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間章 最強の敵来たれり・四



 入浴剤は偉大だ。


 そしてそれを使うという機転を見せた俺はもっと偉大だ。


 思わずそんな自画自賛をする。


 いや。危なかった。


 湯船に一緒に入ろうと言われた時はどうしようかとおもった。


 流石に湯船の中までタオルを腰に巻いたまま入るのを天利は許してくれないだろう。


 となると……そういうことになりかねなかった。


 しかし俺はその瞬間思い出したのだ。


 以前、天利が勝手に持ち込んだ入浴剤のことを。


 俺はあまり入浴剤というのは好きじゃないのだが、この際そんな文句は言っていられない。


 白い液体を湯船に注いだ。


 それによってお湯が白濁し、中が見えないようになった。


 これで万事解決――なわけがない。


 あくまでこれは、最低限の防衛ラインを守り切ったにすぎないのだ。


 それも、あるいはなにかのひと押しで崩れるくらいに薄い壁で。


 そのひと押しが、目の前にあった。


 ……つまり、天利本人である。


 いくら広いとはいえ、湯船の大きさなんてたかがしれている。


 そこに二人で入るのだ……いくらなんでも、少し狭い。



「んふふ~」



 天利は随分とご機嫌のようで、笑みをこぼしているが。


 ……ちなみに、何度でも言うが俺は目を閉じたままだ。


 本当に閉じているからな。


 絶対に開けてなんかいない。


 この決意は揺らいだりはしないのだ。



「そういえばしまつき、いつまでおめめとじてるのー?」



 ……揺らいだりは……、



「なんだか、いやだ。どうしてあけてくれないの?」

「それは……習慣だから……」

「うそだよ。そんなしゅうかんあるわけないもん」



 ゆ、揺らいだり、は……、



「しまつき、おめめ、あけてくれないの……?」



 な、涙声!?


 くっ……まだそれかよ……!


 なんでもかんでも泣けば自分の意見が通ると思ったら大間違いだからな!


 俺は――、



「えっぐ……」

「わかった開けよう!」



 ――俺、弱ぇ……。


 自分がひどく情けなかった。


 どうして俺は、こんなに天利に弱いんだ。


 意味がわからん。


 別に泣こうがわめこうが関係ない……はずなのに。


 くそ。


 ま、まあでも……湯は白くて身体は見えないしな。


 大丈夫、だよな?


 慎重に、瞼を開く。


 そして……天利の顔があった。


 …………。


 ほんのりと上気した頬に、無邪気な笑顔。身体は、二人で入っていで肩まで浸かれず、鎖骨の少し下のあたり、膨らみが少し見える程度までしか湯の中にない。



「あけてくれたー」



 嬉しそうに天利が言う。


 ……なんていうか、もうあれだな。


 どうにでもなれ、って気分だ。



「それで? 百数えるか?」



 冗談のつもりで尋ねた。



「うん! いっしょにかぞえようよ!」

「……マジかよ」



 冗談だったのに。


 その後、俺と天利はきっちり百数えてから、風呂を出た。


 その際に天利が裸で抱きついてきたり、俺に服を着させようとしたり、いろいろと悶着があったが、それもどうにか解決した。


 不幸中の幸い、と言うのか。


 風呂を出たあと、はしゃいで疲れたのか、天利はソファーで眠ってしまった。


 それでやっと静かになった部屋の中、俺は溜息をついて、天利をベッドまで運んだ。



「ん……」



 ベッド脇に椅子を置いて暇潰しに小説を呼んでいると、天利がみじろぎをした。


 そろそろ起きるか。


 そう思った、まさにその時。


 ゆっくりと天利の目が開いて行く。


 ――天利が眠ってから一時間と少し。


 果たして、まで天利はあの果実の効果を受けたままなのか。


 緊張しながら、生唾を飲み込み、天利が身体を起こすのを見守る。



「……嶋搗?」



 いつも通りの天利の様子に、胸をなでおろした。


 どうやら、果実の効果は切れたらしい。


 よかった……。


 …………いや。


 まだよくない。


 もう一つ、確認しなくちゃならないことがある。



「天利。なにがあったか……覚えているか?」

「え?」



 天利が首を傾げた。



「なにかって、なに?」



 ……。



「っていうか、私なんで着替えてるの? これ、嶋搗の服よね?」



 ――よかった、


 心の底から、そう思った。


 どうやら天利には記憶がないらしい。


 ならば、それでいい。むしろ、それが一番だ。


 このまま何も知らない方が、天利の為で、俺の為にもなる。



「覚えてないのか? お前、風呂入るって言ったから俺の服を貸したんだよ。で、その後倒れるように寝たんだ」

「あれ……そうだっけ?」

「そうだ。お前、疲れてたんじゃないのか?」

「んー……そうかも」



 天利が不思議そうな顔をしながら、頷く。



「帰ってもう少し寝たらどうだ?」

「そう、ね……そうしようかしら」



 このまま、今日の事は闇に葬り去ろう。



 自宅に帰ってきた。


 アイはいないらしい。


 私は一直線に自室に入ると、そのままうつ伏せでベッドに倒れ込んだ。


 そして――、




「うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」




 叫んだ。



「恥ずかしい! 恥ずかしすぎる! 恥だ! 恥かいた! 恥さらしたぁっ!」



 なにがあったか、ですって?


 なにがあったか……なんて。


 そんなの――覚えてるわよ!


 理由は分からないけれど――多分あの果実のせいだろう――私が子供みたいになってたことでしょう!?


 それで嶋搗に散々甘えまくったことでしょう!?


 うぁあああああああああああああああ!


 思い出したら顔が……顔が燃える!


 身体が熱くて死にそうだ!


 しかも一緒に風呂とか……ありえない!


 ありえないわよ!


 だって嶋搗とだなんて……。


 そ、そうだ……それに他にもある。


 なにが嶋搗お嫁さんよ!


 私は夢見る子供か!


 いや子供だったんだけど!


 でも、だからって……こんなのないわよ!


 うぁあああああああああああああ、もう!


 記憶を本当に失っていたらどうれほどよかっただろう!


 今からでも壁に思いきり頭をぶつけたい気分だ。


 ……しないけど。


 でも、本当に忘れたい!


 うぅ…………!


 ……まあ、でも相手が嶋搗だから。そこだけは、せめてもの救いだったと思う。


 って、あれ?


 嶋搗が相手だからって、どうして救いになるんだろ?


 んー。


 私、まだ頭が混乱しているのかなあ。




 とりあえず今夜は自棄食いしよう。


 


身悶えるアマリンもいいと思うんだ。

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