6-10
「さて、そろそろ……か」
ルミニアがゆっくりと崩壊していく王宮を見下ろしながら、呟く。
こいつが何を考えているかは、俺の知るところではない。
ただ、なんとなく予感はあった。
俺の出番も、そう遠くはなさそうだ。
†
「この、クソッタレが!」
叫び、第七席が魔弾の雨を我に放つ。
それを防ぎながら、空に浮かぶ第七席の姿を見上げた。
……ふむ。
我も飛行魔術は使えなくはないが……飛行しながらの戦闘は不可能。
となれば……さて、どうしたものか。
「は! いくら硬かろうが、テメェは攻撃の手段を持たねえ亀だ! いつかはその馬鹿みたいに硬ぇ甲羅も砕けちまうぞ!」
「貴様風情に砕けるほど、もろくはない」
だが、このままでは防戦一方なのも事実。
消耗も、恐らくは我の方が早いだろう。
となれば、どうにかしなくてはならない。
……まあ、
「攻撃の手段を持たない、と言ったな……残念だが、それは間違いだ、第七席よ」
「あん?」
手段はいくらでもあるか。
我は、新しき魔術師になる。
その一歩として――第七席には、倒されて貰う。
「その身に刻むがいい。新しい時代の息吹をな!」
懐から取り出すのは、一見おかしなもの。
「なんだ、そりゃあ」
それは……まるで剣から刀身が抜け落ちたような形状。
つまりは、柄だけ、であった。
それが我の手に握られている。
「どういうつもりだよ、オッサン。そんなもんでどう戦うつもりだ?」
分からぬだろうな。
馬鹿にするような目をしている第七席を無視して、我はもう一つ、懐から小さな黒い結晶を取り出すと、それを柄尻に差し込んだ。
「いくぞ、第七席」
そして、柄を構え――振るう。
「――!」
その攻撃を感知したのは、やはり腐っても円卓賢人というところか。
第七席が、身体を横に逸らす。
その脇を掠めるように、なにかが通り過ぎる。
第七席のマントが、中辺りから千切れた。
「……なんだ、そりゃあ」
低い声で、第七席は我を睨みつけた。
「それはなんだって聞いてるんだよ!」
「答える必要はない」
やったことは、聞けば単純なことだ。
まず、先程柄に差し込んだ黒い結晶は、特殊な金属で出来たもの。
この柄は、その金属を内部で一瞬で粉末まで粉砕し、そして高速射出する兵器だ。
射出された金属粉末は刃状となり、摩擦力で切れ味を鋭くさせて空を駆け抜ける。
その威力は、決して絶大とは言えずとも、馬鹿には出来ない。
人一人ならば、簡単に殺せるくらいだろう。
「っ、この……てめぇ、一体なんなんだよ!」
「我は――」
一体、なんなのか。
なるほど、もっともな疑問だ。
円卓賢人第九席。
それが、我の肩書きの一つ。
マギを導く魔術師の一人だ。
しかし……これまでの我は、愚かだったとしか言いようがない。
なにも知らなかったのだ。
幼少から、貴族である両親に高潔なる魔術師であれ、と育てられた。その目には、常に煌びやかなマギという世界が映っていた。
だが、それは……鍍金だったのだ。
我が見ていたのは、塗りたくられた煌びやかさだけ。その裏に隠れた、暗い部分は少しも見えてはいなかった。
魔術は人を導けない。魔術は、一つの力でしかない。
それのみに依存した世界の、どこまでも汚いことか。
我はあの小娘に敗北した後、ルミネスウェニア姫の対面した。
そしてあの方に、見せつけられた。
この世界の本当の姿を。
魔術が使えないという理由だけで、人の内臓が引きずり出されていた。そしてそれが、まるで娯楽の代わりのように行われていた。
なんとふざけたことか。
我は、マギの為と、そう信じてここまで生きて来た。王族に仕えて来た。
だが……今のこの世界のどこに、マギの為、などという名目がある?
ただ誰が見ても明らかなほどに、滅びへと向かっているだけではないか。
滅びに向かうことがマギの為だとでも言うつもりか。
ふざけている。
ましてや、マギより優れた面を多く持つアースに劣等感を抱かぬ為に、かの世界を汚らわしいと決めつけ、その認識を押し付けた。
言い訳をするつもりではないが、我も気づかずのうちにその認識を押し付けられた一人だ。
ああ、まったく。
どうしようもないくらい、ふざけている。
こんな世界を、我は望んだわけではない。
確かに、魔術師は魔術を使えぬ人間より優れているだろう。
それは間違いない。
だが……だからといって、魔術師は絶対ではない。
同じ人なのだ。
ただ魔力を扱えるか扱えないかだけの差。
優劣を決めるのは、まだいい。
それで身分を分けるのも構わないだろう。
だがそれは……非魔術師を、同じ人間だと思わない、などということではない!
あくまでもそれぞれの役目を果たすということだ!
だから、こんな現状を認められるわけがない。
我は……、
「我は、マギの未来を望む一人の人間だ……っ!」
結晶を込めて、柄を振るう。
粉末刃が、第七席に襲いかかる。
「意味わかんねえんだよ! テメェの言ってることは!」
それを避けて、第七席は我に魔力弾を再び、雨あられと降らせた、
「分からぬのならば、貴様もまた、愚か者ということだ!」
「っ、まともに喋る気があんのか!?」
どこまでも、言葉の意味は通じないらしい。
激昂し、魔力弾の密度が増す。
……ふん。
これ以上話しても無駄か。
元より、言葉で説得するつもりなどなかった。
我はただ、敵を倒すだけだ……。
その為の準備も、今しがた終わった。
「第七席よ。もう貴様に勝ち目はない」
「ああん? 寝言かよ、余裕だなオイ!」
寝言などではないさ……。
それを証明するために、我は手を掲げた。
魔力が集まる。
「なん…………っ、テメェッ!?」
一拍子遅れて、第七席が気付く。
我の元に集まる魔力が、尋常ではない。
「そんな量の魔力、どっから……!」
魔力の出所は、複数個所。
地面だ。
そう。
地面に落ちている、小さな棒。
魔力カートリッジ。
我はそれを支点として、一つの魔術を成す――!
「その目に焼きつけろ、第七席。これは、マギとアースの可能性の、ほんの僅かな一欠けらだ」
「……!」
――それは、結界魔術。
ただし……規模の桁が違う。
魔力カートリッジを使うことで、我の魔術の格が明らかに上昇していた。
なんと例えればいいか。
魔力で形作られた障壁が組み合わさって、それは出来ていた。
言わば……結界の神殿。
「っ、なん、だよ、こりゃあ!」
結界の神殿は、当然のように空に浮かぶ第七席を取り込んでいた。
そのせいで、第七席の動きが著しく制限される。
第七席が移動できる範囲は、今いる場所から半径三メートルの範囲内だけだ。
障壁に魔力弾を撃ち込んで脱出しようとするが、しかし第七席の攻撃で砕けるほど柔な壁ではない。
我は、一歩歩みだした。
そこにあるのは、結界で作られた階段。
魔力の階段を一段一段上り、空の第七席へと近づく。
「来んじゃねえ!」
「吠えるな、礼儀も弁えぬ小僧が……」
そして、神殿の階段を上り切り、我は障壁越しに、第七席の前に立った。
我は、柄を振り上げる。
「やめろ……」
「そう言われてやめる道理などあるまい」
そして、その柄を――、
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――振り下ろした。
打ち出された粉末刃が、我の意思で結界を通り抜けて、その内部の第七席の身体に喰らいつく。
第七席の左肩から腰の右側にかけて、血が噴き出した。
一瞬で第七席の意識が吹き飛び、その身体が倒れる。
だが……。
攻撃があたる寸前で、どうやら第七席は不慣れながらも障壁を生み出したらしい。
それは粉末刃を完全に防ぐとまでは出来なかったが、それでもその威力を大きく削ることに成功した。
致命傷ではない。
第七席の怪我は出血こそ派手なものの、それほど深くはなく、すぐに応急処置をすれば生き残れる程度のものだ。
……ふん。
仕方あるまい。
いくら気に食わないと言えども、愚かと言えども、こいつもまた、マギの為に戦ってきた者の一人。
その点は……まあ、評価してやるべきか。
さて……止血でもしてやるとしよう。




