7-3
「天利さん……本当に行くんですか?」
大和が私にそう尋ねる。
私は……はっきりと頷いた。
「ええ。流石に知らんぷりはできないもの」
誇るわけではないけれど、私には戦う力がある。
だから戦う。
それだけのこと。
まあ……ここで嶋搗風に言うとすれば、こうかな。
「それに、これで事態解決したら、謝礼金の一つでも国にせびれそうじゃない?」
自分で言っておいて、笑ってしまった。
「ま、あんたはここでおとなしくしてなさい。さっきも言ったけれど、ここは多分、他よりずっと安全だから」
何人か、防衛にSWもいるし、そこは確かだ。
「……止まっては、くれないんですね」
「当然」
心配してくれているのは分かる。
大和というやつは、そんな優しい人間だ。
それでも、その優しさを私は跳ねのける。
残念だけど、優しさで懐柔される性質じゃないのよ。
「まあ大船に乗ったつもりで待ってなさい」
「わかりました……けれど、一つだけ。絶対に、無事に帰ってきてくださいね」
「もちろん。約束するわ」
私だってこんなところで死ぬつもりは欠片もないし。
「大和。また後でね」
「はい」
大和に背中を向ける。
「準備はいーか、アマリン?」
「ええ、行きましょう。皆」
そして、私は異界研を出た。
総勢百を超えるSWと共に。
†
街は、ひどい有り様だった。
私が異界研に入った時よりも、異次元世界の生き物の数が増えている。
巨大なものは、多分三十くらい。
小さいものは、少なく見積もっても百や二百はいるに違いない。
そしてそれらの生物から、人々が逃げ惑う。
でも、もう逃げ場は、限りなく少ない。
「私はデカいのをぶっ潰すわ。火力に自信のある遠距離攻撃出来るやつと、護衛に少し近接戦闘出来るやつもついてきて!」
私の指示に、素早く数人のSWが動く。
「皆見達は人命救助優先でお願い」
「りょーかい! じゃあ残りの連中は散開して、雑魚をぶっ飛ばしつつ民間人を出来るだけ安全な場所に避難させるぞ! 非難させた後は、その人達を守ることに集中だ!」
皆見達が街中に散らばっていく。
「私達は出来るだけ高い場所を確保して、そこからデカいの倒していきましょう!」
さて。
とりあえずこの辺りで一番高い場所で、しかも狙撃に適したポイントと言ったら……ああ。
嶋搗のマンションの屋上ね。
†
うえ。
うじゃうじゃいやがるなあ。
目の前には、数十人の人を円形に囲む人型の異形。
あれだな。アマリンが異界研に来る前に仕留めたっていう……。
んー。やっぱり徐々にこっちに出て来てる異次元世界の生き物の数が増えてるのかね。
と、考えるのは後にして。
「テメェら人様の世界で好き勝手やってんじゃねえよ」
まず一匹目。
雷鉄鉱から鍛えられた刀が電火を散らしながら異形の胴を一文字に切断する。
さらにもう片方の手にもったもう一本の刀で二匹目の首を撥ねた。
オレの存在に気付いた異形達がオレを攻撃しようとするが……遅い。
三匹目を双の斬撃で切り伏せ、その返す刃で左右から迫ってきた四匹目、五匹目の胸を貫く。
身体を回転させるように刀を引き抜き、その勢いで六匹目の身体を縦に両断した。
濃い緑色の血液が飛び散る。
異形に襲われていた人々から悲鳴が上がる。
……ま、こんなグロテスクなものは、一般人は普通は見ないか。
トラウマになんなきゃいいがなあ。
呑気に考えながら、残りの異形を倒していく。
全部終わるまで、カップラーメン作るだけの時間も必要なかった。
刀についた血液を振り払い、鞘に戻す。
さて……とりあえずこの人達を安全な場所に連れていくか。
で、安全な場所って……自分で指示出しといてあれだが……どこにあんのかねえ?
異界研は確かに安全だが、そんな沢山の人数が入れるほど広くはない。
……仕方ない。
そこらの公園に連れていくか。
あとは、俺はそこで襲われないように守ってればいい。
守り、かあ。
オレ、守りより攻めのが得意なんだけどなあ。
我が儘言ってられる事態じゃないけどよ。
†
狙いを定めて――トリガーを引く。
雷光が弾け、一キロ以上離れた場所に立っている巨大なサソリもどきの顔面へと放たれる。
そして、着弾。
硬そうな甲殻が砕け散る。
が……甲殻を犠牲に、サソリもどき自体は生き残ったらしい。
激痛に悲鳴をあげながら、サソリもどきはこちらを見る。
刹那。
甲殻の砕けた額に、大きな爆発。
小さなミサイルが命中したのだ。
それによって、サソリもどきの頭が吹き飛んで、巨体が崩れ落ちる。
隣を見れば、今のミサイルを撃ったSWが私を見て、小さく頷いていた。私も頷き返す。
この調子で、既に目につく巨大生物の半数ほどを倒した。
次弾の電力をチャージしながら、次の獲物に狙いを定める。
今度は、肉団子に腕と脚がついて、口と目が開いたような、不気味極まりない生物。
第一印象は、マズそう、だった。
その目に向けて、レールガンを撃つ。
放たれた閃光は、一直線に肉団子の眼球に吸い込まれ……肉団子が地面に転がる。
よし。
このままいけば、案外すぐに終わるかな……。
†
異界研の《門》を使って、天利達の町についた。
私達のグループの愛車である葬列車が、街中に飛び出す。
私はその上で、前から叩きつけてくる風を感じながら、周囲を見回した。
……ひどい。
これが日本か、と疑ってしまうほどだった。
それどころか、アースかどうかすら疑う。
路面は砕け、家は潰れ、見たこともない生物が徘徊し、市民は逃げ惑い……そして、いたるところに人の死体が打ち捨てられている。
SWという職業柄、人の死体を見るのは初めてじゃない。
けれどそれでも……これは、ひどい。
阿鼻叫喚、とでも言えばいいのだろうか。
本当に……悪夢のようだ。
『佳耶、大丈夫?』
耳に付けたイヤホンタイプの通信機から雀芽の声。
「うん、まあね。そっちこそ、平気?」
『さあ……それは少し、自信がないわね』
雀芽にしては珍しく、弱気だ。
それもしょうがないことか。
これで平然とできるほうが、どうかしている。
『まあ安心しろよ。状況が状況だからって、ミスなんてしねえ。だろ?』
隼斗が割り込んできて、妙に明るい声でそう言った。
……馬鹿なやつ。無理に強がっちゃって。
「そうだね。うん……その通りだ」
ゴーストで作り出したナイフを片手に四本ずつ、両手で八本持つ。
そしてそれを、近くにいた異形に投擲。
一本一本が、それぞれ異形の頭に突き刺さった。
倒れた異形からゴーストを霧状にして回収。
「それじゃ、私はちょっと殲滅始めるから、そっちは、そっちにしかできないこと、やってきてよ」
『了解。気をつけてね』
『殲滅、ってとこがお前らしいよ』
「隼斗うっさい」
通信越しに三人で笑って……私は葬列車の上から飛び降りた。