7-12
四匹の竜と立ちまわる。
その大きな尾が、腕が、牙が振るわれるたびに、街が崩壊していく。既に私が戦っている一帯は、ひどい瓦礫の山に姿を変えていた。
……ほんと、悪夢みたいだ。
これが現代日本の都市の光景か。
信じたくもないな。
まあ、こうして目の前にあるいじょう、信じるしかないのだけれど。
ゴーストの大鎌を振りかぶる。
そして、一匹の竜の足を切りつける。
がき、と。鱗が一枚、少しだけ欠けた。
やってらんないよなあ……。
この硬さも……それに、ボロボロで、攻撃する度に激しい痛みを訴えるこの両腕も。
苦々しい気持ちで、私は地面を蹴って、宙を舞う。
一瞬遅れて、別の竜が私のいた場所に尾を振り下ろす。
砕け散った地面の、大き目の破片が、背中にぶつかる。
鈍い痛み。
肺の中の空気が圧しだされた。
そのまま、私は地面に落ちる。
咄嗟に身を転がせるように横に移動する。と、真横を竜の牙が通り過ぎた。
私なんて喰ったって美味しくないだろうに。
そんな馬鹿げたことを考え、私は立ち上がると、一先ず竜達から距離をとった。
……流石に、このまま戦い続けるのは……ね。
かといって逃げるわけにもいかない。
私が逃げたら、この竜達はどうする?
そこらじゅうで暴れ回るだろう。
あれだけの巨大が無差別に暴れまわったら、どうなるか。想像に難くない。
ならば私が竜達を引きつけ、被害をここらへん一帯に留めるべきだ。
であれば……やはり戦い続ける以外の手段はない。
その為に……私は懐から小さなケースを取り出して、その中から手早く錠剤を取り出した。
痛み止めだ。
身体の動きは多少鈍ってしまうが、痛覚に苛まれるよりか幾分マシだろう。
私はそれを飲み込んで、真っ直ぐに竜達を睨みつけた。
……あー。
ゴーストで刀を作って、それを軽く何度か空振りする。
……行こうかな。
そう身を屈め、今すぐにでも飛び出そうとした――刹那。
ドゴン!
背後でそんな音がして、後方に立っていたマンションの外壁が砕け、そこから何かが飛び出してきた。
†
壁に思いきり身体を叩きつけられて、全身を撃ち砕かれるような激しい痛みに襲われる。
泣き喚かなかったのは、我ながら褒めてやりたい。
私が叩きつけられた壁はひびわれ、私を中心に大きく陥没していた。
その陥没から身を外して、足を床につけ――ようとして、膝が折れた。
そりゃ、そうか。
あれだけの威力だ。身体が無事に動くわけがない。
がくがくと震える脚で、背中を壁に預けるように、ゆっくりと立ち上がる。
目の前にいるのは、二頭四尾の蛇の化け物。
その二つの口から、不気味な緑色の舌が伸びていた。
と、その口が勢いよく開かれ、甲高い雄叫びが私の身体を打つ。
異形の蛇の口内には、まるで鮫のそれのように、びっしりと鋭い牙が生えていた。
……もしあの口に捕らえられたら、丸飲みだろうか。それとも噛み砕かれるのだろうか?
そんなことを考える余裕が自分にまだ残っていることに驚く。
あるいは、追い詰められすぎてなにかが壊れてしまったのかもしれない。
割合的に、後者の方が確率が高そうだから、なんか嫌だ。
――と、まあいつまでも物思いにふけるわけにもいかないわね。
レールガンのトリガーを、しっかりと握りしめる。
そのまま、目の前の蛇の怪物を見据える。
出口は、あの蛇の後ろ。
このまま迂回して外に……なんて、甘い展開が許される空気ではない。
蛇は、完全にこちらを敵として認識しているらしい。
目には明らかな敵意が込められている。
……ったく。
うずくまって頭を抱えて恨み事を百も二百も呟いてやりたくなる。
どうして私、こんな目に遭わなくちゃならないんだろう。
深い溜息を吐きだして……私は、駆け出した。
身体が軋む。
だからどうした。
軋もうが砕けようが構うものか。
私の身体だ。私を生かす為になら盛大に壊れたって構いはしない。
まあ実際に壊れたりされたら困るのだけれど、そのくらいの気持ちで突っ込む。
蛇が私に反応して、尾の一本を振るってきた。
ぞくり、と。
感情が反応した。
一度くらって、あれがどれほどの威力を持っているのかは身を持って知った。
だから、二度とくらいたくない。
痛いし、怖いから。
その感情に身を任せて、私は地面を蹴った。
身体を浮かせて、振るわれた尾を避ける。
さらに、尾が振るわれた。今度は身をとにかく低く、それこそ胸が地面に触れてしまう位まで低くして、回避。
地面を手で殴りつけるように叩いて、その勢いで身体を一気に起こす。
そうして、私は蛇の目の前にたどり着いた。
よし……。
その丸々とした胴体に、レールガンの銃身を叩きこむ。
ばちんっ、と強烈な電火が発生し、蛇の胴に襲いかかった。
やった……?
と、蛇の鋭い眼光が目の前にあった。
……は。
乾いた笑み――を浮かべる前に。
蛇の身体が信じられないくらいに縮み……そしてそれが元に戻る勢いで、蛇の巨体が、私の身体を吹き飛ばした。
身体が、再び壁に……先程にも叩きつけられた壁に衝突する。
痛みだとか、そんな生温い表現すら出来ないくらいの感覚。
一度ぶつかって脆くなっていた壁はそのまま砕け、私はそのまま、マンションの外へと放り出された。
†
マンションの壁を破って出て来たのは……は?
「天利……?」
間違いない。
それは、ボロボロの格好をしているが……天利悠希、その人だった。
天利の身体が地面を転がって、私のすぐ近くで止まる。
天利は……ぴくりとも動かない。
ちょ、ちょっと待った。
「あ、天利?」
もう一度、名前を呼ぶ。
それでも、反応は……ない。
冗談、でしょ?
あるいは、そう。
気絶しているだけとか、そうに違いない。
頭の中に浮かんだ最悪の可能性を振り払うように、私は天利に駆け寄ろうとして――。
天利が飛び出してきたマンションから、二つの頭と四本の尾、そして丸い胴を持った蛇の化け物が這い出してきた。
その蛇は、倒れた天利を追撃しようとしている。
っ……。
あれが、天利をやったのか……!
私は刀を構え、その蛇に斬りかかった。
刃が蛇の首に触れ……そして、弾かれた。
こいつも、堅い……!
蛇の尾が振るわれる。
それを後ろに跳ぶことで避ける。
と、悪寒を感じて、私は更に後ろに跳んだ。
竜の尾が上から振り下ろされ、地面を打ち砕いた。
あと一瞬動くのが遅かったら、私はあの尾の下にいたろう。
肝が冷えた。
……くそ。
天利を、ちらりと横目で見る。
そして、竜と蛇を見た。
……どうすれば、いいの……?
爬虫類にトラウマが出来そうですね。この二人。
……いや。この二人の場合、爬虫類を見たら暴れだすようになりそうだな。
某クルタ族のハンターが蜘蛛を見ると目が緋色になったりするみたいに。




