表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/179

6-17


 ――冗談。


 乾いた苦笑が、零れる。


 真横を、何かが背後に向かって飛んでいく。


 それは――シオンの身体。


 突然の出来ごとだった。


 まず、リリシアがやられた。


 空に浮かぶあの十人の謎の魔術師から放たれた魔術に、リリシアは障壁を張り――しかしそれはまるで和紙のように貫かれ、そして彼女の脇腹から血が溢れた。


 恐るべきは、それだけの威力をもつ魔術を放てると言うこと。しかも……私の解放魔術が発動された、その状況下で。


 その感覚を、私は知っていた。


 お兄ちゃんや、第四席と同じ。私の解放魔術の容量を上回る、魔力制御。


 シオンは、巨大な筒状で放たれた魔力によって吹き飛ばされた。それでも、上手く防いだ方だ。


 もしそこいらの半端な魔術師だったら、消し飛んでいてもおかしくないような攻撃だったのだから。


 しかし、とはいえ……リリシアも、シオンも重症だ。それに、気絶している。


 リリシアは脇腹の傷が明らかに軽くはないし、シオンも全身に怪我を負っている。


 残されたのは、私だけ。


 空を見上げる。


 不気味な沈黙で、十の仮面がこちらを見下ろしている。


 なんなの……あれ。


 まるで感情を感じられない。


 人形みたいだ……。


 そう感じた、刹那。


 魔力の動き。


 私の解放魔術の枷をふり切って、魔力が魔術となり、そして鎖状になって、私の四肢を拘束した。 



「しまっ……!」



 手足を動かすが、そんな簡単に魔力の鎖をふりほどけるわけがない。


 解放魔術を、集中的に鎖に放つ。


 鎖が徐々に分解されていって……けれど、それはあまりにも遅すぎた。


 空から、一本の鋭い魔力の刃が振り下ろされた。


 っ……駄目だ!


 私は鎖の分解を諦めて、代わりに放たれた魔力刃へと解放魔術を向けた。


 飛んでくる刃が、ボロボロと崩れ落ちて……けれどそれでもなお十分な威力で、私の右肩から左太股あたりまで、一直線に肉を切った。


 洒落にならないくらいの激痛と、灼熱。


 視界が点滅する。


 脳の回路が焼き切れるかのような、そんな錯覚。



「っ、ぁ……」



 骨まで断たれなかったのが、唯一の救いか。


 まだ傷は、見かけほど酷くはない。重症ではあるが、致命傷にはなっていない。


 でも……どうしよう。


 手脚は、未だに鎖に捕らわれている。リリシアとシオンは、後ろで瓦礫の中にぐったりと沈んでいる。


 ……はは。


 なに、これ。


 一分もかからずに、私達がこんな満身創痍にされるなんて……出鱈目も過ぎる。


 空の上では、次の魔術の為に、大量の魔力が集められていた。


 それこそ、ここら一帯ごと私達を消し去ろうと言う一撃を放つのだろう。それくらいの、魔力の濃さ。


 ……っ。


 ここで、終わり?


 その考えに、ぞっとする。


 嫌だ。


 こんなところで、終わりたくはない。


 この世界で生きてみたいと思えてきたのに、それが出来ないまま死ぬなんて、嫌だ。


 私は、死にたくない。


 子供の頃、路上で願ったこと。


 しかしそれ以上に強く、今、それを願った。



「……て、……にい……ん」



 自然、口から、弱音が零れていた。


 ――助けて、お兄ちゃん。


 しかし、お兄ちゃんはここにはいない。


 そして敵が、魔術を完成させる。


 巨大な魔力の渦が、空に出来ていた。


 その中心から、高密度の魔力の矛が撃ち出され――




「まさか死んでないだろうな、お前ら」




 ――それを、巨大な魔力の刃が真っ二つに切り裂き、霧散させた。


 その大斬撃を放った人の声が、聞こえた。


 気付けば、その人は私の目の前にいて……。



「まったく……酷い怪我だな」



 私の四肢を拘束していた鎖が、魔力の刃をぶつけられて千切れる。


 倒れる私の身体を、一つの腕が優しく抱き留めてくれた。


 そのまま、そっと横たえられる。



「ほら、これでも飲んどけ」



 言って、錠剤の入った小さなケースを投げ渡される。


 痛み止めとか増血剤とか、そのあたりかな……。


 ありがたく、それを飲んでおく。


 さらに、なにかスプレーを傷口に吹きかけられた。



「ぎ……っ!」

「我慢しろ」



 ひどく染みる。


 というか、すごく痛い。


 けれどそんな私の様子など構うものかと、スプレーの噴射は続行される。


 傷口全てにスプレーが吹きかけられたところで、その人は私から離れると、後ろにいたリリシアとシオンのもとに向かい――その背中に、空の魔術師達から魔術が放たれた。



「少し待ってろ。治療中だ」



 それが、撃ち消される。


 ……うわぁ。


 思わず、敵に同情した。


 ただ、辺りの魔力を手当たり次第に魔術に向けて加速し、ぶつけただけ。


 魔術とすら呼べないような、あまりに単純な、それでいて馬鹿げた威力の一撃。


 ……しかも敵を振り返ることすらしなかった。


 前言撤回、だね。


 あんな敵、出鱈目でも何でもない。


 出鱈目っていうのは、この人のことを言うんだ。


 リリシアとシオンに、私と同じ処置が行われる。


 その過程で、二人も目を覚ましたらしい。


 その顔を見て、安堵の表情を浮かべた。


 そう。


 安堵したんだ。


 だって、そうでしょ?


 知っているんだ。


 私達は、この人がどれだけ強いか。




 ――嶋搗臣護お兄ちゃんが誰かに敗北するなんて、そんな姿、想像もできないから。




 お兄ちゃんが、剣を片手で構える。


 感じたこともないくらいの魔力が、お兄ちゃんへと集まっていく。


 ……凄い魔力だ。


 これまで見て来たお兄ちゃんの実力なんて、きっと、この数分の一程度でしかなかった。


 初めて見るお兄ちゃんの全力に、本能的に身体が震えた。



「さて……」



 お兄ちゃんが空の魔術師達を見上げ――まず、一人魔術師が堕ちた。


 認知できない速度で放たれた斬撃が、魔術師の一人を地面に叩き落としたのだ。



「まず、一人」



 地面が砕ける。


 見れば、魔術師は地面に深くめりこみ、身動き一つしていなかった。


 死んではいない。ただ、少なくともなんの治療もしなければ間違いなく死ぬ怪我だ。


 それでも完全に殺していないところは……逆に凄いと思う。よくそんなギリギリの手加減が出来るものだ。


 それよりも気になったのは……落下した魔術師の、砕けた仮面の下にあった素顔。


 それは、何の特徴もない男の顔だった。


 ただし……その瞳に、生気がない。


 なにも、お兄ちゃんの攻撃のせいではないだろう。


 そもそもおかしいんだ。


 これだけの実力をもつ魔術師が、どうして十人も揃っているのか。普通、お兄ちゃんのような規格外でもなければ、どれだけ才能があっても死ぬほど努力しなければ、あんな強さは手に入らない。


 そんな魔術師が、早々十人も現れるだろうか?


 その疑問への答えを、導き出せた。


 確かに、才能はあったのだろう。


 死ぬほどの努力もしただろう。


 ただし……そこには、非人道的な強制があったに違いない。


 薬物による洗脳に、後は無理矢理な力の底上げ、といったところか。


 それが、あの虚ろな瞳であり、人形のような彼らの正体。


 強力で、忠実な肉の兵器。


 ……なんて、悪趣味。



「王とやらも、随分やってくれるな」



 お兄ちゃんも、そのことに気付いたらしい。


 鋭く、双眸が細められる。


 と――その姿が消えた。


 探せば、お兄ちゃんは、いつの間にか空に浮かぶ魔術師の内、一人の背後にいた。



「もうそんなゲスから解放してやる。痛いだろうが、悪いな。まあ、半年もあれば完治するさ」



 お兄ちゃんの拳が魔術師の腹を殴る。


 殴られた魔術師は、そのまま地面に叩きつけられた。


 残る魔術師は、八人。


我ながら臣護が……なんていうか、やりすぎだよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ