7-19
シーマンがオレから話を聞いて医療棟に飛んで行った後。
「ヨーサンもあんまり熱くなるなよな」
軽く笑い、シーマンの叔父だっていうヨーサンの肩を叩く。
「ヨーサンって、なんだ?」
「いや、名前。陽一だろ? だからヨーサン」
「……」
なんだその顔は。
「まあ。いいけどな」
言って、ヨーサンが深い溜息を吐きだした。
「しっかし、シーマンのこと殴ることねーだろ。別にシーマンにゃアマリンを守る義務なんてねーんだぜ? そりゃ、傷つけば落ちこむし、大切には思ってるだろうがな」
「……お前、あの子の友達じゃないのか?」
「オレの自意識過剰じゃなきゃ、まあ友達って呼べる仲だろうな」
「なら、なんでそんな平然としてるんだよ?」
心底不思議そうにヨーサンが尋ねて来た。
「いや、これでも結構取り乱してるんだぜ?」
「そうは見えないがな」
「表に出してねーだけだよ」
ま、少なくともこの戦いがきっちり終わるまでは、落ち着いた仮面をつけてなきゃならない。
「ここは戦場だぜ? そんなとこで悲しんだり怒ったり落ちこんだり、いちいちそんなことしてられるかっての。それにな、戦場じゃそういうやつが真っ先に死んでくんだよ」
「……そんなあっさり、言えることかそれは」
ヨーサンが目を丸める。
何をそんなに驚いているんだ?
少し考えて、思い至る。
ああ、そっか。
あれだ。つまりSWと一般人の差がここにあるんだな。
戦場に対する認識が違う。
馬鹿にするわけじゃねえけど、ヨーサンには覚悟ってもんがねえんだ。
「異次元世界に出りゃ、人死になんて日常茶飯事。誰かが死ぬのは不思議なことじゃないし、自分が死ぬ、その瞬間が来るのだっておかしなことじゃない。オレとかシーマンとか、それにアマリンがいるのはそういうとこなんだよ。ヨーサン、あんたみたいな真っ当な人間、やっぱりこんな場所にいるべきじゃねえぜ」
言うと、ヨーサンは少し間を置いてから首を横に振った。
「シアがいるなら、俺もここにいる」
「……シスター、ねえ」
というか、ちょっと気になってるんだが。
「あんたとシスターってどういう関係なんだ?」
見たとこ、かなり親しげだが。
「婚約者だが、臣護あたりから聞いてないのか?」
「――へ?」
あれ。
耳おかしくなったかな。
婚約者。
婚約者ってのは、あれか?
結婚を約束した、あれか?
……な。
「なにぃいいいいいいいいいいいいいいい!?」
ということは、シスターってシーマンの親族になるのか?
マジか。
こりゃあ、アマリンが起きたら真っ先に教えてやらねえとなあ。
だってほら、アマリンがシーマンとくっついたら、アマリンとシスターも親族になるわけだろ?
……なんていうか、すげえ家系だな。シーマンとこって。
†
息を吐き出す。
……よし。
エンジンを駆動させる。
重低音と、振動。
「いけるわね、隼斗」
「そっちこそ問題ないか?」
いつも通りの隼斗の声。
ちょっと、見直す。
我が弟ながら、よくもまあ、声一つ震えないものだ。
私はちょっと、そんなところまで自信がない。
「頭に血が上って敵陣ど真ん中につっこまないでくれよ?」
「そんなヘマ、しないわよ」
いくらなんでも、そこまで馬鹿ではない。
そりゃ、佳耶をあんな風にされて、怒りがないわけではないけれどね。
そこはきっちり、抑えて行かないと。
その点では、隼斗は凄い。
よくもまあ、そこまで自制出来るものだ。
「佳耶のこと、心配?」
「そりゃな。でもまあ、あいつのことだ。すぐ起きるだろ」
なんの疑いもない、日常会話のような軽さで、隼斗はそう言った。
「……能天気」
「まあな」
隼斗が笑う。
……まあ、そのくらい気楽でも、いいのかもしれない。
そう。
だって、あの佳耶だもの。
大丈夫に決まっている。
「じゃ、佳耶が起きて来た時に怠けてたって言われないように、頑張るとしますか」
「そうしよう」
アクセルを踏み込む。
葬列車が、前進した。
さあ、とことんやってやろう。
「あ、そうだ。さっき嶋搗に八つ当たりしたの、今度きっちり謝っとけよ?」
「もうさっき謝ったじゃない」
「きっちり、だ」
「……嫌よ」
「……はあ。なんでそんな嶋搗を毛嫌いすんだよ」
「気に食わないのよ、あの男は」
†
「彼の友人をやるのは、なかなか難しいのではないですか?」
唐突に、修道服を着た女性――シスターさんに言われた。
「え……?」
「私が言うのもなんですが、臣護は、まあ……普通の人にはとても受け付けられないところがあるでしょう? 例えば今も、彼女を置いて戦いに行ってしまったり」
シスターさんが天利さんを見る。
「……そう、ですね」
正直、その通りだ。
「受け付けられないというか、よく分からない時は、あります」
夏の一件から、それなりに嶋搗君や天利さんとは関わっている。
それはただの会話だったり、遊びに行くのであったり、食事を一緒にとったりと、まあいろいろ。
その中で、ちらりと見えるのだ。
なんだか、分からないな、ってところが。
嶋搗君だけじゃない。天利さんも。
SWだからというよりも、それは二人が二人だからなのだろう。
「でも、いいと思うんです。それで」
それは、きっと当たり前のこと。
二人に僕に分からないところがあって当然だ。だって二人には、二人の個性があるのだから。
そこまで分かろうだなんて、嶋搗君と天利さんの間でならともかく、僕には無理だ。
なんて言えばいいのだろう。
そう――。
「嶋搗君と天利さんが通じているなら、まあ、いいんじゃないかな、と」
今回のこともそう。
やっぱり天利さんは、嶋搗君が戦いに行かないことなんて望まなかったと思う。
嶋搗君はそれをはっきりと分かっていたから、行ったんだ。
「貴方は、損な性格をしているのですね」
「そうですか?」
自分じゃ、そんなことはないと思うけれど。
「あ、そういえばシスターさんは、嶋搗君とはどういう間柄なんですか? さっき義姉っていってましたけど……家族なんですか?」
血の繋がりはあるようにみえないから、家族だとしたら、お兄さんの奥さんとか、そういう感じだろうか。
ふと、シスターさんが苦笑した。
「義姉と言いましたけれど、実際は叔母なんです。彼の叔父と婚約をしているので」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。でもほら、叔母って響きは、あれでしょう? 流石にまだ、おばさんだなんて呼ばれる年齢ではないつもりなので」
なるほど。
納得する。
確かにシスターさんはまだ全然若く見える。
着る服を変えれば――なんで今修道服を着ているのかはよく分からないけれど――もしかしたら十代後半くらいに見えるかもしれない。
そんな人におばさんだなんて、ちょっと呼ぶ方も気まずい。
「だから、まあ義姉ということにしておこうかと。駄目でしょうか?」
「そんなことはないと思いますよ?」
「なら、よかった」
笑んで、シスターさんが医療機器をいじる。
「……天利さんは、大丈夫ですよね?」
「さっきも言いましたが、それは彼女の生命力次第……ですが、まあ天利悠希ですからね。臣護と真っ向から向き合えるような人間です。この程度で終わる人間にはとても思えません」
「はは……ですよね」
ちょっとワンクッション。
次話ヴェスカー合流。他数名?