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2-3

「あ……いいもの見っけ」

「うん?」



 私がしゃがみ込むと、一緒に雀芽が覗きこんできた。


 私の足元には一輪のエメラルドの輝きをもった薔薇のような花が咲いている。



「なにこれ? 綺麗な花ね」

「綺麗なだけじゃないわよ」



 掲示板と呼ばれるSWのサイトがある。そこにはSWが各々異世界で発見した生物や植物、鉱物や現象について様々な情報を寄稿している。


 その情報量の多さのせいで、掲示板の情報全てを知っているSWはいない、と言われるくらいだ。


 その情報の中の一つ、植物の項目で私はこの花のことを読んだことがある。写真も添えつけられていたからよく覚えていた。



「永年華。酸素がある限り永遠に咲き続ける花なの」

「酸素がある限り、って……そりゃすげえな」



 全身傷だらけの隼斗が感心したように永年華を見る。



「この花の凄いとこはそれだけじゃないんだけどね……」

「と言うと?」

「これ、一度花を咲かせるともう根っこが必要ないから、摘み取っても全然平気なの」

「ほー」



 不意に私の横から隼斗の腕が伸びて、永年華の茎を摘まむ。



「あ……ちょ――」



 私が制止するより早く、隼斗の指が茎を折った。


 ……あーあ。



「ぶべべべべべべべべべべべべべ……!」



 隼斗が白眼を剥いて全身を痙攣させながら奇妙な声を出す。


 だから止めようとしたのに。


 この花、折った瞬間に高圧電流を出すから……って。


 死んでない?



「けほ……なんとか生きてまふ……つか、俺ってこんな役ばっか……」

「ちゃんと安全確認しないからそうなるのよ」



 中途半端に折れた永年華を摘み取る。高圧電流は一度出してしまったのでもう出ない。



「これはまだリザルト・メディスン(うち)に検体が提出されてなかった筈だから、大体五十万くらいで買い取りしてもらえるでしょ」



 SWは大まかに分けて二種類に分けられる。異世界で得たものを国に売却するフリーランスと、企業と契約して優遇を受けながら活動する企業所属だ。


 私達三人は後者。主にSWへの治療器具、薬品などを扱うR・M社との契約を結んでいる。


 R・M社は薬品開発などに役立つであろう異世界の動植物の検体を高く買い取ってくれるのだ。



「ほー、まあこれで今回赤字ってことはなくなったな」



 SWが異世界に出るには、《門》と呼ばれる機械装置を使う必要がある。その使用料は決して安いものではないのだ。ぶっちゃけると、一往復で十五万。本当に運の悪い時だと獲物に出会えなくて、そのまま異次元に出た分損ってことになりかねない。



「それはいいけど、本命はまだ見つかってないんだから気を抜いては駄目よ」

「わーってるよ。ほれ、それしまっておくから寄こせ」



 隼斗が私に手を差し出した。隼斗は荷物係だから、その背中には大きなサックが背負われている。



「んー、これならわざわざサックにしまうまでもないでしょ。普通に私が持ってるわよ」

「そうか?」



 永年華を胸ポケットにしまう。


 ま、検体提出するまではちょっとくらい見て楽しんでおいて損はないわよね。折角の綺麗な花なんだから。



「さ、行きましょ」



 再び歩き出す。


 すると、間もなくどこからか水の音が聞こえてきた。


 ……川?


 樹の間から、小さな川が見えた。



「……ちょっと不気味ね」



 雀芽が僅かに表情を歪めて言う。


 その水の色は私達の知る水とはかけ離れていた。



「確かにね」



 鈍い光沢をもつ銀色だ。


 まるで水銀が大量に流れているかのようにも見えるそれは、お世辞にも綺麗と言えるものではなかった。



「ま、飲むわけでも潜るわけでもないからいいけど」



 私がそう言って水面に突き出した岩の上を渡ろうとした時――。


 水面が、うごめいた。



「……え?」



 それを避けられたのは、本能のお陰だろう。


 銀の水から、それと同じ色の巨大な鋏現れて、一瞬前まで私の立っていた空間を突き刺したのだ。


 私はと言えば、空中で身体を翻しながら隼斗や雀芽とは対岸に着地。



「なにこれ!?」



 困惑する私の目の前で、水面がどんどん盛り上がる。それは次第に、一つの輪郭を形作っていく。


 ――え。これって。



「……蟹?」



 私より二回りほども大きな蟹が、そこにいた。



「でっか」

「美味しそうじゃないわねえ……」



 向こう岸では隼斗と雀芽が呆然と蟹を見上げていた。


 ……えっと、うん。とりあえず……倒そっか。


 右手を鉤爪状にする。途端、私の肌から赤い、血のような液体が滲みだす。それは私の指を覆い、鋭い爪となって固まった。爪は分子レベルで刃部分にチェーンソーを形成しているので切れ味は抜群。というか斬れないものなんて殆どない。


 ゴースト。私の身体の中を血液の代わりに循環する有機液体金属の名称だ。


 それは私の身体機能を維持するためのものでもあり、同時に様々な形状をとって私の武器になるものでもある。


 相対する蟹が、鋏を振り上げた。


 遅い。


 私はその隙に地面を蹴って、蟹の胴の上に立つ。そのまま鋏を根元から切り落とし、さらに胴体の殻を縦に切り裂いた。銀色の体液が溢れ出す。


 うげ……気持ち悪い。


 それを浴びないように蟹から距離をとる。その私に一瞬遅れて、銀の体液が地面に散る。と、その体液にふれた地面から煙が上がった。


 ……溶けてるし。うわ、触れなくてよかった。



「隼斗ー!」



 下手には近づけないので向かい岸の隼斗に声をかける。



「わあってるよ!」



 私の合図で、隼斗が肩の機関銃を裂けた蟹の腹に向ける。


 そして、その銃口が火を噴いた。


 連続する銃声と共に機関銃に帯状に伸びた弾丸――ベルトリンクというらしい――が呑みこまれ、逆方向から空の薬莢が廃棄されていく。


 銃弾が蟹の臓腑を突き刺す。


 口から泡を吹きながら、蟹が残った方の鋏を隼斗に振るった。



「そう簡単に攻撃はさせないわよ」



 その鋏の前に雀芽が飛び出して、地面に盾を突き立てる。と同時に、その強度と重量が十倍にまで増加した。


 蟹の鋏は盾にぶつかって弾かれる。その衝撃で雀芽の身体が後ろに大きくよろめいた。



「おっと、見かけどおり力は強いね」



 雀芽が大勢を立て直している間にも、隼斗の機関銃が放つ銃弾が次々に蟹の体内を蹂躙していた。徐々に蟹の動きが鈍くなっていく。


 ん。そろそろ止めかな。


 右手を空に向かって突きあげる。その手の中から赤い液体が沸き出し、そのまま巨大な剣の形状をとった。


 逆手に大剣の柄を掴んで、身体を後ろに反らす。



「く、ら……えっ!」



 そのまま、弾かれるように上体を前に移動させた。合わせて、思いきり大剣を投擲する。


 風を切る音。


 大剣はそのまま高速で宙を駆け、泡を吹く蟹の口の辺りに深々と突き刺さる。


 蟹の動きが止まった。そしてそのまま、ゆっくりと巨体が銀の川へと崩れ落ちていく。


 大剣は煙のように赤い粒子となって空気中に解け、そのまま私のもとへ戻ってくる。


 ……ふう、疲れた。


 気付けば、呼吸が酷く荒れていた。


 そりゃそうよね。ゴーストを武器に使うってことは、つまり私の体内からそれだけ血液がなくなる、ってことだもん。大剣なんて大きな形で取り出したら、酸素が足りなくなって息が切れても不思議じゃない。



「おいおい、美味しいところだけ持ってくなよ」



 川を渡ってきた隼斗が呆れたように言った。



「いいじゃない別に。どうせ分け前はきっちり三等分なんだから、美味しいも美味しくないもないでしょ」



 一緒に異世界に出た仲間と報酬を非歩合で均等に分けるというのはSWのしきたりみたいなものだ。そうなると、どっちかっていうと美味しいところだけ持っていくのはより働かない者になるのだから、私はむしろ美味しくないんじゃないだろうか。



「ま、そーだけどさ。気分の問題だろ」



 機関銃を担ぎ直して、隼斗が溜息を吐く。



「ってか元からそういう振り分けでしょうに。あんたが牽制込みの中・遠距離攻撃で雀芽がそのサポート、んで私がメインで戦闘するんだから、私がとどめ刺すのは当然。ね、雀芽」

「そうね。私も佳耶が入ってくれたおかげで前衛が充実したから防御に集中できるわ」



 ちなみに私が二人と一緒に行動を共にする前は、雀芽は防御に合わせて剣も握っていたらしい。男の癖に雀芽に前衛させてたなんて、ほんとに隼斗は最悪だと思う。



「最低、って……仕方ないだろうが。自分で言うのもなんだけど俺は運動音痴なんだからよ。お前だってよく知ってるだろう」

「うん、まあ知ってるけど」



 前に一度ふざけて虎っぽい生物の前に放り込んだんだけど、その時の隼斗の逃げっぷりッたら……何度も何度も転んで、正直見てるこっちが情けない気分になるほどだった。


 それじだけじゃない。方向音痴で心霊現象に滅茶苦茶弱くて頭悪くて家事能力ゼロなんだから、こいつってどうしようもない奴よね。



「生まれつきなんだから仕方ないだろうが!」

「生まれつき、生まれつき、いつも隼斗は言い逃れするわよねえ」

「うっせえぞ雀芽! 俺だって昔はどうにか改善しようと頑張った時期があったろうが! 挫折したけど!」



 挫折したんだ……。



「ちなみにその時は毎日早朝ランニングしてたんだけど、一キロ走っただけでコケまくって身体中傷だらけになってたのよね」

「言うな、言わないでくれ。俺の昔の恥を……!」

「……うわあ」



 なんとなく傷だらけで涙目になりながら家に帰る隼斗の背中を思い浮かべて切なくなった。



「なんだその『うわあ』って!」



 なんていうか……ごめん、私には何にも言えないわ。



「とりあえず、頑張ろう? ちょっとくらいなら応援してあげるから」

「情けはいらねえ、お前の運動神経を分けろ!」



 あんたねえ……あ、いや、でも……、



「まあ出来なくは無いけど……」



 思わず、そう零していた。



「嘘っ!?」



 目を光らせて隼斗が私の鼻先に迫って来た。


 っ、近いわよ……!



「ほーら、離れる。佳耶が引いてるでしょうが」



 雀芽が隼斗の首根っこを掴んで私から引き離す。



「で、で、で? どうやったらユーの運動神経をミーに分けてもらえるんだい?」



 キャラが崩壊してるわよ。その純真無垢な子供の目で私を見ないで。なんか……ちょっと気色悪い。



「いやー、ゴーストを体内に注入すれば運動神経良くなると思うけど……私なんて腕一本動かせない状態からこうまでなったわけだし……運動音痴くらいならすぐに改善されると思う。もちろん、ゴースト注入後は副作用でしばらくの間身体中が引き千切れるような痛みの中でリハビリしなくちゃいけないんだけど」

「……あー」

「なんていうか、佳耶?」

「うん?」

「私達、それにどんな反応すればいいのかしら」



 ……あ、気まずい空気にしちゃった?


 二人には、昔の私がどんなだったか、少しは話してある。そんな状態からゴーストによって快復したことも。



「いや、別に昔のことだし、そんな気にしてないわよ?」

「お前はそうでも聞かされる方は反応に困るんだよ、そういうの」

「二人とも気を使い過ぎ。そういうの、少しウザいわよ」



 こんな雰囲気ずっと引きずられてもなんなので、びしっと言っておく。



「私はね、これまでの人生が幸福だったとは言わないけど、現時点ではけっこう満足してるのよ?」



 そりゃあのままベッドで一生生活なんてことになってたらこんな事は言えなかったろう。しかし事実として、今この瞬間に私は自分の脚で地面の上に立っている。


 そのことに――私を支えてくれた両親はもちろん、ゴーストの材質である有機液体金属を見つけてくれたというSWや、その被検体に私を選んでくれたR・M社の研究者の人にも私は深く感謝している。


 そしてまた、私みたいにどこかしらで不自由を感じている人を一人でも救えたらという思いで、私自身もSWとして充実した日々を遅れているのだ。SWということで世間の風は少し厳しいけれど、まあそこは仕方ないと諦めている。


 そんな私のどこに憐れまれる理由も、同情される道理もあるというのだろう。



「一方的な感情の押し売りはノーサンキューよ」

「佳耶……」

「……そうね。あなたはそういう子だったわね」



 雀芽の掌が私の頭を撫でる。


 だーかーらー、撫でるなってば。



「ああ、ごめんなさい」



 まったく反省の色が見えない微笑みのまま雀芽が手をどかす。



「――よし、佳耶」



 隼斗が私を指さした。



「そういうことなら、早速俺にゴーストを分けてくれ!」

「あ、無理」

「なんですとっ!?」



 思わずゴーストを注入すれば、とか口を滑らしちゃったけど、現実問題としてそれは実現不可能だ。


 後にも先にも、ゴーストの使用者は私一人になるだろう。



「私からはもちろん、開発元のR・M社からすらゴーストはもう注入してもらえないわよ」

「それってどういうことだよ、佳耶!」



 いやいや、よく考えなさいって。



「SWの武装は、基本的に異世界でしか使用できないでしょ?」

「そりゃそうだ」



 SWは普段、自分の武装を異次元世界総合研究所――略して異界研――のロッカーにしまっている。というか、そうしないと異界研から出してもらえない。


 けれど、私のゴーストはそんな風に異界研にしまっておくことはできないのだ。それはもちろん、ゴーストは既に私の身体の一部だから。


 となれば、私は特例としてゴーストを体内に保持したまま街中を歩くことが許される。流石に身体中の血液を抜いたりは出来ないしね。



「そこで問題なんだけど、私って……自分で言うのもなんだけど人体兵器よ? そんなのを量産できると思う? そんなのがうじゃうじゃ街中あるいてたら、隼斗は安心できる?」

「……あー、佳耶ならともかく、見ず知らずのそんな連中がうろついてたら、なあ……」



 そう。そんなこと、許されるわけがない。


 私が被検体となって初めて発覚したゴーストの副作用。それが、武器生成。その作用が分かった段階で、ゴーストの生産はご破算となった。ゴーストは私の体内のものこそが最初で最後のゴーストなのだ。


 ちなみに私の中からゴーストを取り除いたりすることは流石にない。ゴーストによって身体機能を快復させた私の身体からそれを抜くというのは、つまり私の身体を再び動けなくするということで、倫理的にマズいからだ。



「ということで、ゴーストをあんたが得るのは不可能」

「うぉおおおおおおおおお、唯一の希望が」

「ほら隼斗、そんな落ちこまないで」



 雀芽が隼斗の背中を優しく叩く。珍しく姉弟愛だ。



「これが地獄から天国に上ろうとしてリターンどころか大地獄まで落ちる気分か!」



 意味が分からないんだけど、それ……。



「くっ、佳耶、ほんの少し、少しだけでいいから分けてくれ!」



 女々しいわね。無理だって言ってるんだからすっぱり諦めなさい。



「つか私のゴーストはもう私の身体に適応してるからあんたの身体に入れたら拒絶反応で死ぬかもだけど?」

「うぁああああああああああああああああん! この世には神も仏もいねえよう!」



 ちょ、隼斗、どこに向かって走り出してるのよ!



「ぶへっ!」



 あ、コケた。


 ……ほんとにSWに向いてないやつだなあ。


 仕方ない。私が余計なこと言ったことが原因でもあるし、ちょっとくらい慰めてやろうかな。



「ったく、隼斗……そんなに落ちこまないで」



 ぽん、と隼斗の肩に手を置く。



「佳耶ぁ……」

「大丈夫」



 にこりと笑んで、言う。



「あんたは銃ぶっ放してれば、あとはどうでもいいから。正直、その役目は隼斗である必要はないのだけれど、それでも貴方は私達の仲間よ。だって遠慮なく殴りやすいし」

「それ絶対慰めてねぇええええええええええええええええええ!」



 え、そんなことないわよ?


 すっごい慰めてるじゃない。隼斗にはもったいないくらいに優いでしょ?


 まあ、それでも普通の人を慰める時の数万分の一くらいの優しさだけど。



「さ、雀芽。いきましょう。早く目的を達成して帰りたいわ」

「ええ。そうね」



 さっさと雀芽と先に進む。


 隼斗? もうなんか置いて行っていいんじゃないかなって思ってる。そんな私は間違ってない。



「いやいや、間違ってるよぉおおおおおおおおおおおおお!」



 今日も今日とて、私達三人は普通にSWとして非日常を満喫していた。




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