間章 臣護のいない日・中
勝手知ったるなんとやら。
嶋搗の家には、これまでにも何度も訪れたことがある。
特に戸惑うこともなく、リビングに入った。そして、エアコンの冷房を入れる。
この嶋搗の部屋は、かなり綺麗にされていた。
……ただ、二点ばかりおかしな点があるが。
まずは、一番目につく、リビングのテーブルの上にピラミッド状に積まれたコーラの空き缶。
次に、冷蔵庫に限界まで詰め込まれた缶コーラ。
……あのコーラ中毒者め。
とりあえず空き缶はかたしなさいよ。どうしてこれだけは綺麗にできないのかしら。
前に聞いたけれど、なんとなく面倒だ、とか言っていたっけ。
……はあ。
とりあえず、なんだかそれを見ていると落ち着かないので、勝手にゴミ袋を出して、その中に空き缶を詰め込む。
よし。
そこで、改めて部屋の中を確認した。
やっぱり広い。
贅沢してるわよねえ……私も人のこと言えないけど。
ソファーに腰を下ろして、しばらくぼんやり部屋の中を眺めてみる。
んー……。
暇ね。
嶋搗が帰って来る気配はないし。
どうしようかしら。
そういえば、小暮さんがいろいろ探していい、とか言っていたけれど……なにを探せって言うのだろう?
……エロ本?
男の一人暮らしっていうと、なんとなくそういうのが隠されてるイメージがある。
でも……あの臣護だしなあ。
探しても見つからなそう。あるなしに関わらず。
あいつがエロ本を買うところが想像できないし、例え買っていたとしても周到に隠しているに決まっている。
……あー。
やばい。
あるんなら意地でも見つけ出したくなってきた。
その時の嶋搗の顔を想像したら……よし。
「探すか!」
私は意気込んで、ソファーから立ちあがった。
†
携帯電話には、意外と多くの電話やメールの着信があった。が、全て無視した。今はもう携帯電話の電源から落としてしまっている。
休みのときまで疲れることに巻き込まれてたまるかっていうんだ。
場所は、山奥にある隠れ宿。
それなりに高いところだが、まあ俺に払えない程度ではない。というか俺に払えなかったら非常にまずいだろうな。大富豪レベルでもなければ泊まれないということになってしまう。
まあそんな大げさに言ってみたが……普通に普通の高級旅館の料金だ。
部屋はもちろん和風で、風情がある。障子窓から涼しい風が吹き込んでくるのが、それをさらに演出していた。
……たまには、こういうのもいいな。
茶を飲みながら、疲れを溜息と共に吐き出す。
また今度、来よう。
思いながら、これからどうするかな、と考える。
とりあえずゆっくりしたら温泉に入って、ゆっくりして、軽く散歩して、温泉にはいって、ゆっくりして、寝よう。
……ふぅ。
茶が美味い。
――あれ?
なんか俺、今すごい年寄りじみてないか?
†
「やっぱり、ないか……」
家中探しまわったが、やっぱりエロ本の類は見つからない。
むぅ……。
寝室は本命だったんだけどなあ……駄目だ。
諦めるしかないか。これ以上やるのも悪趣味だろうし。
ふと、時計を見る。
うわ……私、こんなことにどれだけ時間を浪費してるのよ。
っていうか嶋搗、まだ帰ってこないの?
数歩下がって、そのまま後ろ向きにベッドに倒れる。
……嶋搗の匂いだ。
まああいつのベッドなんだから当然なんだけど。
でもなんだか、ちょっと落ち着くな……。
眠くなりそう。
眠っちゃっても、いいかな……。
…………あれ?
そこで私は、視界の内側に小さな違和感を感じた。
なんだろ。なんかおかしいな……。
思い、目を凝らして見る。そうして、気付いた。
天上に、四角い溝。
あれって……なんだろ。
身体を起こして、ベッドの上に立って天上に手を伸ばしてみる。
けど……届かない。
なにかないかしら?
あ、そうだ。そういえばさっき、脚立見つけたっけ。なんに使うのかと思ったら……もしかして……。
脚立を寝室に運び込んで、それを使って天上に手を伸ばした。
よし。やっぱり、これなら届く。
溝のところを、押してみる。すると、そこが開いた。
……うわ。これもしかして、倉庫かなにか?
どうしてこんなところに倉庫なんて……利便性がないにも程があるわよ……。
呆れながら、小さな穴から倉庫の中に身体を滑り込ませる。
狭い……。
それは、なにも倉庫の小ささからではない。
そこに大量に置かれたもののせいだ。
段ボールの山。
……なんなのかしら?
気になって、近くに会った段ボールを開けてみる。
その中に入っていたのは……えっと、これは……どういうことだろう?
女物の服とか、化粧品とか、装飾品とか……いろいろ入っていた。
なんでこんなものを嶋搗が……。
まさか、女そ――いや、まさか。ありえない。
なにか理由があるはずだ。
そう思って、もう少し段ボールの中身を探ってみる。
そして一枚の写真立てに入った写真が出てきた。
写っていたのは、一人の女性。優しい笑顔を浮かべ、小さな赤ん坊を胸に抱いている。
これは……まさか……。
嶋搗の、お母さん?
それじゃあこれは……あいつのお母さんの、遺品、か……。
……そっか。
嶋搗、ちゃんとご両親の遺品とか、とってあるのね。
いいお母さんそうじゃない。
そっと出したものを段ボールに戻す。
そういえば……っていうことは、あの写真の赤ん坊って、嶋搗なのよね。
んー。嶋搗にも赤ん坊の頃があったのねえ。当たり前っちゃ当たり前だけれど。
……気になるな。
これだけ段ボールがあるのだ。なにも全てが全て遺品というわけではあるまい。中にはアルバムやらなにやらがきっとあるはず。
少しばかり後ろめたい気はするのだけれど……好奇心には勝てなかった。
さて……どの段ボールに嶋搗の昔の写真とかがあるのかしらねー。
†
……なんだ?
なんだか、ちょっと寒気がするぞ。
いくら露店風呂とはいえ、お湯は十分温かいし、そもそもこんな時期にこんな寒気がするものだろうか?
ふむ……。
まあ、気のせい、か。
うん、そうだ。
一人頷き、肩まで温泉につかる。
ふぅ……いい湯だ。
極楽極楽。
……まずいな。
やっぱり俺、年寄りじみてる。