7-26
私の斬撃が。
巨大な銃弾が。
幾本もの足を落としていく。
ようやく、三分の一ほどの足を奪った。
後もう少し削れば……。
巨人の手に、魔力が集まる。
それにこちらの魔力をありったけぶつけて、収束を妨害する。
そうして再び足の処理に戻る。
さっきから、これの繰り返し。
それでも、着実にこの巨人を倒す時は近づいている。
――そう、思っていた。
ムカデのような下半身が、大きく蠢いた。
これまでと違う様子に、咄嗟に距離をとる。
一体、なにが……?
訝しむ私の視線の先。
その動きが、起きた。
ぐちゅ、と。
最初に聞こえたのは、そんな嫌な粘着質な音。
見れば、落とした足の断面から、緑色の泡のようなものが吹き出している。
その泡が、急激に増殖する。
そうして泡は徐々にその形状を整えて……足になった。
足が再生したのだ。
その現象が、落としてきた全ての足で発生する。
言葉を失った。
『……なんというか、少し、嫌になるわね』
通信機越しに雀芽が呟く。
その声には、ひどく暗い。
これ……どうしろって言うのよ。
上半身は攻撃が通らない。
下半身は攻撃しても再生されてしまう。
こんなの……出鱈目じゃない。
呆然とする私に、巨人が拳を振るってくる。
左から迫ってくるその拳を避け――られなかった。
「……っ!?」
身体が吹き飛ぶ。
「ぐ……っぁ!」
巨人の拳を直に受けた左腕が、ひしゃげた。
激痛。
砕けるのではないかと思うくらいに奥歯を強く噛み締めて、悲鳴を圧し殺す。
なん、で……。
確実に私は、巨人の拳を避けた筈だ。
なのに、避けられなかった。
目視でも、確かにその巨大な拳を私は避けていた。
なのに……この結果はどういうことなのか。
吹き飛ばされながら、私はそれを見た。
巨人の拳の周りに渦を巻く、膨大な量の魔力。
それこそが、私を打ちつけたものの正体だ。
魔力で、拳のリーチを伸ばしたのか……。
唯一の救いは、実際の拳ほどの威力はないということか。
もし実際にあの拳に殴られていたら、左腕どころか、胴まで千切れ飛んでいるところだ。
とはいえ……左腕を壊されたのは痛い。
空中で姿勢を立て直して、自分を左腕を見る。
……ひどいわね。
本来曲がらない方向に、優に百三十度は曲がってしまっている。
肘の辺りからは、折れた骨が皮を突き破って、その白さを覗かせていた。
まあなんとグロテスクなことか。
『リリシア、大丈夫!?』
雀芽の慌てた声。
心配をかけてしまった。
「大丈夫、問題ないわ」
『問題ないって、そんな腕で何を――!』
「問題ないわ」
苦笑し……瞬時に意を決する。
魔術で、自分の腕の痛覚を一旦、軽減させる。
そうして、また別の魔術で……無理矢理に、腕の形を成形した。
肉が潰れるとも、骨が砕けるとも知れない音。
「――っ! く、ぁ!」
苦悶が漏れる。
視界が点滅するような痛みの中、さらに砕け散った骨を力技で、魔力によって固定していく。
「っ――ふっ、はぁ……っ!」
身体中から、汗が噴き出していた。
……最悪ね。
とりあえず、これで左腕は……まあ、一応は動く。
とはいえ戦闘に使えるような状態ではないのだけれど。
右手で刀を構え、巨人に向き直った。
「この怪我……百倍返しにしてあげるわ」
†
左の肩を吹き飛ばされたミノタウロスが、ゆらりとこちらを睨む。
……さて。
畳みかけよう。
「明彦」
「分かってる」
言って、明彦が前に飛び出す。
そしてその明彦にミノタウロスが残った右腕で炎斧を振るう。
軽々と炎斧をよけて、皆見が笑った。
「そんなんじゃ、俺には絶対届かないぜ?」
さて。
明彦が壁してくれてる間に、私も、次の準備をしなきゃ。
先程使いきった魔力カートリッジが、銃身から排出される。
私は新しい魔力カートリッジを抜くと、それを込める。
よし、と。
銃を両手で構える。
魔力が、銃身に収束していく。
フレームの軋む音。
……お願い、もう少し耐えて。
祈りながら、狙いをミノタウロスに定める。
そうして、引き金を絞った。
魔力が、炸裂した。
重厚から爆発が放たれる。
一筋の光が、ミノタウロスの――今度は右肩を貫いた。
ミノタウロスの悲鳴。
貫かれ、千切れ落ちたミノタウロスの右腕が火の粉になって虚空に消えた。
それを見届けて……私は、銃を下ろし、その銃身を見つめた。
……あー。
「よっしゃアイアイ、もうチューしていい? いいですよね? させてくださいお願いします!」
「明彦明彦、テンションあがってるところ悪いんだけど、これ……」
自分の顔が引き攣っているのが分かった。
明彦に、手の中にある銃を掲げて見せる。
テンションがあがっていた明彦が……硬直する。
簡潔に説明すると、私の銃が……壊れていた。
それはもう、なんて言うのかな。
まず銃口が潰れで、その付近のフレームが歪んで、ぐしゃぐしゃになっている。
さらに、マシンガンとマシンガンの結合部の一部が砕けて、中から煙が噴き出している。
カートリッジの排出口は詰まり、カートリッジを排出するという役目を果たせなくなっている。
……明らかに使い物になるような状態では……ないよね。
「だ、だけど、ほら! ミノちゃんの両腕吹き飛ばしたし、勝機は全然残ってるぜ!」
立ち直して叫ぶ明彦の背後で、ミノタウロスが立ち上がる。
吹き飛んだ両腕の根元から……巨大な火柱が突き出す。
そしてそれが、腕の形になった。
その腕の形状はこれまでとは違い、巨大な爪を二本、それぞれ生やしていた。
「――おいおい」
明彦が、信じられないという様子でミノタウロスを見た。
私も明彦と同じような顔をしているのだろう。
なんて言うか……あれだね。
切り札なくして、敵は回復……最悪の状態だ。
ははは……。
乾いた笑みが口元に浮かぶ。
これ……やばいよね?
†
「……ふん」
眉をひそめる。
「ひどい、な」
「そうだね」
眼下に広がる光景が、本当にあの街のものなのか、一瞬疑ってしまった。
「あれは……《魔界》と、そう言ったか」
「らしいね。うーん……おじいちゃん達もさあ、秘密にしておくなんて、なんか酷いよね」
「仕方ないでしょう。あの二人もよく考えて、その結果黙っていたのでしょうし。今回は、それが裏目に出てしまったと、そういうことなのではないですか?」
「おじいちゃんやお兄ちゃんも、なんでもかんでも上手く出来るってわけじゃないんだね……うーん、少し安心。やっぱり同じ人間だもんね」
そこで安心するのか。変なやつめ。
「まあ、雑談もそれくらいにしておけ」
伝わってくる、戦場の気配。
「今回のこれは、アースに貸しを作るいいチャンスだ。我々にとって、その貸しはとても重要なものになるだろう。また、同時に、臣護やアイ、リリシアへの恩返しの一つにもなろう」
故に。
「加減は許さぬ。全力で向かえよ、貴様ら?」
結局ピンチになるというね。
で、やっと、やっと彼女達の登場!
ひゃっほう!
そういえば出して欲しい円卓賢人とかいる?
ちなみに聞いたからって確実に出すとは、限らないんだぜ?
一応、聞いてみるだけ。