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間章 最強の敵来たれり・三

「無理だ! 駄目だ! 不可能だっ!」



 風呂って、そんなの……いくらなんでも――!



「……だめ?」



 ――……。



「だめじゃない、です」



 この瞬間、俺はもうこの天利には逆らえないと理解した。


 泣きそうなのは、もちろんだけれど。


 そんな上目で見られて、断れるか。ちくしょう。



「しまつきのおうちのおふろ、おおきいからすきー!」



 ……はあ。


 脱衣所に入って、溜息。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 今の俺はきっと、傍から見たらただの犯罪者だ。


 うきうきとした様子で、天利がコーラで濡れた服に手をかける。


 シャツの下から白い肌が覗き、臍が見えて、そのまま肋骨のあたりまで服がたくしあげられ――そこで俺は視線を逸らした。


 うん。


 見れるわけない。


 とりあえず天利から視線を外した状態で、俺も上だけは脱いだ。


 ……。


 ズボン。


 …………脱ぐのか?


 いいや。風呂にはズボンを脱がずとも入れる筈だ!



「しまつきもはやくぬぎなよー!」



 背中に、柔らかな感触が押し付けられた。


 ――!!!


 それはまさに、肌と肌が触れ合う感触で、その柔らかさはさっきまで無邪気に天利が服越しに押し付けて来たもの。


 落ちつけ。


 落ちつけ。


 落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ……!


 今の俺はクールだ。


 そう、クールになれ。


 ……ふぅ。




 無理だな!




 とか諦めてる場合か!


 着々と俺が壊れている気がする。



「俺は、ズボンをはいたまま入る」

「え? どうして? おふろは、はだかではいるものだよ?」

「俺は風呂にズボンをつけて入る習慣があってな?」

「……しまつき、ぬいでくれないの?」



 どうしてそこで声が涙声になるんだよ!?


 いいだろ人の習慣に口出しするなよ!


 そりゃあ嘘だけどさ!



「しまつきぃ」



 うぁあああああああああああああああああああああ!


 耳元でそんな声出すんじゃねええええええええええ!


 甘ったるいんだよ!


 くそっ、脱げばいいんだろうが、脱げば!



「すこしあっち向いてろ。まじまじ見られてもこっちが困るから」

「ん、わかったー」



 俺がズボンを脱ぐというのがどうしてだか嬉しいらしく、天利は素直に言うことに従った――らしい。俺は天利に視線を向けていないのでそこは把握できない。


 ただ、気配からは確かに俺から視線を外したということを感じる。


 普段ならともかく、今の状態の天利の気配を読むことなんて簡単だ。


 まあともかく見ていないうちにズボンを脱いで、もちろん腰にタオルを巻いておく。



「いいぞ」

「んー、あれ? たおる?」

「ああ。このくらいは構わないだろ?」

「……いいよー」



 少し考えてから、天利が頷く。


 よかった。これも駄目とか言われなくて。



「それで、しまつきはどうしてさっきからこっちを見てくれないの?」

「……」



 一応、駄目元で聞いてみるか。


 俺は背中越しに、バスタオルを天利に放り投げた。



「うわっ」



 慌てて天利がそれを受け取る。



「それ、身体に巻いてくれないか?」

「えー?」



 不満そうな声。


 ……なんとなく予想はしていたさ!



「いやだ」

「……そうか」



 ねばっても天利が意見を変えるとは思わない。


 仕方あるまい。


 俺は振り返った。


 ――両目を瞑って。


 天利の気配は読めるのだ。ならば、目を瞑っていても問題はない。



「あれー? しまつき、おめめとじてるよ?」

「いいんだよ。習慣だ」

「そうなんだ」



 この習慣もアリらしい。


 ……ふぅ。


 一先ず安堵。


 …………しかし、目を開けたら素っ裸の天利がいるのか……。


 ……いかんな。うん。


 邪念を振り払うように軽く頭を振るう。



「はやくおふろはいろっ、しまつき」




 むにゅ。




「――!?」



 俺の腕を天利が掴んで、自分の胸元に押し付けた。


 腕はそのまま、天利の胸に……その……綺麗に、挟まれた。


 俺、警察に行った方がいいかもしれない……!


 ここまでくるといっそ罪の意識が込み上げてくる。


 そんな俺の自責など知ったことかと、天利はその状態で俺を風呂場にひきずりこんだ。



「せなか、あらってあげるー」

「……そりゃ、ありがたいね」



 苦笑し、天利に促されるまま腰を下ろす。


 ……これなら、目を開けても平気か。


 そう油断して、目を開く。


 そして……目の前の鏡の中に、俺の肩越しの天利の姿をとらえた。


 ……しまったぁああああああああああああ!?


 慌てて目を閉じ直す。


 しかし、網膜にはしっかりとやきついていた。


 ……なんていうか、うん。


 もうあえて何も言わないさ。というか、言いたくないな。



「やっていーい?」

「お、おう」



 尋ねられ、反射的に頷く。


 すると、背中に心地いい感覚。


 ……あー。これは、いいな。


 背中を洗われる、なんて経験は子供の頃以来だが、なかなかどうして、この歳になってみてもいいものだ。


 とりあえず、今はこの心地よさに他のいろいろなことは忘れておこう。


 うん、それがいい。


 俺にとっても、天利にとって、きっとそれが一番……だと信じておく。



「きもちいーい?」

「そうだな。きもちいいぞ」

「えへへ~」



 ……かわい――はっ!?


 い、今俺は何を……!?


 正気を取り戻せ、俺!


 自分の雑念を殴り殺す。


 そうしている間に、天利が俺の背中を洗い終わる。



「じゃあ、こんどは前ねー?」

「――!」



 そ、それはまずい!


 なんていうか、いろいろとだな……!



「いや、それよりも俺は天利の背中を洗いたい。いいか?」

「え? やった! しまつき、ありがとう」

「いや。このくらい、お安い御用だ」



 本当にお安いよ。これで誤魔化せるならな。


 天利と位置を入れ変えて――もちろん目は閉じたままだ――天利の背中を軽くこする。


 女の肌を強くこするのは抵抗があるので、弱めに。



「このくらいでいいか?」

「うん。きもちいぃ」

「……」



 気持ちいい、ね。


 ……そうですか。へえ、そうですか。


 雑念がっ!


 再び出現した雑念は粉々に砕いて排水溝に流してしまう。


 しかし、天利の肌、触り心地が――雑念退散!


 くぅっ……!


 どこまで俺を壊せば天利は気がすむんだ!?



 ……長かった。


 たかが数分。


 天利の背中を洗っていたのは、それくらいだったろう。


 しかし俺にとっては、何時間にも感じられるほどだった。


 本当に、よく俺は耐えたものだと思う……いろいろと。



「それじゃ、あとは自分で洗えるな?」

「うん!」



 元気な返事。


 いいことだ。


 天利は、背中以外の場所を自分で洗い始めた。


 俺も、手早く自分の身体を洗ってしまう。


 言うまでもないことだが、天利には背中を向けて、だ。


 変な所を見せるわけにはいかないからな。


 ……我ながら、頑張っているよな。


 そう苦笑した時だった。



「それじゃあ、しまつき。いっしょにはいろ?」



 言って、天利が湯船を指さす。





「……マジっすか?」



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