7-2
異界研に入る。
流石にこんな状況で規約どうたらなど気にする余裕などあるわけもないらしく、大和のことはあっさりと入れられた。
彼を連れて、広間に出る。
そして……緊迫した空気を肌に感じた。
広間にいたのは……人、人、人。
溢れんばかりの人だ。
その気配はどれも、狩りの前の狼群のように静かで、鋭い。
「おう、アマリン」
と、聞きなれた声。
「……皆見」
振り返れば、そこにはSWの格好をした皆見が立っていた。
いつものような軽い笑み。
けれどその奥にあるものは、堅い。
「無事なようでよかったぜ。これでアマリンになにかあったら、シーマンにぶち殺されるところだ」
「あんたも無事なようでよかったわ」
「あのくらいじゃ、死にたくても死ねねーよ」
「なるほど」
確かに。
こんな状況、私たちにとっては、まだまだ。
混乱としてはかなり大規模だが……その危険度で言えば、実際、大したことはない。
それはさっき、身体強化剤すら飲んでいなかった状態の私があの人型の生き物を倒せたことからも確かだ。
そう、大したことはない。
――すくなくとも、今は。
まだ空の《門》は開いたまま。少しも油断出来る状態ではない。
「んで、そっちはいつぞやの少年じゃねーか」
「ええ。偶然会ったから連れて来たの。下手に逃げるより、ここにいるほうがよっぽど安全でしょう?」
「違いねえ」
肩を竦め、皆見は大和を見る。
「ま、とりあえず着替えてきたらどうだ? こいつの面倒はオレが見といてやるから」
「ええ。そうさせてもらうわ」
「……天利さん」
大和が心細そうな声を出す。
「そんな情けない顔をしてるんじゃないわよ。ったく」
「そうだぜー。男はこう言う時にこそ強がるもんだ」
「……そう、ですね。すみません」
言っても、大和の顔から不安の色は少しも消えない。
まあ……仕方ないか。
一般人だものね。
「ま、さっさと着替えてくるわ」
「おう」
†
ジャケットに腕を通しながら、考える。
これからどうするか。
とりあえず、私自身の準備は全て整った。
レールガンを肩に背負って、一つ深呼吸。
まあ……目につく敵を全て排除すればいいか。
これがシンプルで一番いい。
いつまでこの状況が続くかは分からないし、原因の解明もされていない。
それでも、倒して、倒して、倒し続ける。
……うん。シンプルだ。
ロッカーを閉じて、軽く笑んでみる。
まだ、笑える余裕くらいはあるわね。
なら平気だ。
地面に這いつくばって、指先一つすら動けなくて、絶対的な敗北が目の前に迫っているというわけでもない。
……行こうかな。
戦意を固める。
不意に。
少しだけ、思った。
……嶋搗がいればなあ。
そうすれば、どれほど心強かったことか。
まったくタイミングが悪い。
嶋搗がいない時にこんなことが起きるなんて。
まさか狙ってやったというわけでもあるまいし。
……嶋搗。
私達は、戦うから。
さっさとあんたも帰って来なさいよね。
†
テレビのニュースに視線を奪われた。
画面に広がるのは、虹色の空という、ありえない光景。
それでもそれは、今この瞬間に存在するものなのだ。
私達が住む地域はかろうじて外れているが、それでもすぐ近く。その虹色の空が、広がっているらしかった。
そう……天利達が住んでいる地域も含めて、だ。
気付けば私は携帯電話を手にとって、電話をかけていた。
連絡したのは、天利。
呼び出し音。
それがひどく長く感じられて……しばらくして、留守電に繋がってしまう。
「……」
天利……。
まさか彼女がどうこうなった、とは思わない。
というよりも、天利がどんな行動をとったのか、なんとなく察しはついていた。
戦いに向かったんじゃないかな。
きっとそうだ。
……だって、私ならそうするから。
もしこの街にも虹色の空が届いていて、異次元世界からの生物が襲ってきたら……私なら、いろいろなものを守る為に、戦う。
というより気に食わないじゃないか。
いきなり意味も分からずやってきたやつらに、好き放題暴れられるなんて。それで奪われる命があるなんて。
うん。許せない。
だから、戦うんだ。
――あ。
ちょっと、前言撤回しよう。
もしこの街、とか。そういうのじゃない。
この街だけじゃない。
そうだ。
私も、行こう。
少し遠いけれど異界研の《門》を使えばすぐに辿りつける。
思いついたら、即座に行動。
自室を出る。
そしてリビングに入ると、そこではお母さんとお父さんが私が見ていたものと同じニュースに見入っていた。
「お母さん、お父さん」
声をかける。
二人がこちらを向いて……全てを見透かすかのように笑んだ。
「行ってきなさい」
お父さんが言う。
「気をつけてね」
お母さんも、ただそれだけ。
ありがたいな、と思う。
「……あのさ、一応、遠くに逃げてよ?」
「わかっているさ」
「すぐに出掛ける準備をしなくちゃね」
さて……。
じゃあ、私も。
「行ってきます!」
「行ってきなさい」
「行ってらっしゃい」
そして、リビングを出て、玄関から外に。
エレベーターのボタンを押して、再び携帯電話を取り出す。
また、電話を発信する。
今度の相手は……雀芽。
彼女には、すぐに繋がった。
「あ、雀芽?」
『――佳耶、何も言わなくていいわよ。私も、隼斗もしっかり分かっているから』
流石。
いい仲間だ。
「なら話は早いね。行こうよ、ちょっと暴れにさ」
『ええ』
でも……ちょっとあれだな。
こういう時に限ってリリーがいないなんて。
タイミング、悪いなあ。