7-29
巨人の手が振るわれる。
その手には、強大な魔力が纏わり、その攻撃が届く範囲を大きくしていた。
脳裏に、先程その魔力を叩きつけられた時のことが脳裏をよぎる。
……さすがに、あんな痛みはもう味わいたくない。
というより、次あれを喰らえば、十中八九私は終わりだ。
ただえさえ、左腕がまともに動かせないところまで壊れてしまっているのだから。
一方で、第四席は――、
「あはっ、そんな攻撃、届くと思いますかあ?」
震われた巨人の腕を、膨大な量の魔力で捉え、空中に固定していた。
……どれだけ馬鹿げた量を掌握しているのだ、彼女は。
流石、円卓賢人といったところか。
「図体が大きい分、私の魔術の的ですねえ」
愉快そうに肩を震わせて、第四席が指を軽く曲げる。
すると……巨人は、自分の拳で自分の顔面を殴りつけた。
一度ではない。
二度、三度、四度と、何度も自分を殴りつける。
ついに、巨人の身体がよろめいた。
「それじゃあ、沈んでください」
そこで追い打ちの一撃。
空から、大量の瓦礫の雨が降り注ぐ。
その衝撃で、巨人の身体が地面に倒れた。
ムカデのような下半身が、大きくのたうった。
倒れた巨人に、葬列車から巨大な弾丸が無数に放たれる。
さらに、私も合わせて魔術の雷を振り下ろした。
それらは……しかし巨人に命中する前に弾かれてしまう。
「火力不足ですねえ」
第四席のからかうような声。
少し不愉快だが……事実だ。
「……私は正直、貴方のことが気に入らない」
ぽつりと、本音が零れた。
「おやあ、面識はほとんどない筈ですが、どこで嫌われたんでしょうねえ?」
第四席を嫌う理由?
そんなの、決まっている。
「貴方は、自分がどういう名でよばれているのか、知っている?」
「そうですねえ、私好みのところでいけば、血塗れの悪鬼だとか、快楽殺戮者だとか、言われてますねえ。ああ、でも一番のお気に入りは、挽肉売りですね。これ、なかなか私を的確に表現していると思いません?」
どうやら自分でもそれは知っているらしい。
それどころか、受け入れ、面白がっている様子すら見せる。
『危険人物ね』
『お近づきにはなりたくねえなあ』
耳の内側で雀芽と隼斗のそんな声が聞こえた。
私はそれに、無言を答えとして返しておく。
「……そんな自分が誰かに好かれると、思っているの?」
「ああ。なるほど……常識的に、というやつですかあ」
……そう。
常識的に。
常識的に考えて、誰が第四席を好ましく思うものか。
第四席に関しての悪い噂は、尽きることを知らない。
「まあ、私としては常識だとか倫理だとかは、どうでもいいんですよお。私はただ、私が楽しく生きられれば、万事問題なしなのでえ」
くすくすと笑いながら、再度第四席は空にいくつもの瓦礫を浮かべ……そして倒れている巨人に降り注がせる。
「なので、好き放題私のこと、嫌ってくれていいですよお? なんなら命くらい狙ってくれたら、私もいろいろと楽しみがふえるのですけれどねえ」
それは、まるで獲物を見る狩人の瞳。
少し、身体が震えそうになった。
「……遠慮しておくわ」
「それは残念。では、話もこのあたりにして、目の前のこれをどうにかして、挽肉に変えてしまいましょうか」
巨人が、身体を起こした。
それに対して、第四席が次の瓦礫の弾丸を準備する。
「頑丈なものを叩き潰す感触というのは、本当に爽快なものですし、楽しみですねえ」
にぃ、と。
第四席の笑みが、質を変えた。
それは戦闘を楽しむ顔でも、獲物を狩りに向かう顔でもない。
ただ……獰猛な、暴力そのものを表したような笑みだった。
これまでとは比較できない速さで、瓦礫が撃ち出される。
それらが巨人に命中し、巨人の身体のいたるところから血が噴き出す。
だが……それらの傷はすぐにふさがってしまった。
「おやおや、これはまた面白い」
それを見て、第四席は焦燥するどころか、愉快そうに目尻を歪める。
「……」
そんな第四席に何か言おうとして、でも止めた。
彼女に何を言っても、何も変わらない。
それが分かっていたから。
『リリシア、どうするつもり? 並大抵の攻撃じゃ、届きそうにないわよ?』
「……」
雀芽に問われ、思考を回転させる。
そして、一つだけ……やってみたいことが見つかった。
……ちろりと、第四席を見た。
彼女の協力がなければ、これは成功しない。
……まあ、駄目元で聞いてみよう。
「第四席……私に考えがあるわ」
「おやあ……どんな考えか、教えてもらっても?」
興味を示した来た第四席に、簡単に説明する。
すると、第四席が小さく笑う。
「あははっ、いいじゃないですかあ、やりましょうよお」
少し、驚いた。
「どうしたんですかあ、そんな目を丸めてえ」
「貴方が協力してくれるなんて、意外だわ」
「もちろん、条件はありますよお?」
第四席の眼が、鋭い光を宿す。
「とどめは、私がきっちり刺させてもらいます。それは、譲りませんよ?」
「……結構よ」
別に、とどめを刺すのが誰だろうと私は構わない。
「二人とも、聞いていたでしょう? やるわよ?」
『……また、無茶苦茶ね』
『俺、ジェットコースター苦手なんだけど……』
不安の籠もった二人の声は、無視しておく。
ここで弱音なんて吐いても、それが通らないことくらい二人だって承知しているだろう。
「行くわよ」
「では、やりますよお」
第四席の言葉と同時……私達の後方で、葬列車が――浮かんだ。
第四席の干渉魔術によるものだ。
そのまま葬列車が、私達の真横までやってくる。
私と第四席は、葬列車の上に飛び乗った。
巨人が、私達に腕を振るってくる。
それを葬列車は素早く回避し……そのまま、高速で巨人の懐に潜り込んだ。
それを掴もうと手を伸ばしてくる巨人。
葬列車が急上昇して、その手をすり抜ける。
葬列車の車体が、巨人の顔面の眼の前にくる。
上部にとりつけられた大口径の高射砲が、その砲口を巨人の顔面……目に向ける。
それに合わせて、私は高射砲の砲口付近に魔力を集めた。
次の瞬間、砲口から火が噴き出す。
巨大な銃弾が射出された。
それが砲口を離れた瞬間に、集めた魔力を使って私は一つの魔術を銃弾に加える。
加速魔術。
銃弾の速度が、爆発的に加速する。
でも、それだけじゃ足りない。
これだけではまだまだ巨人にダメージを与えるには不足。
けれど……ここにはもう一人、別格の魔術師がいる。
「まずは、頭の中身をブチ撒いて貰いましょうか」
第四席の集めた膨大な魔力が銃弾に集中し……そして、銃弾に彼女の干渉魔術が作用する。
銃弾の速度が、更に加速した。
砲口から射出された時の、およそ五倍の弾速はあるだろうか。
加えて、かなりの量の魔力を纏っている。
これなら……!
銃弾が、巨人の魔力層に接触する。
火花のように、ぶつかりあって散っていく魔力の欠片。
弾丸は、徐々に魔力層にめりこんでいく。
――刹那。
破砕音と、破壊音。
魔力層が粉々に砕け、そして……弾丸が、巨人の眼球を貫き、そのまま頭の中身を蹂躙し、後頭部から飛び出す。
緑色の汚物が、飛び散る。
巨人の身体が、傾いた。
そしてそのまま、地面に倒れ……、
「さあて、やりましょうかねえ!」
第四席の声と共に、数え切れないほどの瓦礫が、巨人の上に降り注いだ。
巨人の纏う魔力層は既に砕け、その身を守るものは何もない。
抵抗することもなく、巨人はそのまま、瓦礫に押し潰され、その姿を消した。
瓦礫のそこかしこから、緑色の血液の噴水が出来上がる。
葬列車が、巨人を埋めた瓦礫の上にゆっくりと降りる。
「楽しかったですねえ」
踊るような動きを見せながら、第四席が言う。
「……」
なにが楽しいものか。
辺り一面、緑色の血の汚れていて……異臭がして……なんて嬉しくない勝利なのだろう。
『吐く……もういろんな意味で吐くぞ、俺は』
隼斗の情けない声が、聞こえた。
やれやれ……。
まあ、倒せたのだから、よしとしようか。
いー感じの第四席が大好きです。