6-18
圧倒的、とはこのことを言うのだろう。
目の前で繰り広げられる臣護さんの戦いは、とてもではないが、私達などとは次元が違っていた。
臣護さんが剣を振るう度に、巨大な斬撃が雄叫びのような音を立てて風を裂く。
相手の魔術師達は、それに対して上手く回避行動を行っている。その動きは、間違いなく一流。
それでも、一流風情では臣護さんは傷つけることすら出来はしない。
八人の魔術師達も臣護さんの攻撃を避けながら魔力弾などを放つが、それは全て、臣護さんの目の前で軌道を歪曲させられ、受け流される。
臣護さんの身体の周囲には、加速された魔力が高密度で流動している。
言うなれば、それは不触の鎧。
そして臣護さんの剣は、万物を引き裂く刃。
その二つを兼ね備えた臣護さんは、間違いなく、至高の場所に立つ存在だ。
と――魔術師達が、一点に集まる。
……?
あれでは、一網打尽にしてくれと言っているようなものじゃない……。
疑問は、次の瞬間解消された。
八人の前に、巨大な障壁が作り出される。
王軍がオケアヌスに侵入した時と同じだ。複数の魔術師によって展開された魔術。
その障壁は、八人中、七人が協力して作り出しているようだった。
そして残りの一人は――、
「な……」
思わず、言葉を失う。
そこにあったのは、黒。
その魔術師の手元に、黒い特異概念の塊が生まれる。
あれは……黒の魔術……!?
まさか、黒の魔術が使えるなんて……!
幸いにも、まだ黒の魔術は完成してはいないようだった。それでも、せいぜい完成までは、数秒。
即座に臣護さんは動いていた。
障壁に、臣護さんの斬撃がぶつかる。
しかし、流石にあれだけの魔術師七人が協力して張った障壁。簡単には貫けない。
臣護さんが、斬撃を強く押し込む。そのまま障壁を圧し切るつもりなのだ。
けれど……それでは、間に合わない……!
「このまま何もなし、なんて格好悪いよね」
――と。
近くで、そんな声があがる。
イェスが、斬撃を受け止めている障壁に腕を向けた。
途端……障壁が揺れる。
次の瞬間、ばりん、と障壁が砕け散る。
イェスが、解放魔術で完全解放とまではいかずとも障壁を弱体化させたのだろう。
「このくらいは、しとかないと」
呟き、それで力を使い果たしたのか、イェスの腕が力なく落ちる。
臣護さんは、衝撃が破れた瞬間に黒の魔術を完成させようとしている魔術師に向かって翔け抜ける。
その進路上に、他の魔術師が妨げに入――ろうとして、
「させない!」
シオンの言葉と共に重力魔術が魔術師達に襲いかかる。
それによって、臣護さんの進路を妨げようとしていた行動に僅かな遅れが出る。そして、その僅かな遅れさえあれば……、
「――天地悉く、――」
私の刃が、
「――切り裂け!――」
届く……!
私の刀から放たれた斬撃が、臣護さんの邪魔になる魔術師達に命中する。それはあっさりと防がれてしまったが……構うものか。
これだけ時間を稼げば、あとは臣護さんが……。
「あまり無茶をするなよ……応急処置しかしていないんだ、傷が開くぞ」
その思いを肯定するかのように、魔術師の一人が放とうとしていた黒の魔術が、準備段階で大斬撃によって打ち消される。さらに斬撃はそのまま、その魔術師を地面へと叩き落とした。
……こんな時にまで私達の心配をしてくれるなんて、相変わらず、臣護さんは優しい。
まあでも、確かにこれ以上は動けない。
正直、意識が朦朧としてきた。
「臣護さん……あとは……」
「ああ、任せておけ」
何よりも頼りになるその言葉を最後に。
また、私は意識を失った。
†
残り七人。
……さっさと、終わらせよう。
リリーもイェスもシオンも、それに俺が堕としておいてなんだが、倒した魔術師達も、早く治療しなくてはいけない。
剣を、両手で下段に構える。
そして――前に飛び出した。
こちらに放たれる魔術は、全て魔力の加速流によって受け流している。
そのまま、まず一人目の懐に潜り込み、膝で思いきり蹴りあげる。
咽喉から空気が絞り出される音。ぐらりとそいつは崩れ落ち、地面に落ちていった。
さらに、振り向きざまに斬撃を放ち、二人、三人と撃墜する。
そこで、特攻のように左右から二人、俺に突っ込んできた。
剣を空に向かって放りあげる。
そして開いた両手を左右に掲げ……そこから加速した魔力を放出する。
二人はそれぞれ魔力の流れに身体を奪われ、そのまま地面に墜落、その衝撃で全身を破壊され、気絶する。
残り、二人。
先程放り投げた剣が回転しながら落ちて来たので、それを握り直す。
そして、残った二人のうち、片方の背後に移動すると、その首筋に剣を添えた。
剣に集められた魔力の制御を手放す。と、そこから大量の魔力が溢れ出し、まるで爆発のような勢いによって、魔術師を吹き飛ばした。
最後の一人には、真正面から接近した。
高速で近づく俺にカウンターを入れようと、相手が魔術を放ってくる。
それを受け流し、片手でそいつの首を掴むと、振り回すように地面に向かって放り投げた。
さらに追い打ちのように、斬撃を放つ。
最後の一人が、地面に身体半分ほどまで埋まる。
……。
「ふん……」
軽く何度か剣を振るった後、それを鞘へと収める。
まあ、こんなものか。
ルミニアが俺に求めた、奥のさらに奥の手。その役目は、果せただろう。
「さて……」
地面に降りる。
そして通信機器を懐から取り出すと、それを使って、ヴェスカーさんに連絡を取る。
ヴォン、と。空中に小さなモニターが浮かび上がり、そこにヴェスカーさんの顔が映りこむ。
……なんでこんないちいちSFじみてるんだ。
『どうかしたのかい?』
「……ああ。ヴェスカーさん。そっちも終りましたか?」
『ああ。こちらは、あとは残党を処理すれば終わりだ』
「そうですか。まあ、それはともかく、こっちに何人かよこしてください。怪我人が十三人ほど出ました」
そのうち十人は俺が怪我人にしたわけだが。
そこはわざわざ言うまでもないことだろう。
『……まさか、リリシアかい?』
「リリーもですね」
言った途端、ヴェスカーさんの顔色が変わる。
『すぐにそちらに向かう……!』
ぷつん、と。モニターが消えた。
……すごい表情してたな。
それだけリリーを大切にしているということなのだろう。
通信機器を懐に戻して、俺はふと視線を城の方向に向けた。
――ルミニア。負けるなよ。
†
遠くの方で、一つ、また一つと王ご自慢の駒の気配が消えていく。
「おやおや、どうしたのだろうな?」
くくっ、と。
咽喉の奥から堪え切れない笑みがこぼれた。
「……」
オールフィオスは、無言で妾を睨みつけていた。
「どうした、そんなくすぐったい視線を向けるな。これ以上妾を笑わせてどうするつもりだ?」
「……駒など、壊れればまた作ればいい」
オールフィオスが、一歩妾に近づく。
「ここで貴様を殺せば、我の勝ちだ」
「そう簡単にやられてやると思うか、父上?」
「貴様の実力など、たかが知れている」
たかが知れている、か。
ふむ。
「それは、一体どんな尺度で測って言ったのだ?」
「なんだと?」
「妾の力を、貴様はきちんと理解していると、そう断言できるのか?」
ならば、なんと愚かしいことか。
まさか、ここまで妾が自分の実力を隠していないとでも思っていたのか?
今こそ、妾の全てを見せる時。
「かかってこい、旧時代の王よ。貴様では役者不足だが、まあ特別に踊りの相手を務めてやろう」
臣護つえー……。