7-4
ゴーストで二本の大ぶりのナイフを作り出し、左右の手で逆手に掴む。
そのまま正面にいた人型の異形を二匹、すれ違いざまに切り捨てる。
そして、ナイフはそのまま前方に投擲。
今にも男の子に襲いかかろうとしていた異形の頭と心臓にナイフが深く突き刺さった。
目の前の光景に思考が追い付いていないらしい男の子に、さらに数匹の異形が襲いかかった。
ナイフを分解……私はすぐにゴーストで次の武器を作り出した。
大鎌。
三日月のような形をした刃を大きく振るう。
男の子の頬を掠めるように、大鎌はその子に迫っていた異形の首を全て刈り取った。
「大丈夫?」
「う……ぁ……」
尋ねるが、男の子は口を開くものの、声を出せずにいた。
当然といえば、当然か。
いきなりこんな状態になって、しかも気味の悪い生物に襲われ、それを突然現れた私が助けた。
こんな急展開で普通に口が聞けた方がどうかしている。
まあ……出来れば、そんな恐ろしいものを見るような目で私を見て欲しくはないのだけれどね。
それも、仕方ないか。
一応、私はカテゴリー的には化け物寄りだし。
小さく溜息をついて、大鎌を消す。
「お母さんかお父さんは近くにいる?」
男の子の視線が、とある方向を向く。
そこに、赤い塊がいくつも転がっていた。
……なるほど。
あの中のどれかが、この子の両親か。
「……」
なんと言えば、いいのか。
よく分からなかったから……言わないことにした。
正直、ごめん、と誤りたかったけれど。
もう少し私が早く着ていれば、この子の両親は助かったかもしれなかったのに。
でも……それはイフの可能性で、今となっては絶対に取り戻しようもない可能性だ。
それについて、今更謝罪もなにもないだろう。
そんなどうしようもないことをしている暇、今はどこにもない。
とりあえずは、この子をどうにかしないと。
思い、辺りを見回す。
安全そうな場所は……そんな簡単に見つかるわけないか。
仕方ない……とりあえずは、この子を守りながら進むことにしよう。
「行こうか」
「え……?」
「いつまでもここにいるわけにはいかないでしょ? それとも、いたいの?」
男の子は少し、彼の両親がいる方向を見て……首を横に振った。
「なら行こう。お姉ちゃんが安全な場所まで連れて行ってあげるから」
「……おねえ、ちゃん?」
お姉ちゃんの部分で首を傾げるなっ!
外見で判断してるとそのうち痛い目見るからね!
内心でそう怒鳴る。
流石にこの空気で実際に口に出すほど空気読めないわけじゃない。
「お姉ちゃんは……誰? 正義の味方?」
思わず、吹きそうになった。
正義の味方、か。
私は決して、そんな大層なものじゃない。
「私はただの女子高生だよ。ま、少し人間から外れて入るけれど、ね」
次の瞬間。
近くのビルの壁面から私の方に跳びかかってきた巨大な蜘蛛のような生き物をゴーストが生み出した大槍が貫いた。
「じゃ、行こうか。とりあえず、近くの公園とか、行ってみようか?」
遠くで、何らかの砲撃により、巨大な生物が一匹、崩れ落ちた。
†
私のレールガンをはじめとした高火力の兵器によって、最後の巨大生物が倒れる。
よし……。
レールガンの構えを解いて、軽く息を吐き出す。
これで、街の被害は抑えられるかな……。
まずはそこに安堵。
でも、落ちつくことは出来ない。
私達はすぐにマンションを降りて、各個で異次元世界の生物の殲滅を行わなければならない。
まだまだ、虹色の空からは断続的に何かしらの生物が降り注いできているのだ。
「皆――」
皆に指示を出そうとした、その時だった。
虹色の空が、脈動した。
と――そこから何かが振って来る。
小さな何かだ。
それが、そのまま落ちて来た。
私たちがいるマンションの屋上に……!
足場が激しく揺れる。
マンションの屋上は何かの落下の衝撃によって砕け、そのまま落下物はマンション内部へと消えた。
土煙が上がる。
そしてその中から、悲鳴があがる。
「っ、被害は!?」
「一名、衝突に巻き込まれて左腕が吹き飛ばされてる!」
すぐに答えは帰ってきた。
腕一本。
命一つと比べればマシだが、それでもそれは、小さくはない犠牲だ。
犠牲なんて、出したくなかったのに……!
悔しさが込み上げてくる。
でも今は、その悔しさに唇を噛んでいる場合じゃない。
「なら、誰か怪我人を異界研に運んで! 他は今落ちて来たものを警戒!」
即座にSW達は動く。
機敏に、屋上にぽっかりと空いた穴を囲む。
そして各々の武器を穴に向けた。
私は、穴の底に目を凝らした。
三階層は余裕でぶちぬいてるわね……。
そこからは、土煙が酷くて見えない。
どうするか。
思考は一瞬。
「全員、気をつけなさい!」
私は腰の後ろから手榴弾を取り出すと、そのピンを抜いて穴に放り入れた。
数瞬後……穴から火柱が立つ。
なにが落ちてきたかは知らないが、これで……。
そう、僅かな油断が生まれた刹那のことだった。
火柱が割れ、中から何かが私に向かって飛び出してきた。
それが、鋭いものを私に突きだす。
咄嗟に、レールガンの銃身でそれを受け止めた。
重い感触。
そして、私ははっきりとその正体を見た。
黒い人型。
まるで西洋の甲冑を着こんだかのような外見で、その両腕が鋭く巨大な剣になっている。
私に突き出されたのは、その剣だ。
黒甲冑の怪しく赤に輝く瞳が、私を見つめた。
ぞくり、と。
身体中を悪寒が駆け抜けた。
いけない。
直感的に、私はそう感じていた。
そして感じた次の瞬間に、身体は動く。
スカートの下から片手で超高熱ナイフを引き抜き、それを振るった。
黒甲冑の私に突き出された方とは逆の剣がナイフを弾く。
その間に私は全身のバネを使って、レールガンの銃身を黒甲冑目がけて叩きつけていた。
黒甲冑は剣の腹でそれを防御しようとするが……レールガンの銃身が触れた瞬間、そこから激しい雷光が迸った。
スタンガン。
黒甲冑が、放電の衝撃で後ろに吹き飛んだ。
やった……?
様子を窺う。
黒甲冑は……立ちあがった。
まるで何事もなかったかのように平然と、そこで立ち上がり、身体を低く構え――気付けば、私の横に黒甲冑がいた。
速い……!
身を引く。
鼻先を、黒甲冑の剣尖がかすめていった。
視界の先では、もう片方の黒甲冑の剣がSWの一人の胸を貫いていた。
っ……!
貫かれたSWは、何が起きたのか分からないという、呆けた顔。
遅れて、その口から血が溢れ……剣が胸から引き抜かれると同時、その身体が崩れ落ちる。
頭の中身が、白熱した。
目の前で、人の命が一つ消えた。
その現実に、怒りが暴れ出す。
――けれどそれを、どうにか押しとどめた。
怒りに身を任せては、どうしようもない。
冷静さは、何よりも大切なものだ。
怒りは、その遥か後ろにあればいい。
私は今だけ命の価値を忘れた。
レールガンを至近から黒甲冑へと向けて……トリガーを引き絞る。
敵のレベルがあがります。