7-6
黒甲冑は、身体の表面にいくつかの傷をつけながら、そこに立っていた。
私の周りには、死人こそないものの、複数の負傷者が倒れている。
残っているのは、最初の三分の一以下だ。
「っ……」
強い。
ここにいるSWはほとんどが近距離での戦闘を行える装備ではない。だが、それにしたってこれだけの人数相手にここまでやるなんて……。
これは、私も無傷で済ませられるなんて楽観はしてられないわね。
こうなったら、攻めて、攻めて、攻めまくってやる……!
即断して、地面を蹴った。
レールガンのスタンガンパーツを黒甲冑に叩きつける。それを黒甲冑は剣で受け止め、その身体が大きく後ろに弾き飛ばされる。
そのまま、私は黒甲冑を追撃した。
レールガンを構えて、発射。
雷光が黒甲冑の胸のど真ん中に命中。
しかし、黒い甲冑の表面が僅かに溶けたようになるだけで、それ以上の効果は見られない。
片手に構えていた超高熱ナイフを逆手に構えて、黒甲冑に肉薄すると、その胸にナイフを突き刺――そうとして、剣によって阻まれる。
やっぱり、この剣は厄介だ……。
一歩後ろに下がり。黒甲冑の赤い瞳に向けてナイフを投擲する。
案の定、これも防がれた。
でも、それはどうでもいい。
ナイフを黒甲冑が防ごうとする、その一瞬。
私は腰の後ろから残り一つの手榴弾を取り出すと、それを黒甲冑の足元に転がし、自分は大きく後ろに跳んだ。
黒甲冑が、足元にある手榴弾に視線を向け――爆発。
爆炎が黒甲冑を包み込む。
やったか……なんて、思わない。
もうすでに黒甲冑にはさっき一度、手榴弾を投げつけているのだ。
二度目だからといってそれが効くわけもなだろう。
だから、爆煙にレールガンを放つ。
それに合わせて、無事な他のSWがそれぞれの武器で私の攻撃に同調し、集中砲火を行う。
煙の中から、何かが空に空に向かって飛んだ。
それは回転しながら、地面に突き刺さる。
根元から折れた黒甲冑の剣だ。
そう。
――たった、片方の剣だけ!
あれだけの攻撃で、それだけだ。
「っ、来るわよ!」
煙を尾のように引いて、片腕となった黒甲冑が、唯一残った剣を刺突に構え、こちらに迫って来る。
まるで漆黒の弾丸。
私はその突きを、紙一重でどうにか避けた。
黒甲冑は、屋上の縁のところで停止し、こちらを向いた。
刹那。
黒甲冑の背後……空中に飛び出してくる影があった。
それは、一体どこから来たのか。
下の階から壁の外を伝ってやって来たとでもいうのか。
一閃。
その影が、手に持った細長いもの……黒い刀を振るった。
黒甲冑は背後のことながら、それに咄嗟に反応し……けれど防ぐことも、回避しきることも出来ずに、背中を深くまで裂かれる。
ワンテンポ遅れて、屋上の扉が吹き飛んだ。
そこから、エンジンの音を唸らせながら現れる、一台のバイク。
どうやら信じがたいことだが、このマンションの階段をバイクで上って来たらしい。
そのバイクも、随分とおかしなものだった。
後輪と前輪、それぞれ上の部分から巨大なギロチンのような刃を生やし、横には機関銃らしきものがついている。
バイクにまたがるのは、少し身長の低い男。
見覚えがある。
そうだ。
「どーも、応援にきましたよーっと」
嶋搗のバイクの整備担当だった、確か名前は……神流原、響。
バイクの座席の後ろの部分に、先程下の階から飛んできた影が着地した。
その姿は――コック。
……は?
あれ?
あれって、コック長の、近藤さん?
異界研の食堂で働いている、いっつも×マークのついたマスクをつけている不思議な人だ。
その人が刀を手に、バイクの後ろの部分に立っていた。
「貴方達……何者?」
そんな疑問が口から飛び出す。
格好や行動から、ただ整備や料理をする人間でないことは瞭然だ。
「いやあ、今はそれどころじゃないみたいですよ?」
神流原が今にもこちらに飛び出してきそうな黒甲冑を見て言う。
バイクの車輪が回転する。
そのまま、車体が、勢いよく黒甲冑へと向かった。
「馬っ……真正面から突っ込むやつがどこに――」
いる、と言いかけた時。
バイクの側面にある機関銃が火を噴いた。
ばらまかれた銃弾が黒甲冑に襲いかかるが、それは全て弾かれてしまう。当然だ。レールガンですら、普通にやったのでは通用しないのだから。
けれどそれに動じた様子もなく、神流原は……バイクを黒甲冑の目の前で倒した。
正確には、倒すくらいに車体を横にして、バイクの向きを回転させるように強制的に変えたのだ。
その回転によって、車体の前後についたギロチンが黒甲冑に叩き込まれる。
黒甲冑はそれを剣で受け止めるが、衝撃を殺し切れるわけもなく、そのまま大きく吹き飛ばされる。
そこに、バイクの後ろから跳んだ近藤さんが追撃をしかける。
目にも留まらない動きで黒甲冑に近づいた近藤さんが、刀を一瞬のうちに三振りする。
一振り目は、黒甲冑に避けられて地面を刻む。
二振り目で、黒甲冑の砕けた方の剣がついている腕を、肩口から斬り飛ばした。
そして、三振り目。
黒甲冑の剣の先端が、僅かに切断される。
あの刀、どれだけ切れ味いいのよ……!
驚愕する私の視界の中、黒甲冑は尖端が失われた剣を近藤さんに振るい、彼はそれをひらりと回避し、黒甲冑から距離をとった。
「いやあ、堅いですねえ」
呑気に神流原が言う。
「貴方達、本当に何者よ?」
「まあ、それはそうと、さっさとやっちゃいましょう」
……そうだ。
この二人がいれば、もう黒甲冑もあの様子だし……なんとかなる。
さっさと終わらせて、その後でたっぷりと聞いてやろう。
そう思い、レールガンを構えた。
――と。
そして……私が雷光を放つ。
それと同時に、全員が動き出す。
黒甲冑が、レールガンを剣で弾き、その隙に脇腹を近藤さんが切り裂いた。よろけた黒甲冑の胸のど真ん中に神流原が乗るバイクのギロチンが叩きこまれ、吹き飛ぶ。
さらに、他のSWの一斉砲火。
どうだ……!
これならば、と。
黒甲冑を見る。
それは、未だに立っていた。
ただし、残っていた剣は折れ、身体中がボロボロの、緑色の血液を流した状態で。
今にも倒れそうな様子だ。
「っ、終わりよ……!」
トリガーに指をかけて、引く。
弾ける輝き。
銃口から放たれた閃光が、黒甲冑の身体のど真ん中に突き刺さる。
そして、そのまま黒甲冑の外殻を砕いて、その内側に喰らいついた。
さらに緑の血が溢れだす。
一瞬の硬直。
……黒甲冑が、倒れた。
「っ。やった!」
拳を握りしめる。
どうにか、倒した。
その勝利の余韻を噛み締める。
他の皆も、それぞれ喜びを雄叫びやガッツポーズで表す。
――と。
遠くの空に、いくつもの小さな影を見つけた。
ヘリコプターだ。
自衛隊のヘリだろう。
ようやく国が行動に出たということか。
これで状況が大分マシになるだろう。
そのことに、僅かに安堵する。
しかし、そんな私の安堵は……すぐに潰されることになった。
虹色の空が蠢く。
その揺らめきに、とてつもない怖気を覚えた。
その怖気の正体を、私はすぐに知ることになる。
自衛隊のヘリが、空から突き出した巨大ないくつもの杭によって墜とされた。
久しぶりに本当に何もない休日だったので、二話連続更新してみる。