7-7
上、左、斜め右下、下、上、右、左、斜め左上、突き、左――。
刀を振るい、それに黒甲冑が動きを合わせ、刃同士がぶつかり、火花を散らす。
「ちっ……」
舌打ち。
雷鉄鉱で出来たこの刀は常時、かなり高い電流を発生させている。
しかし見た限り、電流は全く向こうさんには効いていないらしい。
一体どれほど打ち合ったろうか。
速さは、向こうの方が少し上、ってとこか。
右手の刀が打ち合いに耐えきれず、圧し折れた。
迷わずそれを放り捨てて、新しい刀を腰から抜き放つ。
刀は全部で残り三本、か。
こりゃ、まずいかねえ……。
苦笑しながら、しかし危機感はなかった。
別に、だからって余裕が在るわけじゃない。
危機感を感じることが出来ないほどに追い詰められているだけだ。
背後には、怯え切った一般人。
ほんと、まずい。
ただ戦えばいいだけではない。
オレは、後ろも守りながら戦わなくちゃならないのだ。
だっていうのに……これじゃあ、いつまでも守り続けられない。
たとえば、もし他に敵が来たら……。
――なんて、ことを考えたからか。
「おいおい、フラグってやつか?」
心底ふざけるなと叫びたい。
公園の入り口から、わらわらと異形どもがなだれこんできやがった。
五十はいるか。
どっから沸いて出て来たんだよ……!
いい加減、使える手を取っておくなんてわけにもいかない。
オレは迷わず、手榴弾を取り出し、ピンを抜いて異形の群れの中に投げた。
爆発。
異形どもが吹き飛ばされ……手榴弾を投げたオレの隙をついて、黒甲冑が至近に潜り込んできた。
黒い剣が振るわれる。
それを、屈むことでオレは紙一重、回避した。
そして俺も刀を振り返す。
再び、刀と剣の打ち合いが再開する。
オレ一人じゃ、やっぱキツいっての……!
一旦打ち合いを放棄して、黒甲冑から離れる。
お互いに、お互いの様子を窺う静寂。
せめて、あと一人か二人でいいから、味方が欲しいところだが……ないものねだりをしたってしかたがない。
とりあえず……もう一つ使っとくか。
さらに黒甲冑から距離をとり、十分な位置まで移動して、左手の刀を鞘にしまう。
そして懐から一つのケースを取り出した。
開くと、その中には小さな球体が複数収められている。
それを、ケースごと地面に放り捨てる。
球体が黒甲冑の足元の辺りに転がった。
「――起爆!」
オレの声と同時、その球体から、火柱が立った。
火柱と火柱が交わり、それは一つの巨大な火柱を形作り、黒甲冑を包み込む。
それなりの火力はあるはず……なんだがなあ。
黒甲冑は、火柱の中から悠然と歩いて出て来た。
……マジでバケモンだわ。
いっそ呆れる。
刀を抜き直し、低く構えた。
ここまでで分かったのは、半端な攻撃は全然効かないってことか。
攻撃力か。
電流が効かないとなると、この刀の攻撃力は、それほど高いとは言えない。
攻撃力が高いっていうと……やっぱり重量の大きい武器か。
ハンマーとかかねえ。
「はぁ……誰かでけぇハンマーであいつのこと潰してくれねえかなあ」
「りょーかい」
――へ?
オレの呟きに、そんな答えが返ってきて……轟音。
何か、赤くて巨大なものが黒甲冑の頭に真上から叩きこまれた音だった。
その正体は、金槌をそのまま巨大化させたような無骨なハンマー。
と、ハンマーが幻のように霧に代わり、どこかに流れていく。
その流れを視線で追うと、それはオレの後ろ、一般人がいる方向へ。
そこに一人、見覚えのあるやつが立っていた。霧は、そいつの身体に吸い込まれていく。
そいつは一人のガキを側に連れていて、そのガキを他の一般人のところに座らせると、こちらに歩み寄って来る。
「や、皆見」
「おー、カーヤン。おひさ」
「おひさ」
軽く挨拶。
なんかすげえ自然な挨拶だった。
「え、なに、オレのピンチに駆けつけてくれたの? これが愛?」
「単にニュース見て来ただけだから。この公園に来たのも、なんか爆発とか見えたからだし」
軽くあしらわれた。
ジョークくらい優しく受け止めてくれればいいのによう。
いじけるぞ、オレ。
「っていうかさあ……あれ、なに?」
カーヤンが嫌そうな顔で指差すのは、さっきハンマーで殴られて九十度曲がった首を徐々に元に戻していく黒甲冑の姿。
「いやあ、なんかめっさ強いやつ」
「ふうん。強いんだ」
カーヤンが目を細め――そして、
――ゴシャ!
黒甲冑の身体が真横に吹き飛んだ。
カーヤンが一瞬で肉薄して、蹴りを放ったのだ。
あれ、蹴りってあんな車と車が正面衝突するようなすげえ音するもんだっけ?
「なるほど。硬いね」
吹き飛ばされた先で何事もなかったかのように立ち上がる黒甲冑に、感心したようにカーヤンは呟き、腕を真横に伸ばした。
その手に、赤い霧――ゴーストが集まる。
「じゃあ、これはどうかな?」
そして作り出されたのは、一振りの大剣。その刃の部分は、チェーンソーのように小さな連鎖刃が高速回転をしていた。
それを手に、カーヤンが黒甲冑に飛び出す。
そして、接触。
黒甲冑が両の剣を交差させて、カーヤンの振り下ろす大剣を受け止めた。
激しい衝突音と火花。
「へえ、ほんと硬いね」
カーヤンが目を丸めた。
そして俺は――カーヤンの攻撃を防ぐために両手を奪われている黒甲冑の背後に回り込み、その背中に双の刀を振るっていた。
硬い感触。
だが……あの剣ほどの強度じゃない――!
圧し込む。
緑色の液体が溢れだす。
黒甲冑の背中に、深くはないが、浅くもない、そんな傷が二条、交差する形で刻まれる。
代償に、刀がまた一本折れちまったが。
新しい刀を抜く。
これで、もう替えの刀はない。
俺が離れると、カーヤンも黒甲冑と交えていた大剣を分解し、黒甲冑を素手で殴り飛ばす。
「ナイス囮だな、カーヤン」
「男としてその台詞はどうなの?」
「SWに性別なんて関係ないね!」
「そりゃそうか」
二人で笑みを交わす。
「にしても……皆見、刀、あと二本だけでもつの?」
「正直、ちょっとまずいかもな」
一撃入れる度に一本折れるなんてことになったら、多くてもあと二撃入れたら俺はお終いだ。
「んー。皆見が戦えなくなったら、私だけであれ、倒せるかなあ」
「出来そうだからカーヤンって怖いよな」
「褒め言葉?」
「褒め言葉」
「なら、ありがと」
って、オレらなんかすげえ軽いやりとりしてるなあ。
「でも実際、どうしようねえ」
「どうすっかなあ」
二人で考える。
そうするうちにも、黒甲冑がこっちに歩み寄ってきていて……しかもその後ろ、公園の入り口からまた異形がうじゃうじゃとやってきた。
「うわあ……取り巻き登場だよ」
「ただえさえ厄介だってのに……」
異形なんて大した強さじゃないが、それが黒甲冑と一緒にくるとなると……邪魔なことこの上ないな。
「どうする?」
「逃げる……なんて選択肢はとれないしね」
ま、オレらが逃げたら後ろの一般人、全滅するだろうし、無理な話だな。
「オレが雑魚始末してくるか?」
「黒甲冑を私に押し付けると?」
「……駄目?」
「男の癖に情けないなあ」
いやいや。だから性別とかはね?
強さとしては、普通にカーヤンのが上だし。
――そんな言い合いをしていると、不意に、
「そんなに邪魔なら、私が始末しましょうか」
どこか乾いた風にのって、そんな声が届いた。
そして……。
「は?」
「え?」
公園の入り口にいた異形達が、灰色に染まる。
そしてそのまま……ボロボロと砂の彫刻が崩れ落ちるかのように、異形が地面に灰溜まりを作る。
なにが――。
崩れた異形の向こうから、二つの人影。
一人は、見知らぬ男。
……でも、なんだかどこかの誰かの面影がすこしあるような気がした。
もう一人は、女。
そちらには、見覚えがあった。
他でもない。
この街の異界研の医療棟で働いている……シスターだ。
いつもの若干いろいろ勘違いしたとしか思えないような修道服とは違った、私服らしい格好で、シスターが異形の残骸である灰を踏む。
そして……刹那。
ぼふっ、と。
そんな間抜けな音と共に、黒甲冑が崩れ落ちる。
甲殻と骨格らしい黒い物体がいくつか地面に転がり、他は全て灰に変わっていた。
「ああ、すみません。あの異形だけのつもりが、そちらまで崩してしまいました」
『――……!』
オレとカーヤンが、口をぱくぱくさせながらシスターを見る。
「どうにも私の朽敗魔術は範囲の指定が上手くできないのです。陽一さんや他の人達を巻き込まないようにするのが精いっぱいでして……まあでも、どうせ誰かが倒すものだったのでしょうし、構いませんよね」
……あれ、オレら結構いまのやつに苦戦してたんですけど?
呆気にとられていると、別の公園の入り口から何かが突っ込んできた。
あれは……車、か?
多分そうだろう。
なんか、車っていうより、列車だけどな。いや列車も車って文字が入るんだから車の一種か?
「大丈夫、佳耶?」
「あ、雀芽」
その車のドアが開いて、そこから能村姉が顔を出した。
そっか。あれ、前にちょっと話に聞いた、葬列車とかいうやつか。
「爆発とかあったから来て見たんだけど……もう終わった後?」
「……うん」
カーヤンの返事は、なんとなく曖昧だ。
そりゃそうだろうな。
うん、俺だって未だに状況がよく把握できてないし。
「……? まあ、いいわ。それより、そっちの人達は一般人?」
「あ、うん」
「なら、こっちに乗せなさい。もう既に何人か保護してあるから。満員電車状態になるけれど、これならすぐにこの虹の空の届かないところまで連れて行けるわ」
そりゃあいい。
やっぱり守りながら戦うってのは不利だしなあ。
その時、突然。
空に異変が起きた。
シスター激強っ!
でも実際、円卓賢人はこれより強いんですよね。
ガレオでも朽敗魔術は防げますし。
まあでも戦いは相性やコンディションや前準備とかも大きく関わってきますし、はっきりとした力関係はないんですけどね。