6-20
倒れたオールフィオスに歩み寄る。
「……ごふっ」
「――……」
心臓を一突きにされて……しかしそれでもまだ、オールフィオスは生きていた。
それは同時に、間違いなく、死に体ではあったが。
「妾の勝ちだ」
告げて、また再び、黒の槍を生み出す。
「――勝ち?」
ひどく掠れた声で、オールフィオスが口元を歪めた。
そして、その肩が微かに揺れて……その度に、胸の傷から大量の血がこぼれ出す。
それでもオールフィオスは笑うのをやめない。
「なにがおかしい?」
「おかしいとも」
そもそも、と。
オールフィオスは、妾の瞳を覗きこんだ。
「我を倒したから……それで勝利? 片腹が痛い」
「……」
「貴様が自らの勝利を宣言していいのは、この世界の全てを支配してからだ。この世界の全ての上位に、貴様が立つことで……初めて貴様の勝利は成る」
鋭い眼光は、今死を目の前に控えさせた人間のものとは、とてもではないけれど思えない。
「そして、そんな日が訪れることはない。貴様らは、マギにとって最大の異物。それが、容易に受け入れられるものか。故に、貴様のその思想は、果されることはない」
……そんなことを言われずとも、分かっている。
マギは、今の妾達の思想を広めるには、余りに凝り固まり過ぎているのだ。
だが……だからどうした。
凝り固まっていると言うのなら、それを一つ一つ、例えどれほどの時間がかかろうとも解けばいい。
そうすれば、ほんとうに少しずつでも、世界は変わってゆく。
どれほどの時間がかかるかは分からない。
もしかしたら妾が生きているうちには不可能かもしれないし、多くの人間に反抗されるかもしれない。
それを受け止める覚悟は、既にしている。
故に……オールフィオスの言葉に揺らぐことなどはない。
それに何より……、
「この思想は、妾だけのものではない。妾の強き仲間達が全員求めたもの。例え妾が志し半ばで倒れるようなことがあろうとも、それを誰かが引き継いでくれる」
それを思えば、他にどんな憂慮があるものか。
「貴様の言葉など、幼子が持つ短剣ほどの役割も果たせない」
さて……。
ついにこの時が、やってきたか。
槍を振り上げる。
「貴様はここで朽ち果てろ。そして、新しい時代をそこから始める。貴様はその礎となれ」
「ふん……一つだけ、忠告しておいてやろう」
「忠告?」
オールフィオスが、私に?
ろくなことではないだろうが、まあ一応聞くとしよう。
「言ってみろ」
「王は……決して他の何者とも同等ではない。愛すべき者……そんなものがいてはならない。王は孤高で、逸脱していなければならない。何故ならば、王は、王でなければならないのだ。そうでなければ、王はいずれ破滅する」
……なんだ。
意外と、まともな忠告じゃないか。
「どういう風の吹きまわしだ?」
「ふん……大した理由などではない」
――……。
そう言うオールフィオスの表情は、何故だか、どこかすがすがしそう。
……少しだけ疑問に感じていたことがある。
オールフィオスは、前から妾が不穏な動きをとっていることに気づいていたらしい。ならば、なにかしらの対応が取れた筈だ。
だというのにオールフィオスは妾が行動に出るまで、それに触れてこなかった。
何故だ?
もちろん、オールフィオスの、妾の行動などどうということもない、という慢心からのことなのかもしれない。
けれど、それはなんだか……違う気がしたら。
オールフィオスは言った。
王に、愛すべき者などいてはならない、と。そうでなければ、王はいずれ破滅すると。
オールフィオスは、今こうして破滅を辿った。
ならば、逆に考えたらどうなる。
破滅したオールフィオスには、愛すべき者などというものがいたのだろうか。
いたとしたら、それはまさか……。
――いや。
考えるのは、止める。
そんなことはありえないし、今更どうでもいいことだ。
「オールフィオス。妾は王になる。しかしそれは、人を捨てると言うことではない」
「……」
「貴様は、そこで過ったのだ。強さを履き間違えている」
強さとは、決して孤高であることではない。
少なくとも、妾にとっては、違う。
妾の強さ。それは……、
「妾には素晴らしい仲間達がいる。その仲間達と共に、妾は戦ってきた……」
簡単にそれを言うのであれば……そう。
「強さとは……共に歩んでくれる者達と、協力するということ……」
「……理解出来んな」
「そうか」
まあ、理解できないというのなら、それでも構わない。
分かって欲しいわけでもない。
「妾は、これから多くの者達と協力し、人の力によってマギを変える。貴様は、それをあの世から見ていればいい」
「……いいだろう」
オールフィオスが笑う。
もう、胸の傷から血は流れていない。
流れるほどの血も残っていないのだ。
それでもまだ、オールフィオスは生きている。
もう、引導を渡そう。
「そう言うのであれば、貴様が後から来るのを、向こうで待っていることにしよう。精々、野垂れ時にせぬように気を付けるがいい」
「馬鹿め、野垂れ時にというのは貴様のその死に様を言うのだ。妾がそんな無様を晒すわけがないだろう」
「言ってくれる」
互いに、少しだけ笑った。
……さて。
「楽にしてやろう」
黒き槍が、空に浮かぶ。
それがそのまま……落ちた。
穂先は、オールフィオスの頭に。
オールフィオスが、瞳を閉じる。
次の瞬間。
――――。
超眠い状態で書いたからもしかしたら変なことになってるかも。