6-17
――冗談。
乾いた苦笑が、零れる。
真横を、何かが背後に向かって飛んでいく。
それは――シオンの身体。
突然の出来ごとだった。
まず、リリシアがやられた。
空に浮かぶあの十人の謎の魔術師から放たれた魔術に、リリシアは障壁を張り――しかしそれはまるで和紙のように貫かれ、そして彼女の脇腹から血が溢れた。
恐るべきは、それだけの威力をもつ魔術を放てると言うこと。しかも……私の解放魔術が発動された、その状況下で。
その感覚を、私は知っていた。
お兄ちゃんや、第四席と同じ。私の解放魔術の容量を上回る、魔力制御。
シオンは、巨大な筒状で放たれた魔力によって吹き飛ばされた。それでも、上手く防いだ方だ。
もしそこいらの半端な魔術師だったら、消し飛んでいてもおかしくないような攻撃だったのだから。
しかし、とはいえ……リリシアも、シオンも重症だ。それに、気絶している。
リリシアは脇腹の傷が明らかに軽くはないし、シオンも全身に怪我を負っている。
残されたのは、私だけ。
空を見上げる。
不気味な沈黙で、十の仮面がこちらを見下ろしている。
なんなの……あれ。
まるで感情を感じられない。
人形みたいだ……。
そう感じた、刹那。
魔力の動き。
私の解放魔術の枷をふり切って、魔力が魔術となり、そして鎖状になって、私の四肢を拘束した。
「しまっ……!」
手足を動かすが、そんな簡単に魔力の鎖をふりほどけるわけがない。
解放魔術を、集中的に鎖に放つ。
鎖が徐々に分解されていって……けれど、それはあまりにも遅すぎた。
空から、一本の鋭い魔力の刃が振り下ろされた。
っ……駄目だ!
私は鎖の分解を諦めて、代わりに放たれた魔力刃へと解放魔術を向けた。
飛んでくる刃が、ボロボロと崩れ落ちて……けれどそれでもなお十分な威力で、私の右肩から左太股あたりまで、一直線に肉を切った。
洒落にならないくらいの激痛と、灼熱。
視界が点滅する。
脳の回路が焼き切れるかのような、そんな錯覚。
「っ、ぁ……」
骨まで断たれなかったのが、唯一の救いか。
まだ傷は、見かけほど酷くはない。重症ではあるが、致命傷にはなっていない。
でも……どうしよう。
手脚は、未だに鎖に捕らわれている。リリシアとシオンは、後ろで瓦礫の中にぐったりと沈んでいる。
……はは。
なに、これ。
一分もかからずに、私達がこんな満身創痍にされるなんて……出鱈目も過ぎる。
空の上では、次の魔術の為に、大量の魔力が集められていた。
それこそ、ここら一帯ごと私達を消し去ろうと言う一撃を放つのだろう。それくらいの、魔力の濃さ。
……っ。
ここで、終わり?
その考えに、ぞっとする。
嫌だ。
こんなところで、終わりたくはない。
この世界で生きてみたいと思えてきたのに、それが出来ないまま死ぬなんて、嫌だ。
私は、死にたくない。
子供の頃、路上で願ったこと。
しかしそれ以上に強く、今、それを願った。
「……て、……にい……ん」
自然、口から、弱音が零れていた。
――助けて、お兄ちゃん。
しかし、お兄ちゃんはここにはいない。
そして敵が、魔術を完成させる。
巨大な魔力の渦が、空に出来ていた。
その中心から、高密度の魔力の矛が撃ち出され――
「まさか死んでないだろうな、お前ら」
――それを、巨大な魔力の刃が真っ二つに切り裂き、霧散させた。
その大斬撃を放った人の声が、聞こえた。
気付けば、その人は私の目の前にいて……。
「まったく……酷い怪我だな」
私の四肢を拘束していた鎖が、魔力の刃をぶつけられて千切れる。
倒れる私の身体を、一つの腕が優しく抱き留めてくれた。
そのまま、そっと横たえられる。
「ほら、これでも飲んどけ」
言って、錠剤の入った小さなケースを投げ渡される。
痛み止めとか増血剤とか、そのあたりかな……。
ありがたく、それを飲んでおく。
さらに、なにかスプレーを傷口に吹きかけられた。
「ぎ……っ!」
「我慢しろ」
ひどく染みる。
というか、すごく痛い。
けれどそんな私の様子など構うものかと、スプレーの噴射は続行される。
傷口全てにスプレーが吹きかけられたところで、その人は私から離れると、後ろにいたリリシアとシオンのもとに向かい――その背中に、空の魔術師達から魔術が放たれた。
「少し待ってろ。治療中だ」
それが、撃ち消される。
……うわぁ。
思わず、敵に同情した。
ただ、辺りの魔力を手当たり次第に魔術に向けて加速し、ぶつけただけ。
魔術とすら呼べないような、あまりに単純な、それでいて馬鹿げた威力の一撃。
……しかも敵を振り返ることすらしなかった。
前言撤回、だね。
あんな敵、出鱈目でも何でもない。
出鱈目っていうのは、この人のことを言うんだ。
リリシアとシオンに、私と同じ処置が行われる。
その過程で、二人も目を覚ましたらしい。
その顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
そう。
安堵したんだ。
だって、そうでしょ?
知っているんだ。
私達は、この人がどれだけ強いか。
――嶋搗臣護お兄ちゃんが誰かに敗北するなんて、そんな姿、想像もできないから。
お兄ちゃんが、剣を片手で構える。
感じたこともないくらいの魔力が、お兄ちゃんへと集まっていく。
……凄い魔力だ。
これまで見て来たお兄ちゃんの実力なんて、きっと、この数分の一程度でしかなかった。
初めて見るお兄ちゃんの全力に、本能的に身体が震えた。
「さて……」
お兄ちゃんが空の魔術師達を見上げ――まず、一人魔術師が堕ちた。
認知できない速度で放たれた斬撃が、魔術師の一人を地面に叩き落としたのだ。
「まず、一人」
地面が砕ける。
見れば、魔術師は地面に深くめりこみ、身動き一つしていなかった。
死んではいない。ただ、少なくともなんの治療もしなければ間違いなく死ぬ怪我だ。
それでも完全に殺していないところは……逆に凄いと思う。よくそんなギリギリの手加減が出来るものだ。
それよりも気になったのは……落下した魔術師の、砕けた仮面の下にあった素顔。
それは、何の特徴もない男の顔だった。
ただし……その瞳に、生気がない。
なにも、お兄ちゃんの攻撃のせいではないだろう。
そもそもおかしいんだ。
これだけの実力をもつ魔術師が、どうして十人も揃っているのか。普通、お兄ちゃんのような規格外でもなければ、どれだけ才能があっても死ぬほど努力しなければ、あんな強さは手に入らない。
そんな魔術師が、早々十人も現れるだろうか?
その疑問への答えを、導き出せた。
確かに、才能はあったのだろう。
死ぬほどの努力もしただろう。
ただし……そこには、非人道的な強制があったに違いない。
薬物による洗脳に、後は無理矢理な力の底上げ、といったところか。
それが、あの虚ろな瞳であり、人形のような彼らの正体。
強力で、忠実な肉の兵器。
……なんて、悪趣味。
「王とやらも、随分やってくれるな」
お兄ちゃんも、そのことに気付いたらしい。
鋭く、双眸が細められる。
と――その姿が消えた。
探せば、お兄ちゃんは、いつの間にか空に浮かぶ魔術師の内、一人の背後にいた。
「もうそんなゲスから解放してやる。痛いだろうが、悪いな。まあ、半年もあれば完治するさ」
お兄ちゃんの拳が魔術師の腹を殴る。
殴られた魔術師は、そのまま地面に叩きつけられた。
残る魔術師は、八人。
我ながら臣護が……なんていうか、やりすぎだよ。