間章 臣護のいない日・下
探すこと、約一時間。
とある段ボールに、何冊ものアルバムが詰め込まれているのを見つけた。
これ……かしら?
思い、そのうちの一冊を手にとって開いてみる。
出てきたのは、小さな男の子の写真。たぶん、八歳くらいだろうか。
うわ……。
嶋搗、小っちゃ……。
しかも今からは想像もできないような笑顔だし。
やっぱりあいつにもこういう時代はあったのねえ……。
あ、そうだ。
どうせなら古いのから順に、あいつの成長を追う形でみていこう。
えっと、このアルバムが八番って書かれてるから……一番はどこかしらね……っと、これだ。
開くと、赤ん坊の頃の嶋搗の写真がびっしり貼り付けられていた。
たくさんあるわね……嶋搗って、両親にずいぶん愛されていたんだなあ。
なんだか見ているこっちまで胸が暖かくなってくる。
一ページずつアルバムをめくるうちに、徐々に写真の中の嶋搗は成長を遂げていく。
人の成長っていうのは、すごいもんね。
そんなことを感じつつ、二番目のアルバムに移る。
うわ……これって幼稚園の入園式?
あはは。嶋搗ってば可愛いわね。
「うわっ」
思わず声が出る。
これは……たぶんなにか悪いことをしたのだろう。
母親に怒られて泣きべそをかいている嶋搗の写真。
なにしちゃったのかしらねえ。
笑んで、続きを楽しむ。
それにしても……こういうのって、ちょっといいな。
私の家族は、母親だけは生きているけれど、それでも嶋搗の家族ような、暖かなものではない。
あんな女……母親だなんて私は認めない。
っと、気分が悪くなることを今考えることないわよね。
それよりも嶋搗嶋搗、と。
†
温泉にも入った。散歩もした。それなりに、気分はさっぱりした。
今は部屋に敷かれた布団に横になっているところだ。
もう電気も消して、真っ暗闇になった部屋の天井を見つめ、ふと思う。
そういえば、昔にも家族で京都にきたことがあったっけか。
その時はもちろん、こんな高級旅館じゃなく、普通の安宿だったが……。
子供の頃のことであまりよくは覚えていないが……それでも漠然と、面白かった、ということだけは思い出せる。
家族、ね。
……今更、だな。
本当に今更だ。
こんなこと考えたって、どうしようもない。過去を懐かしむような年齢にはなっちゃいないしな。
そいうのは年くって、身体の自由がきかなくなってきたくらいに……だろうさ。
それまでは、後ろなんて振り向くこともないだろう。
「寝るか」
呟き、布団を肩のところまで上げる。
……しかし、なんだろうな。
ちょっとだけ、落ち着かない感じがある。
どうしてだろう。
少しの間考えて、もしかして、と思い当たることを見つけた。
あまりにのんびりしすぎて、それが逆に違和感になっているのだろうか?
……はは。
俺ってやつは、どんだけハマってるんだか。
自分自身に呆れつつ、明日起きたら家に帰ろう、と決めた。
俺にはやっぱり、こういうのどかな雰囲気より、馬鹿みたいなやつらに囲まれる雰囲気のほうがお似合いらしい。はなはだ認めたくはない事実ではあるが。
†
「っ、と」
電話の着信音に、はっとする。
ポケットから携帯電話を取り出して、誰からの電話か、ディスプレイを見て確認。
あ、アイか。
通話ボタンを押す。
『あ、悠希? 今どこにいるの?』
一番にそれと問われ、ちょっと迷う。
普通に嶋搗の家にいる、といえばいいのだろうけれど……こんなところに忍び込んでいるせいか、ちょっとそれを言うのは気が引けた。
「んー。ま、ちょっと野暮用でね」
『ふうん』
適当にごまかしておく。
アイも余計な追及はしないでくれた。
『というか、今日はもう帰ってこないの?』
「え?」
『だってほら、もう十二時だし』
って、嘘!?
もう十二時なの?
真夜中じゃない……。
そんな時間になったのも気づかないくらいに夢中になってたんだ。
あはは……。
「ごめん、連絡先に入れればよかったわね。ちょっと今日は……」
――って私なにを言うつもりよ。
今日は、まさか帰れないとでも?
じゃあまさか、このまま嶋搗の家に居続けるつもり?
それは……でも……。
『今日は帰ってこれないんだね? 分かった。じゃあ私は寝るから。おやすみ、悠希』
「あ、ええ。おやすみなさい、アイ」
気づけば、通話は終了していた。
……まあ、いっか。
嶋搗がいつ帰ってくるのか、気になるし。
っていうかまだ帰ってこないのね。
んー……。
嶋搗が帰ってくる前にここを引き上げて、バレないようにしないといけないんだけど……嶋搗も、流石に今日はもう帰ってこない、わよね?
それじゃあ、あともう少しくらい見ててもいいかな。
というわけで、アルバムに再び手を伸ばす。
でも、やっぱりいいなあ……こういう家族。
私もいつか、こんな家族を作れるのだろうか?
……?
いやいや、私ってば何考えてるのよ。
家族とか、いきなり話飛躍しすぎじゃない。
まったく……そもそも相手は誰よ。家庭を一緒に築く相手は。
……嶋搗、とか?
「いや、ないない」
声にまで出して、自分の考えを否定する。
嶋搗と、だなんて……。
そんなこと、ねえ?
†
……昼頃に家に帰ってきた。
帰ってきた、はいいんだが……おい。
どうして、玄関に天利の靴があるんだ? それに、俺の寝室に脚立が出ててるし……天井のところが開いているし。
一応、他の場所を見てみるが、天利の姿はない。
……あいつ。
若干、目じりの辺りが引き攣った。
いくらなんでもプライバシーの侵害もすぎるぞ。そもそも、どうやって俺の家に入ったんだ。
脚立を上って、小さな空間に入り込む。
そこで……天利の姿を見つけた。
けれど、天利は……。
「ん……すぅ……」
眠っていた。
そのすぐ横には、山積みにされた俺のアルバム。
勝手に見ていやがったのか……。
くそ。
文句の一つでも言ってやらなきゃ気がすまないな。
……でも。
「すぅ……すぅ……」
まあそれは、こいつが起きてからでも構わないか。
苦笑し、俺はアルバムを段ボールに戻した。
気持よさそうに寝やがって。どんな夢を見てるのかね。
アマリンの夢はきっと将来の家庭……こいつらはやく結婚しねぇかなあ。