6-16
私とイェス、シオンの三人は、一番戦火の激しい地域での戦闘に交じっていた。
王軍の魔術師達から放たれる幾重もの魔術を薙ぎ払い、一気に薙ぎ払う。
数でいえば向こうが上だが、しかしほかの多くの面ではこちらが上回っている。
まず、火力。
オケアヌスの防衛機構として各所に設置されている、大口径の自動砲や機銃などによって、多くの命が燃やしつくされる。
今も、まだ巨大な炎によって何人もの敵の命が燃え尽きた。
それを……少しだけ、辛く感じる。
いくら覚悟を決めたとはいえ、やはり現実に人の死を目前にするのは……どうにも、いやな感じがする。
同情するつもりはない。
敵は敵だ。
それを倒さなければ、やられるだけ。
ならばやるしかない。
他人を傷つけるくらいならば自分が――などという聖人になどなれるわけがない。
私は、怖いのだ。
直に手を下しているわけではない。
しかし、間違いなく私は殺している側の人間だ。
そして怖いのは……そんな自分が、もし逆の側に回ったら、なんて……そんな思い。
もし私が一歩間違えて殺される側になったら……それは、ひどく恐ろしいことだ。
なにもかもを失う。
理想。
誇り。
大切な人への、気持ち。
それを、必死につかみ続けたい。
だからこそ、私は……。
その気持ちを支えに、魔導水銀刀を握り締める。
そこに魔力を込めて、飛んできた敵の魔術を打ち消す。
そうして、隙が生まれた王軍に味方の攻撃が放たれる。
また、いくつもの命が消えた。
――大丈夫。
やらなくてはならないことなんだ。
この罪を背負う覚悟は、決めている。
マギという世界を粛清するために、私は――私達は、甘んじて殺人者を名乗ろう。
「敵を討て!」
叫ぶ。
それに呼応するように、味方の士気が上がる。
まるで、一つの巨大な獣が咆哮したかのような、いくつも重なる雄たけび。
味方が敵を押しこむ。
それを見ながら、私は少しだけ、疲れた体を休ませる。
「……小さいようで、大きな戦いだね」
後ろから、イェスとシオンが近づいてきた。
「そうね……数でみれば、王軍千人に対して私達五百人弱。小規模の戦力の衝突。けれどこれは……間違いなく、マギの次代を担う者達を決める戦いよ」
この戦いに勝利した方が、その権利を得るのだ。
「姫様は……」
シオンが、城の方を見る。
そちらから、確かに感じた。
……私達の、王の気配を。
そしてもう一人、それに相対する、強大な気配。
間違いなく……それは彼女の父であり、現マギ王である、あの男のもの。
あの二人の戦いも、はじまる。
「大丈夫でしょうか?」
「心配することはないわ」
「そうだよ」
私とイェスが、シオンに笑いかける。
「私達は、ルミニア様に自らの命運を預けられると、そう思ったからここにいる。それだけの人が、負けるなんて……そんなの、何よりも許されないわ」
そう。
許されない、だ。
それは義務。
ほかでもない、人の上に立つ……王としての。
それを一番理解しているのは、ルミニア様自身。
だから……不安に思うこともない。
「それよりも、私達は、私達の役目を果たさなくてはね。ルミニア様の道を邪魔する障害を、破壊する」
「……そう、ですね」
シオンが、大きくうなずく。
「行きましょう」
そして、シオンが一歩踏み出した――刹那。
消し飛ぶ。
目の前にいた、味方が。敵すらも。
巨大な魔力の塊によって、まるで蒸発するかのように抉られる。
後に残ったのは、濃密な魔力の残滓と、巨大なクレーターと……そして、私達の驚愕。
なんだ……今のは。
いや。なんだ、と問うまでもない。
ただ、圧倒的なまでの魔力による暴力だ。
けれど……そんなことが、なぜ?
なぜ……そんなことが、出来るのだ……!?
だってそれは、臣護さんや、翁でもなければ……。
そんなことを考えながら、私は空を見上げた。
見つける。
浮かんでいた。
いや――それよりも、漂っていた、と表現するのがふさわしいか。
風に、黒いマントが、ゆらゆらと揺れる。
その顔は、気味が悪いくらいに白い仮面。
仮面には、表情のない目がくり抜かれ、その奥には瞳の輝きを除けない。
――それが、十人。
男か女か、そんなことも分からない、十人の黒づくめで仮面をつけた集団が、円になって漂っていた。
誰なのか……問うことすらできない迫力が、そこにある。
威圧感ではない。
こんな、身体にまとわりつくような、どろりとしたものを威圧感などとは呼べないだろう。
だから、迫力。
命のない亡霊を目の前にしたような、冷たい迫力だ。
――と。
私の身体が、動いていた。
障壁を張る。
自分でも、その行動は自覚していなかった。
本能、というやつだろうか。
しかし……私の障壁が瞬間で砕け、そして私の脇腹が、裂けた。
†
雷が、まるで何匹もの蛇のように這い寄る。
それがワシに触れる直前、はじけ飛んだ。
「っ……出鱈目な!」
なにも難しいことではない。
ただ、ワシがまとう濃密な魔力の層を、あやつの魔術が突破できなかった。それだけのことだ。
もっとも、自慢じゃがこんなこと臣護でも出来ん。
……いやまあ、臣護には加速魔術にしか適正がないからなのじゃが。
っていうか臣護が他にも魔術適正を持っていたら、普通にバケモノじゃな。
加速魔術だけですら、ワシ以上の実力を若くして手に入れているのだ。
ふん、考えただけでうすら寒くなってきおったわ。
「出鱈目という言葉はワシなどより、あやつにぶつけるべきじゃな」
つぶやき、魔術の刃を放つ。
と同時、ここまでの戦闘で出来た瓦礫を魔力で持ち上げ、第二席に振り下ろす。
加えオケアヌスの防衛機構の砲火が炸裂する。
……そこいらの有象無象なら跡方すら残らんじゃろうな、これ。
立ち上る土煙やら爆炎やらを見ながらそんなことを思っていると、そこから第二席が飛び出してきた。
流石じゃな。
これでも倒れぬか。
第二席というのだから、まあこのくらいは当然とも言えなくはないか。
ふと、いまだに晴れぬ土煙の向こうで、巨大な魔力をかんじた。
……煙を目隠しに、黒の魔術か。
第二席の黒の魔術展開は……八秒、というところかの?
一桁秒というのは、驚異的じゃな。歴代でも指折りの《黒》じゃろ。
すでに、黒の魔術は完成してしまっているらしい。
……ふむ。
「食らうがいい、第一席……いや、裏切り者!」
「ちなみに、のう」
煙の向こうから、黒い雷が伸びてくる。
それがワシに届く、直前。
ワシの目の前に、巨大な黒色の球体が生まれた。
それが、黒い雷を受け止め……そして、球体の一部が欠けるのを代償に、雷がかき消える。
「――な……」
第二席が、目を見張る。
「なんだ……それは……!」
「なに、じゃと? は、おかしなことを言うな。決まっておるじゃろうが」
貴様とて、知っているであろうに。
なにせ、今こうして、貴様も使っているのだから。
「黒の魔術」
言う。
「ありえん!」
すると、第二席が叫び声をあげた。
「黒の魔術が、そんな一瞬で――!」
「出来るんじゃよ」
おお。
そういえば、これも臣護に勝っているところじゃな。
「ワシの黒の魔術が発動するまでに必要なのは、一秒。それで二度と戻れぬ闇がそこに生まれる」
「――……」
言葉も出ない、か?
それを情けないとは言うまい。自らの常識を打ち砕かれるというのは、そういうものだ。
……ちなみに臣護ならここで黒の魔術に一分近くかけるところじゃな。
あやつは加速魔術特化じゃからな。一分かけるとはいえ黒の魔術を使えるだけでおかしいんじゃ。
しかも、そうでなくてもあやつの斬撃は馬鹿げた威力で、しかも発動まで一秒すらかからんから……黒の魔術など使わぬでも、ワシに勝てるだろう。
……もうすでにあやつはバケモノじゃな。うん。
「さて。第二席。ワシは、若き子らほど優しくはない。生かして、などという生ぬるいことは出来ぬぞ」
黒の球体が、鼓動する。
「なにか言い残すことはあるかのう?」
「っ……」
第二席は、覚悟を決めた瞳で、ゆっくりと口を開いた。
「……マギは、貴様らには、負けぬ!」
その言葉を最後に。
黒の砲撃が、第二席の身体を無にした。
「――ワシらはもとよりマギと争ってなどおらぬよ。ワシらは、人と戦っているのだ」
第二席、あっさりしすぎたかも。
でも、じいさんの強さって別格なんだもの。