間章 最強の敵来たれリ・一
ある日。
ヴェスカーさんから小包が届いた。
「……」
怪しいな。
あの人から送られてきた荷物……。
リリーの下着……とかありえるかもしれん。
これを渡したからには娘と結婚してもらう、とか言いだしそうだ。
……いや、流石にそれはないか。
…………ないよな?
もしそうだったら、さすがに腕の一本や二本くらい圧し折ってやらなくちゃならない。
不安を感じながらも、俺はテーブルの上においたその小包を……開いた。
「ん……?」
箱を開けた途端に、甘い芳香。
中身は、なにかの果実だった。
赤とオレンジの中間の色をした、少しマンゴーに似た果実だが、その形は三日月によく似ている。
……なんだ、こりゃ。
ふと、手紙が一緒に入っていることに気付いた。
それを手にとって、読む。
なになに……。
――臣護君へ。
――先日、異次元世界で新しく発見されたという果物を送る。
――とても美味しいので、味わって食べてくれ。
――ああ、それと――、
そこまで読んだところで、インターホンの音。
……とりあえず手紙を置いて、玄関の方に向かった。
なんとなく、誰が来たのかは予想がついていた。
覗き穴から確認することもなく、すぐに扉を開ける。
そして、予想通りの姿がそこに立っていた。
「こんにちは、嶋搗。元気?」
「……昨日会ったばかりだろうが。わざわざ元気かどうかなんて確認する必要あるのか?」
「礼儀よ」
言って、天利が微苦笑する。
「それで、何の用だ?」
「用がなかったら来ちゃいけないの?」
「……いや、そんなことはないが」
まあ、どうせこれから異界研に向かおうとしていたところだし、なんだかんだで一緒に行動することになるのだ。だったら今から合流したところで話は変わらない。
「とりあえず、少しあがっていくか?」
「ええ」
頷いて、天利は慣れた様子で俺の部屋にあがる。
……なんかもう、こいつがいてもおかしくない、って状況だよな。
一体どんだけ俺の家に来てるんだ、こいつは。
若干呆れつつも、俺は天利を連れてリビングに入った。
そして……天利が、テーブルの上の小包に気付く。
「あら……これ、なに?」
「ん? ああ……ヴェスカーさんから貰った、異次元世界でとれた上手い果物だそうだ」
「へえ。やっぱりM・A社の社長ともなると、こういうのってよく手に入るのかしらね?」
「じゃないのか?」
あんまり興味はない。
しかしそんな俺とは違って、天利はその果実に興味津津、といった様子だ。
その視線は果実にくぎ付けになっている。
……女は甘いものが好きっていうが……天利は特にだな。
人のもんにまでそんな目を向けるんだから。
「食べるか?」
ため息交じりに尋ねる。
「いいの?」
「ああ」
まあ、一人で独占する、 なんてせこい正確はしていない。
それに自分で買ったならまだしも、人からの貰い物……タダだしな。
分けてやるくらい構わない。
「じゃあ、貰おうかな」
先程よりも少しばかり弾んだ声で、天利が言い、そして笑う。
「ありがと、嶋搗。嬉しいわ」
「ああ」
……なんだろうな。
最近、ちょっと天利の様子が変わった気がする。
変、とかではない。
なんというか……こいつの笑顔が、見ていると落ち着かないものになってきた。
それは別に危機感とかじゃなくて……なんなんだろうな。
……あるいは、俺の気のせいか。
はたまた、俺の見る目が少し変わったのかもしれない。だが、だからといってどうして落ち着かなくなるのか。
……分からないな。
まあ、それはいいか。
「それじゃ、少し切って来るから座って、待ってろ」
「ええ。お願いね」
いらなくなった包装材や紙くずなんかをゴミ箱に放り込んで、キッチンで果実の皮を剥いて、一口大に切り分ける。
このくらいでいいか。
切り分けた果実は黄金色で、実に甘そうだ。
それを皿にのせて、爪楊枝を二本刺してからリビングに持っていく。
「ほらよ」
テーブルに皿を乗せた。
「うわ、美味しそうね」
「そうだな」
ここは素直に同意しておく。
ちょっとだけ、食べるのが楽しみではあるな。
「早速食べましょうか?」
天利が爪楊枝で果実を刺して、口に運ぶ。
「ん……」
「どうだ?」
「おいし」
変な味はしないようだな。
見かけや匂いだけではないようだ。
……天利に毒身みたいなことさせちまったな。
まあでも、食べさせてやってるんだし、そのくらいはな。
でも言ったら殴られそうなので、そこは黙っておこう。
「じゃ、俺も食うか」
果実を口に放り込む。
……へえ。
「本当に美味いな」
驚いた。
こりゃ……なんていうか、甘いんだけど、それだけじゃない。
甘さの中に、ほんの僅かな酸っぱさがあって、その奥に、更に甘さがある。
そんな感じ。
とりあえず、一言で言い表すなら、美味い、で間違いはない。
「んー。これ、市販されるのかしら? そしたら速攻で買うんだけど……」
「さあ。今度ヴェスカーさんに聞いておく」
俺も、もし市販されるようなら月一くらいで食べたいな。
「まあ俺達なら市販されなくても、自分達で取りにいけばいいんだけどな」
なんたって、SWだし。
「それもそうね」
天利が次々に果実を食べていく。
……食べ好きじゃないか?
少しは遠慮を……いや、まあいいけどさ。
とりあえず俺も天利に全部食べられないうちに出来るだけ食べとかないと名。
そうして二人で食べる内、果実はすぐに全てなくなってしまった。
「あー、美味しかった」
本当に嬉しそうな表情で天利が言う。
「そりゃよかったよ。じゃ、皿洗ってくる」
キッチンで皿を洗って、軽く布巾で拭いてから乾くまで立てておく。
さて、それじゃあそろそろ出かける準備をしないとな。
想いながら、リビングに戻る。
そして……天利がテーブルにつっぷしていた。
その横顔は……ひどく赤い。
「っ、天利……!」
すぐさま近づいて、様子を確認する。
息が荒い。
明らかに普通の状態ではない。
なにが……。
そこで、ふと視界にゴミ箱が入った。
そうだ……そういえば、ヴェスカーさんの手紙、途中までしか呼んでない。
手紙は、テーブルの上にはない。さっき間違えて捨ててしまったのか!
慌ててゴミ箱を漁る。
「あった!」
見つけ出した手紙を読む。
その最後の部分。
――ああ、それと。
――この果物は女性が食べると精神が短時間だけ幼児に退行してしまうので気を付けるように。
……は?
一瞬、思考が真っ白になった。
と、背中に柔らかな感触。
首に細い腕が回された。
「えへへ~、しまつきー」
そして俺に後ろから抱きついた天利が、無邪気な笑みを浮かべた。
俺、この間章を書き終わったら、アイと二人きりのときに精神退行の実を食べさせるんだ。