6-19
魔力が、炸裂する。
妾とオールフィオスを中心に、破壊の渦が広がる。
「ふん……まだ様子見といったところか」
まさか今のが全力ではあるまい。
妾の手に、炎が灯り、それを地面に落とす――途端、辺り一面が、火の海に変わる。
火炎の波に、オールフィオスが飲みこまれた。
そして――……炎が凍りつく。
異常な光景。
火が凍るという、矛盾。
その矛盾すら可能にするのが……オールフィオスがマギの王である由縁なのだろう。
凍りついた炎が砕け散り、氷片の嵐が吹き荒れる。
その嵐の真ん中を突っ切り、オールフィオスへと肉薄する。
「全力で来い。でなければ、それすら見せずに貴様は敗北するぞ!」
「ふん。戯言を……」
手に魔力を纏わせて、即席の刃を作り出す。
そのまま、それをオールフィオスに突き刺そうとして……寸のところで、障壁によって阻まれる。
「滅びるがいい」
身体に、魔力の鎖が巻きついた。
オールフィオスの周囲に、巨大な三つの魔力球が現れる。
その魔力球から……それぞれ巨大な砲撃が妾に放たれた。
っ……流石、だな。
だが……ぬるい。
「たかが魔術で妾をどうこうできるものか」
笑む。
と同時、妾の足元から、何かが突き出す。
それは分厚い金属の防壁だ。
それが砲撃から妾を守る。
強力な砲撃も、この強化高度金属の壁は破れぬ。砲撃が途切れ、そこにあったのはほんの少し溶けた跡のある防壁の表面。
「このオケアヌスの全てが妾の守護であると言っておこう」
つまり、この島にいる限り、妾に敵対する者は、島全てを敵に回すと言うこと。
果たしてそれに耐えられるか。愚王よ。
片手を掲げる。
それに合わせて、妾の後方にある建造物が展開する。
その建造物の中から現れたのは……無数の黒光りする大口径の銃身。
手を振り下ろした。
銃口から、一斉に砲火が弾ける。
絶え間ぬ炸裂音と共に、十分すぎる殺傷能力を持った銃弾が大量にばらまかれた。
それに対し、オールフィオスは軽く鼻を鳴らし……刹那、全ての銃身が爆発する。
オールフィオスの魔力弾がそれぞれを正確に打ち抜いたのだ。
「この島が貴様を守護するというのならば、それで構わん。どうせどちらも滅ぼすのだからな」
「出来ないし、させはしない」
今度は、どこからか小型のミサイルがオールフィオスに撃ち出される。
着弾。
爆発が巻き起こった。
その爆煙の中、オールフィオスに肉薄し、近距離からの魔力砲撃を行う。
妾の砲撃は、あっさりとオールフィアスの障壁に弾かれる。
……硬いな。
簡単には貫けない、か。
しかし……それだけだ。
貫けないのなら、貫けるまでやればいいだけのこと……!
「最早貴様は――この世界に必要ないのだ!」
「マギは我が王であるからこそ存在し得るのだ」
何を言うかと思えば……、
「笑わせるな。この世界の歪みを知らぬわけでもないだろう。それで何もしようとしない貴様は、王になど相応しくない!」
「歪み? なんのことだ?」
心底から、理解できないという声色。
つまり、そういうこと。
オールフィオスにとって、魔術師でない人間が虐げられるというのは当然のことであり、今この世界が魔術という力に依存しすぎている状態も、何ら不思議ではないということ。
世界も世界ならば、王も王だな……。
懐から、拳銃を取り出す。
もちろん、ただの拳銃ではない。
M・T社の、試作兵器だ。
その機能は――、
「貴様は、妾に倒されろ……!」
トリガーを引く。
と……閃光。
銃口から、その口径に見合わない巨大な魔力の砲撃が放たれる。
魔力さえ込めれば、トリガーを引くだけで砲撃魔術が発動する。そういう兵器だ。
放たれた砲撃が、オールフィオスの障壁に防がれ……すぐに次弾を放つ。
二発、三発、四発……。
トリガーを妾の指が絞る度に、砲撃が放たれた。
なるほど……これはまた、随分と凶悪な兵器だな。
ぴしり、と。
僅かにではあるが、確かにオールフィオスの障壁にひびが入る。
よし……このまま――。
「おとなしくやられたままだと思うか?」
身に迫る危険を感じて、妾は一歩後ろ下がる。
と、不意に放たれた魔力の刃が首の薄皮一枚を切り裂く。
「いい加減、貴様に付き合うのも飽いた。終わらせてやろう」
轟、と。
魔力がオールフィオスの下に集う。
まずい……。
慌てて、砲撃を放つ。
が、それはオールフィオスの障壁によって弾かれてしまった。
あれだけの魔力を集めながら、障壁も同時に張るか……!
逡巡は、一瞬にも満たなかった。
私も、全力で魔力を集める。
魔力が密度を増し、そして空間を歪めていく。
歪みの中から、色が現れる。あるいは、喪われる。
それは黒。
黒が、じわりと滲みだす。
現実から乖離した、特異なる概念。
ありとあらゆるものを、有から無へと反転させる魔術が至るべき場所。
――黒の魔術。
妾の黒の魔術は……一本の槍。
漆黒の長槍だ。
それが、私の肩の上あたりに浮かんでいる。
対し、オールフィオスも、黒の魔術を完成させていた。
オールフィオスの黒の魔術は、黒い剣。
奇しくも、妾とオールフィオスの黒の魔術は、ひどく似通っていた。
それがどういった理由なのかは知らないし、考えたくもない。
「黒の魔術……ふん。貴様、使えたのか」
さして驚いた様子でもなく、オールフィオスが言う。
「言っただろう。貴様が知る妾の力など、本当の妾の実力ではない。アースには能ある鷹は、爪を隠すという言葉があるのだ。覚えておけ」
「……アース、か」
オールフィオスが、嘲笑を浮かべる。
「下賤な世界にどうしてそこまで入れ込むのか、理解に苦しむな」
「下賤、か……笑わせるなよ。貴様はアースが恐ろしいのだ。だからこそ、それを下賤と呼び、遠ざける」
馬鹿げたことだ。
そこに、一歩を踏み出す勇気を持たない子供と何の違いがある。まさにそれそのものではないか。
だから、貴様にはマギを巻かせられぬ。
ならば妾が担った方が何百倍もマシというものだ。
「この世界を、今より先に進ませる。その妾の思想を理解しろとは言わん。だがな、その思想に、貴様らが敗北していると、それだけはしっかりと理解させてやろう――力ずくでな」
妾の魔槍が、微かに震える。
「では父上、今更貴様を生かす意味もない。この世から退場願おうか。それをもって、娘からの最後の贈り物としよう。遠慮せずに受けとれ」
「ほざけ……小娘が。貴様のその慢心。そして血迷った思想。我が撃ち砕いてやろう」
動いたのは、どちらが先だったか。
長いような、短いような、静寂。
しん、と。
空気が張り詰めて……何の切っ掛けもなく、弾けた。
「はぁあああああああああああああああああああああああああっ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
妾が、槍を放つ。
オールフィオスは、剣を振るう。
両者が、衝突する。
黒と黒が触れ合い、世界が揺れた。
互いが互いに干渉し、巨大な力が唸りとなって辺りを駆け巡る。
それは、空白だった。
何が起きたのか、自分でもよく分からぬ。
ただ、過程はなく、結果が唐突に訪れた。
槍を放った姿勢のままの妾と、剣を振り下ろした状態のオールフィオス。
ぐらり、と。
倒れた。
胸には、はっきりとした傷跡。
地面に伏したのは、胸を槍に貫かれた、オールフィオスだった。
あと一、二話でこの章は終わりかなあ。
それで間章……間章かぁ。
どうすっかな。




