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7-16

 ――それは、俺が魔術をじじいに教えられ始めて、半年ほど経った頃のことだったろう。


 当時の俺はまだ魔術をかじった程度の実力しか持たず、それによる戦闘なんて、素人も素人。


 とても実戦で使える様なレベルではなかった。


 その日も、俺は魔術の鍛錬をする為に、危険度の低い世界にじじいに連れて来てもらっていた。



「では臣護。この小石を加速してみろ」



 言って、じじいが俺に小指の先ほどの小石を投げ渡してくる。


 それを受け取って、掌の上にのせた。


 そして、集中。


 大気を満たす魔力を肌で感じる。


 それを制御し、俺が仕える唯一の魔術を発動させる。


 それは、加速魔術。


 魔力を加速させるという、まともな魔術師なら誰でも使えるような初級の魔術だ。


 けれど俺は、ただそれのみに特化していた。


 本来ならば他魔術の補助などでしか使えない加速魔術を、俺はその一つ上のものへと昇華させる。


 魔力が渦巻いた。


 いける。


 そう確信して、魔術を行使した。


 魔力の加速に小石が巻き込まれ、前方に射出される。


 それは近くの木の幹にめり込み……そしてそれを粉々に砕いた。


 よしっ。


 拳を握りしめる。


 会心の出来だった。


 どうだ、と。


 少しばかり自慢げにじじいを見る。


 ……だが、笑ってしまう。


 俺は、なにを自慢げになっていたのだろう。


 その程度のこと……大したこともないのに。


 俺の顔の横を、何かが跳んで言った。


 後方で轟音。


 見れば、そこには……大きく抉れた地面があった。


 遅れて、俺の顔の横を跳んで言ったものが、小石だと気付く。



「この程度出来ねば自慢顔をするには気が早いのう?」



 じじいがいった、



「お前には才能は全てこの魔術一つに注ぎ込まれている。ならば、せめて加速において、ワシを越えて見せろ」



 ……つまり、この惨状。


 これは、じじいが俺と同じように加速魔術を使って作り出した状況だと言うのか。


 は……。


 笑えない。


 これを越えろだって?


 そんなの、無茶もいいところじゃないか。



「本気かよ……」

「無論じゃ」



 ……はあ。


 仕方ない。



「やってやるよ」



 やってやろうじゃないか。


 そこまで言うなら、そこまでいって、じじいのことを唸らせてやる。



「では、もう一度同じことをやってみせよ」

「分かったよ」



 小石を加速魔術で地面から俺の手元まで飛ばす。


 そしてそれに、さらに加速魔術をかけた。


 空気を貫く音がして、目の前の木がまた一本、吹き飛んだ。


 さっきまでこれで自信が出たんだが、じじいのあれを見た後だと、逆に自信を失うな。


 いや……円卓賢人第一席とか、なんだかよく分からないがそんな偉そうな地位のじじいに劣るのは当然と言えば当然の気もするのだが……。


 まあ、そんな言い訳を口にしたりはしない。


 それよりも練習を続けた方がよほど建設的だろうし。


 なにより、そのじじいが、俺の才能を認めて、伸ばそうとしているのだ。


 ならば、じいいの言う通り、俺にはそれだけの力の伸びしろがあるということなのだろう。


 今はそれだけを信じて技術を磨くしかない。


 意気込んで、小石をまた新しく手にする。


 その時。


 空気が、ざわめいた。



「……?」



 嫌な予感がする。



「む……?」

「じじい、これは……」



 じじいに尋ねようとした、その瞬間。


 空が、虹色に染まった。


 な……!?



「なんだ、こりゃ!?」



 驚き、空の虹色を見上げた。


 身体の奥で、なにか――そう。


 恐怖心が、揺れた。


 これはいけないものだと、本能の部分で理解した。



「おい、じじい、なんだよ、これ!」

「……分からぬ」



 分からない、って……。



「とにかく、なにかマズい。逃げるぞ、臣護!」

「言われるまでもない!」



 じじいが魔術を発動させて、世界を移動しようとする。


 そこに……何かが空から降ってきた。


 っ……。


 それを咄嗟に避けて、俺は腰から魔導水銀剣を抜く。


 剣術は一通り、じじいに叩き込まれた後だ。


 それなりに戦うことは出来る。


 そう考えて構えて……自分のその甘さに嫌気がさした。


 落ちて来たものの姿を見る。


 それは、黒い四足の獣。


 黒い瞳と、黒い牙。


 それが、気付けば目の前にあった。



「っ、く……!」

「臣護!」



 剥かれた牙を、魔導水銀剣でどうにか弾いて、しかしその強烈な衝撃に地面を転がる。



「消えろ!」



 じじいが魔術を発動する。


 どういう魔術なのかは分からない。


 俺に分かったのは、黒い獣がまるで巨大な鉄の塊に押し潰されたかのように地面に圧迫され、ミンチになったことだけだ。



「大丈夫か……?」

「ああ、どうにかな」



 じじいに手をかされて、立ち上がる。


 そして、背後で轟音。


 見る。


 そこに……虹色の空から突き出した、巨大な黒い柱が突き立っていた。


 ここまでくると、もう思考するのが馬鹿な真似に思えてくる。


 目の前の現実が、夢かなにかのようだ。


 でも、この肌に感じる寒気も、臓腑の底を這いまわるような怖気も、現実だ。


 ――と。


 虹色の空から、何かが放たれた。


 黒い塊だ。


 それがいくつも、こちらに向かって飛んでくる。


 じじいが魔術で障壁を作り出した。


 とりあえずはこれでどうにか――……え?


 俺は、信じられないものを見ることになった。


 ぱりん、と。


 じじいの張った障壁が、黒い塊の衝突によって砕けたのだ。


 あのじじいの障壁だぞ……!?


 動揺しながらも、この半年の間積んできた修練の成果か。俺は、身を低くして黒い塊を出来るだけ避けて見せた。


 けれどその内の一発が、左肩を掠めた。


 たった、それだけ。


 それだけなのに……酷い痛みと、鈍い音が生まれた。


 塊の雨がやむ。



「じじい……っ、無事か!?」

「誰にものを尋ねておる……問題ないわい!」



 帰って来た声に、とりあえず安心する。


 けれど、それはじじいの姿を見た瞬間に吹っ飛んだ。



「ならその、脇腹から出てる血はなんだよ!?」

「貴様とて左腕がイカれておるじゃろうが!」



 言い返される。


 確かに。


 さっきのやつのせいで、左腕がまったく動かなくなっている。多分、肩の骨が砕けたのだろう。


 正直、おそろしく痛い。



「っ……なんなんだよ、これは!? 空が歪んで……意味わかんねえぞ!」



 思わず叫んでしまう。



「ワシとて知るものか!」



 ああ、そりゃそうだろう。


 でなければ、じじいだってそんな焦燥した顔はしていまい。


 不意に。


 背筋に、冷たい感触。


 はっとして、空を見る。


 再び、あの塊が発射されていた。


 また、あの攻撃。


 こっちは怪我までしているのに……防げるのか?


 いや。既に防ぐことには失敗しているのだ。今更、その疑問もないだろう。


 このままじゃ、マズい。



「っ、くそ、が……っ!」



 俺は、右手で魔導水銀剣を固く握りしめていた。


 そしてその刀身に、魔力を集める。



「この馬鹿者! まだお前の魔術は弱い! こんな化物に歯が立つものか! おとなしく守りに徹しておれ!」

「知るかっ! ここでやらなくちゃ、死ぬだけだろうが!」



 残された手は、これしかない。


 全部撃ち落として……生き残る!


 その意思に呼応するかのように。


 信じられないくらいの魔力が、刀身に集う。



「っ、なんじゃ、この馬鹿みたいな魔力は……臣護、お前……!」



 じじいがなにか言っているが、聞こえない。



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 振るう。


 そして、魔力の奔流。


 巨大な斬撃状の魔力が、発射された黒い塊にぶつかる。


 黒い塊は、砕けない。


 しかしその軌道を変えることはできた。


 黒い塊は俺達から離れた、見当はずれの場所に落ちた。



「っ、じじい、さっさと行くぞ!」

「う、うむ!」



 じじいが魔術を発動させる。


 俺と爺を高密度の魔力の膜が包み込み……そして俺達は、その世界から、消えた。





 その後。


 その世界へは二度と、俺達は行くことはなかった。


 行かなかったわけではない。


 行けなかったのだ。


 その世界は……消滅していたから。


 何故、などとは言うまでもない。


 あの、虹色の空。


 間違いなく、原因はそこにある。


 あの空のせいで、世界が一つ滅びたのだ。


 それにあの空の色。


 まるで、世界と世界を移動する時の転位魔術の膜の色と瓜二つだった。


 それはつまり、あの空の向こうには、別の世界が存在して……。


 その世界が、世界を滅ぼしたのだろう。


 ……どういうことなのか、俺にも、じじいにも分からなかった。


 状況を把握できても、それだけ。


 それ以上のことは、何一つとして理解出来ない。


 ただ、俺と爺は、その虹色の空の向こうにあるであろう世界を『魔界』と名付け。


 その世界がいつかアースやマギにもその魔手を伸ばしてくるのではないかと恐れながらも、その不安を、胸の奥にとどめた。


 他の誰にも言うことはない。


 とても誰かに信じてもらえるような話ではなかったし、下手に話して混乱をまねくのは避けたかった。


 なにより。



 俺もじじいも、その話を広めてしまったら、まるでそれが本当に起きてしまうのではないかと、そう恐れていたのだ。


カーヤンとアマリンがどうなったかは次話です。

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