7-18
それは、衝撃だった。
他に例えようがない。
突然のこと。
辺りにあった全てが砕ける。
竜と、それに立ち向かっていたSW達の身体が潰れて、緑と赤の血液が宙に舞う。
私と麻述を襲った衝撃の正体は、巨大な瓦礫だった。
それが吹き飛んできて、私達を吹き飛ばしたのだ。
っ、駄目……。
意識、もってかれる。
最後に見たのは、虹色の空から落ちてきた――。
†
医療棟の廊下で、能村姉弟とすれ違った。
「嶋搗……」
能村が、俺を見て……そして、気まずそうに視線をそらした。
「ずいぶんと遅れた登場ね」
「……」
皮肉っぽい能村姉の発言に、何かを言い返す余裕もなかった。
「……ごめんなさい、八つ当たりだわ。辛いのは、貴方も同じだっていうのに」
「いや……」
俺が遅れてやってきたのは、事実。
側にいれなかったのは、事実なんだ。
それは、陽一さんに言われた通りで……。
そんな自分が、ひどく情けなく思えた。
「……俺達は、行くわ。まだ戦わなくちゃなんねえしな」
「そうか」
それだけ言葉を交わして。
能村姉弟は歩き去っていった。
その背中を見届けて、俺は重い足取りで、けれど早足で、ある病室に到着した。
そしてその病室のドアを叩いて、中に入る。
途端、鼻をつく濃密な医薬品の匂い。
「……来たのですね、臣護」
部屋にいたシスターが、俺を見て、少しだけ視線を逸らす。
「嶋搗君……」
名前を呼ばれた。
「大和……」
どうしてこいつがここにいるのか。
もう、そんなことは今更気にはならなかった。
俺の目は、大和が脇に座る、そのベッドの上。
横たわる天利のことを見ていた。
「っ……」
一目で、それがどれほどの重症なのかを理解した。
天利だけじゃない。
その隣の、麻述も……。
「落ちつけますか、臣護?」
「……ああ」
シスターの言葉に、どうにか頷く。
嘘だった。
落ちつけるわけがない。
今だって、視界は真っ赤に染め上がっている。
外に飛び出して、全部なにもかもを壊してやりたい気分だ。
それでも、外見だけはどうにか取り繕った。
「聞かせてくれ、シスター。どのくらい、まずいんだ?」
「……彼女達になにがあったかは?」
「皆見からおおよそ聞いた」
天利達がこうしてベッドの臥している原因。
それは……俺とじじいがアースに戻ってきて見た……そして前に《魔界》に遭遇した時に見た、あの空から突き立つ柱。
あの巨大な柱が、空から落ちて来て大地を貫き。
天利達は、その衝撃を目の前で受けたのだ。
ほんの少しずれれば、柱に直に潰されていた。そのくらいに間近で。
それがどれほどの衝撃だったのか……。
「そうですか……それでは、二人の状態がどれほどのものか、ですが……」
息が詰まる。
「……生きては、います」
その言い回しに、ひどい不安を抱く。
「けれど、それだけです。それ以上は、なにもない」
「――どういう、意味だ」
聞きたくなんてない。
でも、聞かなければいけないことだ。
「今後、彼女が……彼女達が目を覚ます保障は、ないということです。分かりやすく言えば、植物人間状態とでも」
「っ……!」
知らず、俺の周りの魔力が揺れる。
「取り乱さないでください。貴方が一つ魔力を間違って暴走させるだけで、今の二人は簡単に死んでしまうのですから」
言われ、慌てて魔力をゆっくりと手放した。
……ああ、くそ。
「どうにか、ならないのか?」
「全力は尽くします、というのはドラマでよく聞く台詞ですが……実際、私には、彼女達の命をひとまず繋ぎとめ、身体を出来るだけ早く治すことしか出来ません。そこから先は、もう彼女達自身の生命力次第です」
「……そう、か」
咽喉がひどく乾いていた。
声がかすれる。
天利をもう一度見て、拳を固く握りしめる。
「よろしく頼む、シスター」
「言われるまでもありませんよ。私だって、臣護、貴方に悲しんで欲しくはない。義姉としても、一人の医者としても」
「……ありがとう」
感謝を述べて、俺は身を翻した。
病室を出ようと、ドアに手をかける。
「待ってください!」
大和が叫んだ。
「もう、行くんですか!?」
「ああ」
「そんなっ!」
大和が近づいてきて、俺の肩を掴む。
その目は、どれだけ泣いていたのか、すっかり赤くなっていた。
「天利さんがこんな状態なのに、嶋搗君は側にいてあげないんですか!?」
「……」
胸の奥が痛んだ。
「……俺が、側にいて、天利がどうにかなるのか?」
「え……?」
「俺がいたって、天利が目を覚ますわけじゃない」
王子様なんてガラじゃないが……仮に俺が王子様で、天利に目覚めのキスでもすりゃいいのか?
笑えるよ。
世の中は、そんな童話みたいに綺麗には出来てない。
医学の知識があるわけでもなんでもない俺は、天利の側にいたって、なんの意味もない。
なにより。
「天利は、そんなこと望まないだろう」
そうだ。
あいつなら、きっと……きっと、こう言う。
「自分の分まで戦ってこいって、そう言われてる気がするんだ」
俺の気のせいかもしれない。
現実逃避だったり、罪の意識から逃げてるだけなのかもしれない。
けれど、それでも俺は……戦おう。
どうせそれくらいしか、俺には出来ないのだし。
「大和、天利のことは、よろしく頼む」
「……天利さんの側にいるのが僕で、いいんですか?」
「いいに決まってるだろ」
何を言ってるんだ、こいつは。
「だってお前、俺達の友達だろ?」
「――……」
大和が、目を見開く。
「……そう、ですね。分かりました。だったら嶋搗君。頑張って戦って……それでちゃんと天利さんのところに、帰ってきてあげてください」
真っ直ぐに俺を見つめ、大和が言う。
「ああ、分かった」
頷き、肩から大和の手を外す。
「じゃあな」
そして俺は、病室を出た。
予約掲載しようと思ったらミスって11日にUPしてた……。
二時間後くらいに気付いて慌てて削除して、予約しなおし。
……たまたま11日に読めた人はラッキーだった、ということで。