨人の放った衝撃波に触れ……衝撃波は、細切れになった。
そのまま、巨人の胸の真ん中に槍が突き立つ。と思った次の瞬間、巨人の胸部が、大きく抉られた。
黒い槍は巨人の身体を貫通し、そのまま虹の空に消えていく。
巨人がそのまま、崩れ落ちた。
「……さて」
服についた埃を払う。
「次に向かうとするか」
†
異界研にも、異生物は押し寄せてくる。
それに対するのは数十名のSWと、私と……それに、前円卓賢人第三席、現M・A社の社長であるヴェスカー=ケシュト=アルケイン。
「まさか、貴方が異界研で働いているとは思わなかったよ」
私達は二人で、異界研の正面を守っていた。
「……私は、以前から貴方がそういう役職についているのは、知っていました。元第三席」
「もっと気軽に呼んでくれていい。知らぬ仲ではないのだしね」
「では、アルケイン、と」
異生物を崩壊させながら、元第三席――アルケインと言葉を交わす。
私とアルケインは、初対面ではない。
マギにいた頃に、何度か……征伐部隊の長として、彼と話したことがある。
「しかし、人も変われば変わるものだ」
「……なにが、言いたいのですか?」
いや。
それがどういう意味かは、分かっているのだけれど。
「そのままの意味さ。だが、こういう変化ならば、誰もが祝福するだろう。私も、もちろん祝福するよ。どうだい? 彼との結婚式、会場などは私に手配させてもらえないだろうか」
ちらり、と。アルケインが異界研の窓を見た。
そこに、こちらを心配そうに見ている陽一さんの姿。
「……そこまで世話になるわけには、」
「つれないことを言わなくていい。旧友として、君の新しい人生を応援したいのさ」
言いながら、アルケインが近くにいた異生物を、炎を纏わせた拳で殴り砕く。
旧友、か。
私達の仲は、そんな平和なものではなかった気がするけれど……。
「……そこまで言うのならば、後で陽一さんに相談してみます」
「ああ。そうしてくれ」
……それにしても。
「きりがありませんね」
「確かに。倒しても倒しても、次々に沸いて来られるのではたまらない」
二人で溜息を吐いた……その時。
目の前に、空から何かが降ってくる。
それは……先に私が斃した、あの甲冑の異生物によく似ていた。
しかし、それとはまた違う。
今回のそれは、両腕が剣ではなく槍、そして下半身が六本足の馬ででいていた。
即座に魔術を放つ。
細胞単位での破壊。
当たれば、致死。
その人馬の異生物も、崩れ落ちる――はずだった。
「……っ」
私の魔術が、それる。
人馬が纏う濃密な魔力の層によって、私の魔術が弾かれたのだ。
「これはまた、厄介な」
「だが、斃さなくてはならない」
アルケインが人馬に突っ込んだ。
魔術の炎が灯る拳で、その胴に拳を叩きこむ。
魔力層が軽く軋み……人馬にダメージが入った様子はない。
「硬いな」
アルケインが小さく呟き、後ろに飛びずさった。
人馬がこちらに槍の穂先を向けて来た。
槍に魔力が集まり……、
私達は本能的に左右に跳んだ。
直後、私達のいた場所を強力無比な威力を秘めた槍が貫いた。
人馬が一瞬で距離を詰めて来たのだ。
なんて速さ……。
「どうします? 悠長にやっている暇はありませんよ」
この一体に構っていたら、他の異生物が異界研に侵入してしまう。それは許されない。
「……ふむ」
アルケインが考え込み……、
「師よ。貴方は昔私にこう言った……戦場で考え事をしている余裕があるのならまず攻撃しろ、と」
強大な魔力の動きを感じた。
弾かれるようにそちらを見る。
異界研の上。
そこに、その人物は立っていた。
「……グルミール?」
アルケインがその名を呼んだ。
グルミール……。
あの、アルケインの弟子であり、現円卓賢人第三席のグルミール=スィリイ=アデリヒム?
いや、問うまでもない。
彼がその人物であるのは、間違いがないのだから。
何故なら……彼の頭上で、一つの現象が発生していたから。
黒。
黒い炎が、揺らめいていた。
「黒の魔術……!」
炎を象った黒の魔術を扱う人物など、第三席以外にはいない。
黒炎が放たれる。
黒炎が、人馬に伸びた。
それを人馬が避ける。
けれど黒炎は蛇のようにうねり、そうして……人馬を呑みこんだ。
人馬が黒炎の中、一瞬で消滅した。
黒炎はそのまま、異界研の周囲にいる異生物を次々を消滅させていく。
……なんて、馬鹿げた威力。
これが《黒》というものか……。
改めて、その人外ぶりに感嘆する。
「グルミール……来てくれたか」
「……師よ。勘違いしないでいただきたい。私は別に、情に流されたわけではない」
第三席が、視線をアルケインに向けた。
「私はただ、マギの行く末をよく考え……その結果、ここにいるのです。これは、私の確固たる意志です」
「……そうか」
アルケインが、軽く笑んだ。
「ならば円卓賢人第三席。この場所を、共に守ってもらえるか?」
「わざわざ答えを口にする必要はないでしょう?」
……これなら。
異界研を、守り通せるだろう。
残る連載はSWのみです。