7-17
話を聞いて、俺はじじいと共に、すぐアースへと戻ってきた。
そこで見たのは……変わり果てた、街の姿。
「っ……なんだよ、こりゃ……!」
眩暈がした。
ここが、俺の住んでいた街なのか?
空は、虹色。
そこから巨大な根のようなものが生え……さらにその根の中心辺りから、巨大な柱が街に突き刺さっていた。
虹色の空。
そして柱。
そのどちらも、俺には見覚えがあった。
「《魔界》……!」
空を見上げ、奥歯を噛み締める。
ぎり、と。
歯が軋んだ。
街の各所では、戦闘が発生しているらしい。
いくつもの爆発や、巨大生物の蹂躙が見える。
俺は、腰の魔導水銀剣の柄を握り締めると、それを抜き放った。
そしてその刀身に、虹色の空から溢れだしてくる魔力を集め……それを振るい、撃ち出す。
巨大な斬撃が、街で暴れる巨大生物の身体を切断していく。
数振り、同じことを繰り返して、街から生きた巨大生物の姿は失せる。
街全体から、戸惑いの気配が伝わってきた。
いきなり巨大生物が倒れたことに対する困惑だろう。
魔導水銀剣を鞘に収める。
……これも、一時しのぎにしかならないだろう。
虹色の空から、また新たな巨大生物が降ってくる。
舌打ちを零す。
「臣護。まずは、状況がどうなっているのか、確認するぞ」
「状況もなにも、これを見て分からないのか?」
絶体絶命というやつだ。
街は異生物にブチ壊され、さらに異生物が攻め込んできている。
「馬鹿もん。少しは冷静にならんか。自分の街が壊され頭に血が上るのは分かるが、それでも……いや、だからこそ、冷静になるべきじゃ。お前はそれをよく知っているじゃろう」
「……」
そりゃ……その通りだ。
冷静に。常に冷静に。
それは、俺がいつも自分に、他人に言い聞かせていたこと。
でも、こんな状況で……。
「それに、お前の身近なものがどうなったかも、調べんでよいのか」
「――っ」
息を呑む。
そうだ。
ここまで街が破壊されて……知り合い連中はどうなった?
シスターは?
陽一さんは?
皆見は?
そして……天利は?
あいつらは今、どうしているんだろうか。
「っ、じじい! 行くぞ!」
早足に、歩きだす。
「……ふむ。いきなり態度が変わったのう……やっぱり、そういうことかの」
後ろでじじいがなにかぶつくさと呟いている。
「早くしろ!」
「む、分かった分かった。そう怒鳴るな」
向かうは、異界研。
†
異界研に戻ると、中の広場には、何人もの負傷者が横になっていた。
辺りを医者や看護師達が行きかっている。中には、見るからに異界研医療棟で勤務している以外の医者なども混じっている。どうやら、この危機にどこからか駆けつけてきたらしい。
こんな状況の現場に駆けつけてこれるなんて、凄いな。
感心しながら……しかし、俺は今そんな風に呑気に感心している暇はない。
とにかく知り合いはいないかと周りを見回す。
と――。
「シーマン!」
声が聞こえて、振り返る。
俺をそう呼ぶやつなんて、一人しかいない。
「皆見……」
皆見がこちらに向かって走ってきていた。
「戻ってきたのか、シーマン!」
「ああ」
目の前にいる皆見に、何を言えばいいのか少し迷った。
大変だったな、なんて陳腐な言葉はかけられない。
ならば助けに来たとでも言うか?
それこそ馬鹿げている。
助けるならもっと早くに来いという話だ。
結局……。
「どうなってる?」
出たのは、そんな質問だった。
「そりゃ……分かるだろ?」
皆見が苦い笑みを浮かべた。
「最悪だよ。なんだ、ありゃ。いきなり空が虹色になったかと思ったら……意味分かんねえよ」
「……」
そうだろう。
意味なんて、分かるわけがない。
そもそも、意味なんてあるのだろうか?
俺が知る限り《魔界》はただ唐突に現れて、世界を破壊するだけ。
「それに……アマリンやカーヤンも」
「っ!」
皆見が暗い表情で、そう零す。
思わず皆見の肩を掴んで問い詰めようとして……いきなり後ろから肩を掴まれて、無理矢理に振り返させられる。
反応する前に、衝撃。
誰かが俺の頬を殴ったのだと、地面に倒れてから気付いた。
「っ……な、ん」
「臣護っ!」
怒号。
見上げればそこには……鋭い目つきの、陽一さんがいた。
「陽一さん……?」
どうしてこの人がこんなところに……。
それに、いきなり何を……。
陽一さんが、俺の襟首を掴んだ。
「テメェ、なに肝心な時に姿消してんだよ!」
「おいオッサン! いきなりなにしてんだよ! シーマンだってやるべきことがあって、仕方なく――」
「関係あるかっ!」
皆見が俺を庇おうとして、陽一さんの言葉にばっさりと切られる。
「やるべきことがあった? そんなことは知るか! こんな時に大切なもん守れなかった言い訳にはならねえだろうが!」
大切なもの。
それは……。
「天利が、どうかしたのか……?」
「っ……!」
陽一さんが、拳を振り上げる。
その拳を――じじいの杖が抑えた。
「そのくらいにしてもらおうかのう。臣護には、この後まだまだ戦いが残っておるのじゃ。無駄に体力を削られてはたまらぬ」
「……誰だ、じいさん」
「自己紹介は後でも出来る」
じじいが皆見を見た。
「それで小僧。何があったのか、説明しろ」
†
「……」
ベッドに横たわる天利悠希の姿を見つめる。
その全身に、包帯が巻かれている。
……酷い怪我。
それ以外に、表現すべき言葉が見つからない。
よくこんな身体で、生きているものだと正直驚いている。
普通の人間なら、即死していてもおかしくはないのに。
天利悠希の身体に繋がれた医療機器から、彼女の生存を知らせる一定間隔の電子音がその小さな部屋に鳴り響いていた。
「天利さん……!」
ベッドの脇には、彼女の友人らしい少年が座り、祈る様に彼女の名前を呟いていた。
その少年から視線を外し、天利悠希の隣のベッドを見る。
そちらには、身体の小さな少女。
彼女とは直接の面識はないが、医療関係者――特にSWと関わりのある医師の中で彼女のことを知らない人間はいない。
有機液体金属。ゴースト。
それによって、自由な身体を手に入れた少女。
麻述佳耶。
まさか彼女との初対面がこんなものとは、夢にも思わなかった。
彼女もまた、全身に包帯が巻かれている。
怪我の度合いでいえば、天利悠希より、麻述佳耶の方が圧倒的に上。
比べるものでもないが、しかし麻述佳耶の身体は、常人ならば即死どころか、十回死んでもお釣りがくるほどに損傷――いや、損壊していた。
まともな医師が今の彼女の身体を検査したら間違いなくショック死する。それ程に。
それでもかろうじて生きていられるのは、彼女の身体を流れるゴーストのお蔭だ。
それによって、彼女は内側から生命活動を補助している。意識がないこの状態でも補助が続いているのは、彼女の身体に染み付いたSWとしての生存本能が成せる奇跡か。
……この二人は、最前線で戦い続けていたらしい。
その戦いの中で二人はこんな怪我を負った――わけではない。
この二人の怪我の原因は、戦闘によるものではない。いや、八割がたの怪我はそうなのだが、しかし決め手になったのは、違う。
その原因とは――……。
アマリンにご褒美をあげたかったのですが状態が状態で無理なので、逆転の発想でシーマンを陽一さんにぶん殴ってもらいました。
元プロボクサーの拳だからきっと痛いでしょうね。