6-12
「っ……ぁ……」
「目、醒めた?」
ベッドに横たわっていた第八席が、薄らと目を開く。
彼女は少し、ぼんやりとした瞳でベッド脇の椅子に座っていた私を見て……そして、不意に目を見開いた。
「きさ……っ!」
起き上がろうとして、第八席が顔を歪めた。
「ほら、けっこう怪我してるんだから、動かない方がいいよ? まだ毒の方も抜け切ってないんだし」
「っ……これは、どういうことだ?」
「ん、なにが?」
「どうして……ベッドなどに……拘束の一つもしないで、舐めているのか」
「あー……いや別に拘束なんてしなくてもそんな身体じゃまともに動けないだろうし、私が側にいるから構わないでしょ」
「それが、舐めているのか、と言っているのだ……この程度で私が――」
「はいはい、怪我人は安静にしてようね」
言葉を遮る。
「全く……あの毒くらってこれだけの時間で目を覚ますのも異常なら、そこまで喋れるのもどうかしてるよ」
呆れるくらいに頑丈な人だね……。
「っ……まあ、いい……」
「あれ、意外と素直?」
もう少し抵抗するかな、って思ったんだけど。
「一度負けた身だ。ならば、今更下手に無様は見せん。拷問するなり辱めるなり、好きにするがいい。もっともその時は、舌でも噛み切って死んでやるがな」
……なんか、いつのまにか私が鬼畜みたいに認識されてる?
「そんなことしないよ……」
軽く溜息を吐く。
「それに、そんなすぐに死ぬとか言わないほうがいいよ。これから、マギは変わるんだから、死ぬかどうかは変わったマギを見てからにしなよ」
「……マギを変える、か」
第八席が、瞳を細めた。
「ヴォルシン……貴様は、一体何者なのだ?」
「何者、ね……別に大した人間じゃないよ?」
「私に勝っておいて、大したことがないと言うか」
苦笑される。
「……別に馬鹿にしてるわけじゃないよ?」
「分かっている。いちいちそんなことを言うな。逆に不愉快になる」
気難しい人だなあ……。
「……ヴォルシン」
「なに?」
「どうせ、することもないのだろう。だったら、話してはくれないか」
「……なにを?」
「私が知らないことを。あれだけ大口をたたいていたのだ。そのくらいはかまわんだろう?」
へえ……。
そんなことを聞きたがるなんてね……頭が固いばかりじゃないってことか。
だったら・・・…。
「いいよ。話してあげる。私が知ってる範囲で、話してあげられることなら」
†
かつん、と。
靴の鳴らす音が広い回廊に響き渡る。
足音は、二つ。
俺と、ルミニア。
回廊を歩いていると、すぐに大きな扉にぶつかる。
大きい、というレベルじゃないな……。
見上げるほど、というくらいだ。
ルミニアがその扉に手をかざすと、扉がひとりでに開き始めた。
「見張りも何もいないんだな……」
「まあ、あらかた王宮から邪魔者を追い出したからな」
既に王宮に残っていた円卓賢人は全員捕まえ、政務魔術師や警務魔術師なども殆ど片付いている。
王宮は既に陥落したと言っても過言ではないだろう。
「まったく、アースの力は凄いものだ」
「それだけじゃないだろ」
ここで一番大きな壁だった円卓賢人を捕まえたあいつらの努力だって、凄いもんだ。
「そうだな。感謝せねばならん」
開いた扉をくぐる。
空気が一段と重くなったような感じ。
……。
そこは――王の間。
脇に数え切れぬほどの巨大な柱を抱えた紅蓮の絨毯の先に、玉座があった。
そこに座るべき主はいない……だというのに、妙な威圧感が、そこから放たれている。
ルミニアは、迷わずその玉座へと歩み寄り、その豪華な装飾がほどこされた背もたれの部分に手を置いた。
「これが、マギの王の椅子、か」
その口元に、笑みが浮かぶ。
「それ、どうするんだ?」
「決まっているだろう?」
その笑みが、鋭さを増した――かと思った、次の瞬間。
――ドォン!
魔力の爆発が、玉座を吹き飛ばした。
今まで感じさせた威圧感が、まるで幻想であったかのように、玉座が粉々に砕け、辺りに破片が飛び散る。
足元に転がってきた、玉座の装飾の一部だった金の塊を見る。
「……もったいないな」
あれ、多分相当高いんじゃないか?
歴史的価値としても美術的価値としても。
「旧い時代の玉座など、妾は欲さぬ」
ルミニアの言葉と共に、絨毯に火が灯り、柱が次々に砕けていく。
「妾の玉座は既にある。臣護、そちらに向かうとしよう」
あん?
「そちら、って言われても……それって、どこのこと言ってるんだ?」
「ああ……そういえば、まだお前には教えていなかったか」
「一人で頷いていないで説明してくれ」
すると、ルミニアは何か言おうとして、急にそれを中断した。
「いや……ついてこい。どうせだ、お前の驚く顔を見るのもいいだろう」
「……?」
なんなんだ、一体。
首を傾げる俺の横を、ルミニアが通り過ぎていく。
……まあ、ついてこいって言うなら、ついていくけど……。
っと、早く行くか。
もうそろそろこの場所が崩れそうだ。
†
なんだかやる気も出なくて、家でごろごろ、熱気からくるだるさと暇を持て余していると、そこに電話がかかってきた。
『もしもし、天利?』
電話の相手は、麻述。
海で会ってから、ちょくちょく連絡を取り合ってたりする。
「どうしたの、麻述?」
こんな時間に電話だなんて、珍しい。
いつもなら異次元世界に出てる時間でしょうに。
……まあ、それは私もか。
って、ということは……まさか……。
「そっちもあれ?」
『……多分、想像してる通りかな』
つまり、あれだ。
麻述も、私と同じくやる気が出ない状態なわけだ。
理由は……まあ、今更か。
あいつらが、マギに戦争にいったから。
それが……心配なのよね。
にしても、まさか生きているうちに知り合いを戦争に送り出す日が来るなんて、思いもしなかった。
ほんと、人生って何があるか分からないものよね。
『皆、大丈夫かな?』
「……大丈夫よ。きっと」
絶対、と言い切りたかった。
でも私は、私達は、よく知っている。
戦いの中に、絶対なんてものは存在しないって。
ほんの些細なミスが、死に繋がる。
そういうものなのだと、知っているから。
だから、余計に不安になる。
大丈夫であってほしい。
でも、もし……。
それを考えると……やっぱり、ね。
『やっぱり、ついて行きたかったな……』
「それは、無理でしょうね」
嶋搗の性格からして、どうあっても無関係な私達を戦いに巻き込ませたりはしないだろう。
アイにも、直前までアースに残るよう言い続けていたくらいなのだ。
そしてそれは、リリシアも同じ。きっと、麻述を巻きこんだりはしないだろう。
……私だって、本当は一緒に行きたかったんだけどな。
けれど、嶋搗が本当に私の心配をして巻き込むまいとしているのが分かっているから、言うことを聞くしかなかった。
しかし、嶋搗はきちんと理解しているのだろうか。
嶋搗がそうして私を心配してくれるのと同じくらい、私だって……。
『……なんだか、もどかしいね』
「そうね……」
窓の外を眺める。
嫌味なくらいに青い空が広がっていた。
日差しは暑い。
「私達には、祈ることくらいしか出来ないわね」
『だね……なんて祈ればいいのかな?』
それは――もちろん。
「勝ってこい、って」
『それ祈りじゃなくて命令じゃん』
そうとも言う。
電話越しに二人で、少しだけ笑った。
アマリンを出してみた。そして今章最後の登場。