6-7
まずは魔力弾を第五席に放つ。
それは一直線に彼の身体に命中――した。
「……」
喜びはない。
何故ならば、円卓賢人第五席。
彼の魔術の一つは――。
僕の魔術をくらった第五席の身体が、溶けるように空間に消えた。
――幻影魔術。
あの第五席は、偽物だったということだ。
外見的にも、魔力的な観点から見ても、おそらく科学的に判断したとしても、あの幻影は見破れないだろう。
完全な幻影。
そして……僕は、いつ第五席が幻影に入れ替わっていたのか、分からなかった。
最初に現れた時?
それともそれ以降の、どこかで?
分からない。
それが、微かな恐怖心をあおる。
幻影は消えた。
では、本物の彼はどこだろう?
見当たらない。けれど、確実にいる筈だ。まさか逃げるなどと言う選択肢をここで選ぶわけがない。
多分、幻影魔術で姿を隠蔽しているのだろう。
どこに――。
そう、気配を探っていると……不意に。
膝をつく。
「っ……!」
なにか攻撃されたわけではない。
――いや、これも攻撃と呼べるのだろうか。
僕が膝をついた、その理由。
自分の体重が支えられないのだ。
これが、第五席の二つ目の魔術。
重力魔術。
単純に言えば、対象の重量などを操作する魔術だ。
っ……咄嗟に、身体に魔力を纏わせる。
この重力は魔術によるものだ。
ならば、魔力に寄って跳ねのけることは出来る。
その考え通り、僕の身体の重さは、元に戻った。ただし、常時その状態を維持するには、少し問題があった。
常に魔力を全身に纏うともなれば……当然、それで大分、魔力の制御の手が奪われることになる。
通常の三割。そのくらいか。
……けれど、大丈夫。
今の僕は…………魔術だけではない。
ばちん、と。
右手につけたインドラが、微量の電気を流す。
「……アースの兵器か」
突如、目の前の空間に、滲みだすかのように第五席の姿が現れる。
それが、果たして本物か、偽物か……。
考えるより早く、インドラから一筋の雷が放たれた。
それが第五席を貫き……そして、溶ける。
「貴様がそんなものを使うとはな……」
背後に、気配が二つ。
気配までも再現できるなんて……本当になんてでたらめなのだろう。
振り向きざまに雷撃。
しかし、貫かれた二つの姿は幻影。
っ……本物は一体どこに……。
「どういう心境の変化だ?」
「寡黙な貴方にしては、珍しく多くの言葉を口にするのですね」
第五席の印象は、石像だ。
そこに静かに佇む、堅牢な存在。
しかし今こうして、どこからともなく言葉を投げかけてくる第五席は、それとはちがった印象を抱く。
「僕は……ただ、この世界にとってなにが最も正しいのかを考え、そして、その道をあの方と共にいこうと、決めたのです」
姫。
あの方の行く末まで共に歩み、そしてあの方が道を違える時は遠慮なくそれに牙を向ける。
そう決めて、行動しているのだ。
「……そうか。ならば、多くは言うまい。ただし、一つだけ」
第五席が、また現れる。
インドラを放つ。
障壁によって雷が弾かれた。
防御した……ということは、まさか、本物か?
「貴様の正しさとは、なんだ?」
「魔術だけでなく、多くのものがそこにある。そんな世界を作り上げるということです」
先日。実際に、アースに行って、分かったことがある。
アースについて、僕は多くは知らない。
けれどそれでも……アースは、決して狭くはなかった。
あれを見て、今ならはっきりと分かる。
今のマギは、まるで狭い空間にいろいろなものを圧し込んだかのように、窮屈だ。
まともな空気もなく、淀んでいく一方。
それでは、駄目なんだ。
きっと……もっと、広い場所にいかなくちゃ……・
「いいだろう。であれば、第十席よ。貴様の理想と我が力、どちらが上か……はっきりとさせることにしよう」
第五席の身体が、ブレた。
え……?
次の瞬間。
第五席の姿が二つになる。
ズレるかのように、その身体が増えた。
そしてそれは、一度ではない。
また増え、そして増え、さらに増え――……第五席が、どんどん増えていく。
僕を、第五席達が囲んでいた。
そして、その全員が、僕に片手を突き出す。その手に、魔力が集まった。
そして――全方向から魔力弾が放たれた。
僕はそれを、空に舞い上がることで回避した。
だが、その僕を第五席が追撃してきた。
第五席の拳に魔力が収束し、そのままそれが、僕にぶつけられる。
咄嗟に障壁を張って、それを防いだ。
と、今度は別の第五席が僕に拳を振るう。それは同じく魔力を纏わせた拳で相殺する。
さらに、多くの第五席が僕へと追撃を仕掛けて来た。
その全てが、まるで実体を持っているかのように僕を攻撃してくる。
っ……!
なにか悪夢を見ている気分だ。
全部が本物なんじゃないか、とすら思ってしまう。
でもそんなわけがない。
これは、幻影だ。
本物はたった一人だけ。
幻影ならば一撃で消える。
僕はインドラを最大出力で撃ち出した。
巨大な雷が、轟音とともにいくつにも枝分かれをして、第五席達を撃ち消していく。
地面に着地する。
見れば、周りに第五席の姿は一つもなかった。
……このままじゃ、やられる一方だ。
僕は、少し乱暴な手をとることにした。
†
巨大な瓦礫が私に落ちてくる。
それを、前に駆けて避けた。
「あはは! 上手く避けるものですねえ!」
乾いた拍手は、第四席の手元から。
……彼女の姿は、空中にあった。
遥か上空に浮かんだ、数え切れない瓦礫。そのうちの一つにその姿はある。
思わず、舌打ちが零れた。
「でも、避けてばかりじゃマズいと思いますよぉ?」
からかうような声色。
私と彼女の間の距離はかなり開いているのに、異様にその声ははっきりと聞こえる。
第四席が酔狂にも魔術で声を届けて来ているのだ。
解放魔術は、使わない。
いや。
使う意味がない。
なぜなら、今、私が解放魔術を使っても、消せる魔術は、この声を伝える魔術のみだからだ。
あの瓦礫を落とすことは出来ない。
第四席の魔術。
それは……物体干渉。
簡単に言えば、念動力と思えばいい。
魔力で物体を覆い、それを自由に持ち上げたり、振り下ろしたり、そんな風な魔術だ。
瓦礫を浮かばせているのも、その魔術によるもの。
で、私がどうしてあの瓦礫を落とせないのかだけれど……。
簡単だ。
あの瓦礫が浮かんでいるのは、上空三十メートル以上。
そして、
私の解放魔術の効果範囲は――三十メートルまで。
驚異的なのは、第四席。
「貴方がなにをしているかは分かりませんが、どうやらここにいれば何もできないようですねえ!」
彼女は……私の能力を見極めもせずに、しかしその効果範囲だけを、正確に把握した。
その状況把握能力は……うすら寒いものを感じさせる。
「どうです? これが私の戦い方です」
第四席が右腕を掲げ――。
その動きに合わせて、瓦礫の一つが動く。
そして、第四席の右腕が振り下ろされた。
と同時。
巨大な瓦礫が、私に落ちてきた。
「相手の手が届かない場所からの大質量による攻撃! 汚いと思いますかあ? 私は汚いと自負していますけどねえ!」
っ……!
第四席が意外と好きな作者。