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7-9


 マンションから降りた私達は、そこで……今までとは比較にならないような数の異生物を周囲に見た。


 誰かが息を呑む。


 私も、ほんの少し背筋が冷えた。


 多すぎる。


 一体一体は大したことがなくても、これだけいると……流石に、厄介よね。


 それに、考えたくはないけれど、もしこの異生物の中に、あの黒甲冑のようはとんでもない強さをもつものがいたら……最悪だ。


 ……まあ、それほどのプレッシャーは感じないけど。その自分の勘を信じる限り、周囲にあれほどの化け物はいないことになる。


 とりあえず……まずは、動こう。



「行くわよ」



 移動を開始する。


 目的地は、とりあえずは異界研だろう。


 そこから、全体で逃げるかどうかを話し合えばいい。


 にしても、本当に街は随分と様変わりしてしまった。当然と言えば、当然なのだが。


 異生物を倒しながら、私達は先へと進んだ。


 異生物の雨が徐々に勢いを緩めているらしく、それだけは幸いだろう。




 ――と。





「え……?」



 思わず、足を止めていた。



「どうかしたんですか?」



 突然立ち止まった私を、神流原が振りかえる。



「いえ……今、声が聞こえなかった?」

「声……?」



 気のせいだろうか?


 耳をすませる。


 ――……けて。



「――っ」



 聞こえた。


 今、確かに。


 私はその声が聞こえて来た方向に……上に、視線を向けた。


 すぐそばにあるマンション。十一階建ての中の、八階。


 そのベランダの一つから、子供がこちらを見下ろしていた。



 ――たすけて!



 泣きながら、子供が助けを求めていた。



「……逃げ遅れ、ですかね」

「みたいね」



 正直、厄介だ。


 けれど見捨てるわけにもいかない。


 あんな子供を切り捨てられるほど、私は人間をやめちゃいない。



「私が行くわ。皆は、先に行って」



 そう言って、マンションに入ろうとした時……肩を神流原に掴まれた。



「……なに?」

「送っていきますよ。エレベーターは止まってるでしょうし、普通に階段駆け上がるよりこいつを使った方が、早く行けます」



 言って、神流原がバイクの後ろの座席を叩いた。



「神流原……」



 なによ。


 いいやつじゃない。



「分かったわ。お願い」



 神流原の後ろに飛び乗る。



「じゃ、そっちも気を付けてくださいね、近藤さん」



 近藤さんがしっかりと頷く。


 それを背後に、バイクが加速した。


 そのままバイクはマンションのエントランスの自動ドアを粉々に打ち砕いて中に入ると、そのまま階段に車輪をかけた。


 激しい衝撃。


 一段一段昇る度に、車体が縦に揺れる。


 少し気持ち悪い。


 踊り場で半回転して、さらに階段を上る。


 それを繰り返して……八階に到達した。


 そして八階の通路に……異生物の姿を見つけた。


 なるほど、これは、子供も外に逃げだせないわけだ。


 即座にその異生物をレールガンで弾き飛ばす。


 さっき子供がいた部屋は……ここか。


 バイクから降りて、子供のいる部屋のドアの前に立つ。


 ぶち破ろうか、と一瞬だけ考えて……そんな必要もないことに気付いた。


 インターホンを鳴らした。別に押し入りでもなんでもないのだから、普通に向こうから出て来てもらえばいいのだ。


 さらにドアを叩いて、声をかける。



「出てきなさい、逃げるわよ!」



 それから、ドアの向こうから戸惑いの気配が伝わってきて……がちゃりと、開く。



「急ぎなさい」



 ドアの向こうから姿を見せた、目を真っ赤にした子供の手を掴んで、そのまま神流原の後ろに乗せた。



「神流原、よろしく」

「へ? あれ、乗らないんですけ?」

「三人乗りは流石に無理でしょ。これで事故ったら笑い話にもならないしね。私は普通に下りていくわ」

「……そう、ですか?」

「ええ。ほら、早く行きなさい」



 神流原の背中を軽く押す。


 私の事を少し見て……神流原が、バイクを加速させた。



「しっかりつかまっているのよ」



 子供にそう言って、神流原の服をしっかりと掴ませる。


 そうして……バイクが階段へと飛び下りた。


 子供の小さい悲鳴が聞こえた気がする。


 ……バイク、トラウマになるかもしれないわねえ。


 なんて呑気なことを考えながら、私も階段を下りようとして……天井が砕けた。


 …………は?


 天井を砕いて、そこから落ちて来たのは……あれは、蛇、だろうか?


 頭だけで三メートルはあるであろう蛇が、そこにいた。


 全長は、砕けた天井の向こうまで蛇の胴体が続いているせいで分からないが……頭の大きさからして、おそらくとんでもない長さを持っているであろうことは窺えた。


 あー……。


 レールガンを構えて、大蛇の眉間に雷光を放つ。


 弾丸が大蛇の脳天を穿った。


 これはそんなに硬くなかったわね。


 強敵ではなかったことに安堵しつつ、私は溜息をついた。


 見るのは、蛇の死体で塞がれた階段。


 人一人が通り抜けられる隙間もない。


 これ、どうしようかしら?


 悩んでいると、背後で轟音。


 なに?


 振りかえって……硬直した。


 通路の少し離れた場所で、天井が砕けていた。


 そこから、大蛇が這い出していた。


 一匹……ではない。


 大蛇の向こう側に、さらに大蛇の姿。


 ……はは。


 そしてその大蛇の向こうに大蛇がいて、さらに大蛇……その向こうも、さらにその向こうにも……うじゃうじゃと、大蛇が蠢いていた。


 馬鹿げてる。


 後ろは、大蛇の死体で封鎖された階段。


 前には、大蛇が無数に群がる通路。


 ……これで、どうしろと言うのか。


 大蛇達の、握りこぶしほどもある瞳が、私を捉えた。


 うわぁ。


 蛇、嫌いになりそう。


 いや、もとからそんな好きじゃないけどさ。



 葬列車が、虹の空の範囲外に抜けた。


 自衛隊に、一般人が引き渡される。


 一般人は皆、歓喜していた。


 それを見届けながら、オレは少し離れた位置で揺らめく虹の空と、そこから突き出す根のようなものを見上げた。


 ありゃ、本当になんなのかねえ。


 それはまあ、偉い学者さんなりが考えることか。


 問題は、これからの対応。


 あんな様子では、航空戦力の投入はないだろう。というか、事実さっきヘリとか墜ちてたしな。


 ならば地上戦力だけで戦う?


 正直、無理だな。


 自衛隊を馬鹿にするわけじゃないが、あんな異生物ども相手にできるのはSWの装備くらいだ。


 ――SWの使う武器やその技術は、異次元世界の探索の際に保有する以外、世界のどんな国家、組織においても利用することは許されていない。


 つまり自衛隊の武装は、アマリンのレールガンなんかと比べると、実のところ大したことがないのだ。普通の銃とかだし。


 それで戦うだなんて命を捨てるようなもんだ。


 とすれば、どうなるのか。


 ……SWは、装備品を異界研の外に持ち出すことを禁止されている。


 それを非常事態とはいえ破ったオレ達が、拘束もされず、文句の一つすら言われずにこうして自由に動き回れている。


 ただ国も混乱していてオレ達なんかに構う暇はないのか……あるいは、オレ達が自由に活動出来ると言うこと自体が、答えということだろうか。


 だとしたら、いやだねえ。


 今まで散々異常者とか言いやがって、こんな時にばっかり頼る気かよ。


 都合良すぎだっての。


 あー、嫌だ嫌だ。


 なんでかねえ。




 どうしてオレ、虹の空の方向に歩き出してるのかねえ。



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