7-13
突き出された蛇の牙を、刀の背で受け止める。
私はそのまま跳び上がると、振るわれた竜の尾を越えて、龍の鼻先に着地した。
そして、その鼻に刀を振るう。
がきん、と。
火花を散らして刀は弾かれる。
鼻も駄目……。
なら。
鼻の上から、巨大な瞳の目の前へと移動する。と同時に赤い刃を走らせた。
一瞬で竜の瞼が閉じて、その瞼すら傷つけることができない
だから……どこまで、堅いのよ!
竜が首を大きく左右に揺らして、私を振り落とす。
私はそのまま地面に着地すると、刀を一旦分解し、巨槌に作り替える。
その巨槌を肩に担ぐと、私は蛇に跳びかかり、その頭に思いきり巨槌を落とす。
鈍い手ごたえ。
けれど……。
もう片方の蛇の頭が私に噛みつこうとしてくる。
それを、巨槌を手放して回避。
巨槌はすぐに霧状になると、私のもとに戻ってきた。
それによって圧し潰されたはずの蛇の頭は……無事。
あれで、よろめきすらしないの……?
本当に、その頑丈さには呆れる。
いっそ泣きたいわ。
蛇の反撃の尾をゴーストで包んだ右手の甲で弾き、背後――天利の隣まで下がる。
……天利。
彼女の身体は、まだ動かない。
本当に……そんなことに、なってないわよね?
蛇と竜達を警戒しながら、膝を地面について、天利の首筋に指をあてる。
……。
…………。
っ――。
マズい。
止まってる。
やばい。
やばい、やばいやばいやばい――!
人が死ぬところを見たことはある。
けれど親しい人間が死ぬところを見たことは……ない。
想像以上に、混乱した。
だって……こんなの……!
そりゃ、天利は普通の人間だ。私と違って、特別な肉体を持っているわけではない。
でも、だからってこんなあっさり……。
「天利……!」
彼女の名前を呼ぶ。
「天利ぃ……っ!」
視界が滲んで……でも、涙はこぼさなかった。
湿った目尻を拭う。
――駄目だ。
こんな情けないのは、駄目だ。
天利の鼓動が止まってから、どれだけ時間が経った?
あの壁を突き破ってきた瞬間からだとしても……まだ一分経ってない。
急げば、十分蘇生は間に合う時間だ。
ならば……。
さっきは逃げられないと言ったが、前言撤回。
竜や蛇が暴れて、街が乞われようが関係ない。
それよりも、天利の命だ。
彼女を連れて、一旦ここを離脱する。
即座にそう決断して、天利の身体を抱き起こす。
†
意識を失ったのだ、と。
不思議なことに、自分で、そう自覚出来た。
私は今、倒れている。
そんな自分の状態を把握していた。
……うわ。
これって、もしかしてあれじゃないでしょうね。
死ぬとか、そういうの。
は――。
まさか。
別に、死ぬのは怖くない。
私は死なない、なんと思っているわけでもない。
人は死ぬものだ。それが私に適応されないなんてことがあるわけもない。
ただ……それは今ではない、と。
はっきりと言えた。
何故か?
簡単だ。
だって……私はまだ、やり残したことがあるから。
だから、死なない。
死んだりしない。
ここが死の淵だというなら、構わない。
いいだろう。
手を伸ばす。
そして……握り締めた。
それは、溢れだす光、
死の淵にいるというのならば……この手で生の大地に、這い戻るだけだ。
絶対に死の奈落へは落ちない。
私がそこに落ちていくのは、やりたいことを、全部やってからだ。
やり残したことは沢山ある。
そう、沢山あるのだ。
どうでもいい日常を、まだ送り続けたいし。
せっかくここまで通ったのだから高校は卒業しておきたいし。
……そう。
いくらでも思い浮かぶ。
その中には……嶋搗のこともある。
あいつに、今すごく一言言ってやりたい。
どうしてこんな時に限って私の隣にいてくれないのか、とか。
ご都合主義でもいいから、このピンチに助けに現れろ、とか。
そんなこと。
――ああ。
でも、うん。
今一番心残りなのは、あれだ。
あれ。
ぶっちゃけるとさ。
……私をここまでボコっといて、タダで済むとか思ってないわよね?
視界が、真っ白に染まった。
†
とくん。
「え……?」
とくん、とくん。
その微かな振動が、伝わってきた。
「天利……?」
ぴくり、と。
彼女の指先が揺れる。
そして……その瞼が、ゆっくりと開いた。
「……麻述?」
その声を聞いて、今度こそ泣きそうになった。
「なんて顔してるのよ……情けないわね」
……なんて言い草だ。散々心配かけといて。
「情けないとか、言うな。自覚してる」
「そ」
どうでもよさげに天利は頷くと、頼りないながらも、自分の力だけで地面の上に立った。
そして、地面に落ちていたレールガンを持ちあげて、肩に担いだ。
「天利……まさか、戦うつもり?」
そんな身体で?
冗談でしょう?
そんなことを思う私に、天利は鋭い笑みを浮かべ、言い放った。
「当然」
その笑みを、私は……かっこいいな、と感じた。
鮮烈で、凄絶な笑み。
「麻述、一つ教えてあげるわ。私って言う人間はね」
天利の指がレールガンのトリガーにかかる。
「やられっぱなしで黙ってられるような性格はしてないのよ」
……なんだか、納得してしまった。
そうだよね。
そういう、性格だよね。
「さて……」
天利が蛇に――そして竜に向き合う。
「この爬虫類風情が……皮剥いでバッグにして売り出してやる……!」
あー。
それは……名案だ。
きっと高く売れることだろう。
それ、私も乗った。
売上は山分けにしよう。