6-15
至るところで戦いの炎が立ち上っていた。
……オケアヌスの強度からして、このくらいの戦いではびくともしないだろう。
とはいえ、いつまでも戦いを長引かせればオケアヌスの負担になるのは間違いない。
この島の開発者の一人としては、一刻も早くこの戦いを終わらせたいものだ。
その為にも……まずは、彼を倒さなくてはいけないか。
私は立っていた尖塔の頂点から、飛び下りた。
そのまま、一瞬で地面に到達する。
着地寸前に魔力で落下の威力を全て殺した。
そしてそのまま、炎の槍を五つ生みだし、投擲する。
目標は、目の前にいる魔術師。
円卓賢人第三席、グルミール=スィリイ=アデリヒム。
「貴方は……!」
グルミールが、驚愕の表情を浮かべる。
それでもきっちり私の放った魔術を防ぐ辺り、流石と言うべきか。
「久しいね、グルミール。何年ぶりだったか……」
「師匠……!?」
グルミールは、私が円卓賢人時代に、私が側に置いていた魔術師だ。
当時の彼はまだ円卓賢人には数えられていなかったが……それが今や第三席。出世したものだ。
「何故、貴方が……生きているのですか!?」
そういえば、私は任務中に蒸発した、ということになっているのだったか。
死んだ、とグルミールも思っていたのだろう。
けれどそれは……事実ではない。
私はただ、マギを見限っただけのこと。
「さて。君が聞いた情報のどれほどが真実に基づくものなのか……少なくとも、私は今、君達の敵だ」
「どういう、ことですか……!?」
分からない、とグルミールが困惑する。
まったく……。
「教えなかったかい」
加速魔術で、一気に彼我の距離をゼロにする。
「戦場で、余計な思考をするな、と」
そしてその腹部に、拳を叩き込んだ。
しかし……それを、グルミールの掌が受け止めていた。・
私の拳とグルミールの間に、魔力が迸る。
――必殺の威力を込めたつもりだったが……こうもあっさり受け止められるとは。
なるほど。舐められないな。
「師匠、どうして……何故なんですか!? 教えてください!」
「くどい。それよりもグルミール。君がどこまで強くなったのか、少し気になる。かかってきたまえ」
「――……」
グルミールが息を呑み……そして、その呼気が落ち着く。
……良い目だ。
古き魔術師にしておくにはもったいないくらいの、真っ直ぐな瞳。
出来ることなら、その瞳で真実を見つめてもらいたかったのだがね。
「でしたら師匠。貴方を下し、その上で話を聞かせてもらいましょう」
「やれるのかい?」
「昔の俺ではないんです。俺はもう、円卓賢人第三席。《黒》の魔術師が一人なのですから」
「ふむ……肩書きに興味はない」
円卓賢人だから、《黒》だから……それが、なんだというのだ。
私の目の前にいるのはグルミール。それ以上でも、それ以下でもない。
不必要な要素はいらない。
「君を、見せてみたらどうだい?」
「そうさせていただきますっ!」
風を切る音。
グルミールが、鋭い蹴りを私に叩き込む。それを腕で受け止め、魔力を集め、爆発させる。
その衝撃から逃れるようにグルミールは後ろに跳ぶ。
追撃しようとする私に、無数の魔力弾が放たれた。それを、身を低くして避けると、とある言葉を口にする。
「――迎撃システム、一部掌握。敵個体補足。攻撃開始」
その瞬間。
私の背後にそびえる尖塔から、一発のミサイルがグルミールへと放たれた。ミサイルは細かいクラスター爆弾をばらまき、グルミールの立っている場所を焼き払った。
この島の制御権は、最優先が姫君であり、その次の優先権を私が持っている。
このくらいのことは、簡単に出来る。
……が、これくらいではグルミールは倒せまい。
私のその予想を裏付けるように、爆煙の中からグルミールが飛び出してきた。
回り込むように、私から一定距離を保ちながらグルミールは円状に動く。そうしながら、無数の炎の弾丸が放たれた。
炎を障壁で放ちながら、指を鳴らす。
と、尖塔の一部から、大型のガトリング銃が突き出し、その銃口がグルミールに向いた。
その危険性を、本能的に感じ取ったか。
目を見張る反応速度で、グルミールが地面を蹴る。
遅れて、そこを銃弾の嵐が蹂躙した。
「っ、面倒なものを――!」
銃弾をばらまくガトリング銃を、グルミールの魔力弾が打ち抜き、破壊した。
「そちらばかりに気を取られていいのかい?」
「――っ!」
グルミールの懐に潜りこみ、至近距離から魔力で作った巨大なハンマーをぶつける。
咄嗟にグルミールはそれに障壁を張り――しかし咄嗟故に強度が足りなかった。
衝撃の砕ける音。
魔力のハンマーは大きく威力を削がれたものの、しかし確実に、グルミールの脇腹へと叩き込まれた。
肋骨を一本か二本、奪った手ごたえ。グルミールの身体が中を舞う。
空中でグルミールが体制を立て直し、飛行魔術で浮かんだ。
「空に留まるなど、狙ってくれと言っているようなものだ」
踵で地面を叩くと、辺りの地面が割れて、そこから小型の銃座が出てくる。その数、十五。
それらの銃口から、魔力を圧縮して作り出した銃弾が連射される。
「ぐ……っ!」
どうにかそれを障壁で弾きながら、グルミールは銃座を端から順に炎で破壊していく。
「背中ががら空きだ」
その隙に背後に回り込み、魔力の大砲を放つ。
砲撃が、グルミールに命中――いや。
「この程度……どうということもない!」
グルミールの身体を中心に、炎の嵐が巻き起こった。
それが私の砲撃を、銃座を粉々に打ち砕く。
……火事場の馬鹿力、か。
そういえばグルミールは、追い詰められれば追い詰められるほど力を増すタイプだったか。
そんなことを思いながら、再び戦闘にミサイルを発射させる。
今度は、五発同時。
個人に対してならば十分すぎるほどの火力。
しかしそれは……グルミールの炎に、逆に飲みこまれてしまった。
「……成長したものだ」
「貴方がいなくなって、どれほどの月日が経ったと思っているのですか! 俺の事を過小評価しないでいただきたい!」
叫びながら、グルミールがさらに炎を密度を濃くしていく。
次第に、炎の色が変わった。
変わった、というよりも……その色が、薄くなっていく。
透明になるわけではない。
色がなくなり……そして、
「見せて差し上げます。これが、俺の《黒》だ!」
炎は、ついに黒になる。
……黒の魔術の展開が、想像以上に早い。
これはまた……凄いな。
感心しながら、しかし、と笑む。
「黒の魔術は、強力無比。しかし、グルミール。それには、一つ致命的な欠点がある」
黒の魔術は、それを扱う為に膨大な集中力を要し、さらには展開まで多少なりとも時間がかかる。ついでに言えば、当然ながら、命中しなければまったく意味がない。
それらを踏まえて言えば……正直、一部例外を除けば、黒の魔術というのは、さしたる驚異ではない。
私はその考えのもと、グルミールの背後に回り、魔力を込めた拳を振り上げていた。
「残念ながら、私は決して、《黒》など恐れたりはしない」
私が恐れるのはただ、ここで理想が折れること。
であれば、なおさらに……そのようなものに怯むわけがない!
「失策だな、グルミール。最強の手札は、使いどころを見極めねば、最弱の手札になる。魔術に頼りすぎるからこその、貴様の間違いだ」
「っ、何を……!」
黒炎が、蠢く。
そして、私に覆いかぶさるように、襲いかかってきた。
「私の魔術は、貴方の魔術を既に超えている!」
「それは結構」
あと数瞬で、黒炎が私に届く。
しかし、私は決して、慌てはしなかった。
それどころか……ひどく冷静でいられた。
認めよう。
魔術で言えば、グルミールは、既に私の上を言っている。それは間違いない。
こうして事を私の有利に進められたのは、兵器の力を借りているからだ。
そして……それでいい。
残念なことに、私は魔術師ではない。
M・A社の社長だ。
ならば自社の兵器を使わない手はないだろう?
「終わりです、師匠!」
「ああ。終わりだ……」
黒炎の動きは、どうやら私の手足を狙っているようだ。
……私を殺すつもりはない、というのか。
まったく……甘いな。
そんな甘さは、好ましいが……しかし、愚かだ。
戦いに手加減は不要。
それこそ、どんな汚い手だって使わなくてはならない。
「ただし終わるのは、君だ。グルミール」
その瞬間。
グルミールの足元に、小さな突起が突き出した。
そしてその突起から……電流が放たれる。
「――ぐ、ぁ!?」
人なら簡単に意識を失うほどの電撃。
その突起は、強力なスタンガンだ。
グルミールは、勘がいい。だからこそ、このタイミングを狙った。
黒の魔術の展開に集中し、絶対にこの攻撃が命中するタイミングを。
「な……に……っ」
ぐらり、と。グルミールが崩れ落ちる。
それに合わせて、黒炎が散った。
まあ、これで魔術を持続していられるわけがない。
「っ……なに、が……」
グルミールは、状況を理解できていないらしい。
気絶していないだけでも、大したものだろう。
「君は敗北したのさ、グルミール。古き魔術師」
「――……」
その時のグルミールの表情を、なんと例えればいいか。
失意と、そして……羨望が入り混じったような、そんな顔。
「……師匠は……強いですね……」
そして、グルミールの身体から力が抜ける。
どうやら限界だったらしい。意識を完全に失ったようだ。
「――そんなことはない」
弟子として慕ってくれるのはありがたいがね。
「これは、科学の勝利、というやつさ。意地汚さと言い換えてもいい」
威張って言うことではないな。我ながら。
†
「……待っていたぞ、オールフィオス=マギ=マゼシュト=オルヴァ=レーゲンハイア」
城門の前に立つ私の目の前に、その姿が現れた。
我が父にして、腐敗せしマギの王。
崩れゆく世界の上で胡坐をかく愚者。
「――ふん。わざわざ、自らの首を差し出しに出て来たか」
「そんなつもりはないがね」
肩を竦める。
「それよりも、いいのか? 貴様ご自慢の王軍は、随分とピンチのようだぞ?」
オケアヌスの各所から、戦闘の衝撃が伝わって来る。
王軍の魔術師は、見事なまでの劣勢だった。
人材としては、確かに王軍の魔術師は優秀だろう。それこそ、オケアヌスにいる反乱軍側の魔術師など足元にも及ばない。
だが、こちらにはアースの力がある。
王軍の魔術師は見慣れない未知の兵器相手に、大きく混乱しているのだ。
その隙をつくのは、決して難しいことではない。
恐ろしいくらいに順調に事態は進行している。
「ふん」
オールフィオスが鼻を鳴らす。
「貴様がなにかたくらんでいることは前々から分かっていた。それに対して、我がなんの準備もしていないと、そう思っているのか?」
「……ほう?」
準備、か。
「是非とも聞かせてもらいたいな。一体なにをした?」
「簡単なことだ」
その口元に浮かぶ笑みに、底知れない嫌悪感を抱いた。
本当に肉親なのかと疑いたくなる。
少なくとも妾は、こんな気味の悪い笑みは浮かべないぞ。
「貴様も優秀な魔術師を集めたようだが――ぬるい」
不意に。
島の一角で、巨大な爆発。
「我の新しき手駒……十人の《黒》からなる裏円卓の前では、貴様の下らぬ策も、行動も、無駄でしかない」
裏円卓……また、なかなかアレな名前だな。
しかし……ふむ。十人の《黒》か。
それはそれは……。
思わず、笑ってしまう。
「気でも触れたか。なにを笑っている」
「おかしいから笑っているに決まっているだろう?」
《黒》。なるほど、《黒》か。
は――。
「貴様こそ、ぬるいではないか」
「……なんだと?」
「貴様が妾の行動を予期していたことなど、とっくに知っていた。そしてそれに、なにかしら奥の手を出してくることもな。だから……妾も、奥の手を用意してある」
妾の奥の手。
……そう。
あいつだ。
あいつの前では、《黒》だとか、そんな細かな区分、些細なことでしかない。
……冴えないグルミール。