6-4
「魔術なんて下らない。魔術なんて、ただの技能の一つでしかないんだ。それが全てだなんて、この世界は、終わってる」
そう言って、ヴォルシンの手に握られた何かから、魔力の塊が吐き出された。
その全てを、剣の一振りで消し飛ばす。
「魔術なくしてこの世界はありえん。なぜそれが分からん!」
「魔術に依存したままじゃこの世界は終わる。なんでそれが解らないの?」
どこか、底冷えするような声で言い放ち、ヴォルシンがこちらに駆けて来た。
なんのつもりだ――?
私相手に、距離を詰めるなど……。
「魔術なんて、本当は必要ないんだ……人は、魔術なんてなくても、生きていける。現に、アースの人達は、そうして、マギよりずっと素晴らしい世界を築いた!」
その時。
ヴォルシンが握る何かが、形を変えた。
先端部分に、棘が突き出す。
そしてその刃に、魔力が籠もった。
まずい……っ!
咄嗟に、地面を蹴る。それと同時、ヴォルシンが右手を振るった。
魔力が、矛となって私のいた場所を突き抜けた。
そのまま、魔力の矛は後方の建物の壁を砕く。
私はと言えば、近くの建物の屋根に跳び移っていた。
「……マギよりも、アースの方が優れていると言うのか?」
「そうだよ。貴方はきっと、アースなんて魔力もなくて、兵器なんて意味の分からないものを使う、穢れた世界だと思っているんでしょう?」
「その通りだろう?」
アースに魔術師はいない。そもそも、魔力という土壌から欠如しているのだ。
そんな世界など……。
魔術なくして人の発展は有り得ないのだ。
だからこそ、マギはここまでこれた。
「……ほんと、歪んだ情報しかこの世界にはないよね」
小さく、ヴォルシンが苦笑した。
「ヴォルシン。貴様、一体どうしたと言うのだ。それほどの実力を持ちながら、マギにその力を役立てようとしないどころか、刃向かうなど……洗脳でもされたか」
言うと、ヴォルシンが笑みを零した。
「マギの為にこの力を役立てる? なに、それ」
心底おかしい、とでも言いたそうな顔だ。
「なにを笑っている」
「あのね、私これでも元は政務魔術師だから」
「……なんだと?」
馬鹿な。
元はマギに仕えていたというのか、この女は。
それで、今こうして盾突いている?
……意味がわからん。
「その経験上言わせて貰うけど、成り上がりの魔術師はね、どれだけ実力があっても汚れ仕事を押しつけられるばかりだよ。私が政務魔術師として最後にやった仕事も、アースに出向いて、あっちの異次元世界探索者の同行だったしね。ま、それだけは感謝してるけど」
なんだと?
これだけの魔術師がアースなどに向かうなどという仕事を?
「何故そんな、有能な者を埋めるような真似をするのだ……」
「馬鹿じゃないの?」
ヴォルシンが、元の形状にもどった兵器をこちらに向けた。
そして、その先に空いている穴から魔力が次々に撃ち出される。
建物から建物に跳び移りながら、それを避ける。
「そんなの、決まってるでしょ。さっきも言った通り、多くの魔術師は、魔術が使えない人間を家畜程度にしか思ってない。そんなとこから出て来た人間を、例え魔術師だからって言って、まともに接するわけがないんだよ。私はまだ実力があったからいいけど、中途半端な成り上がりは可哀そうだよ? 仕事を少しでも誤ったら、普通に瀕死になるまで制裁っていう名目の暴力にさらされるから」
……そんな愚か者が、本当に魔術師の中にいるものだろうか?
信じられんな。
「だからさ、やっぱりこの世界は最低だよ。人を、同じ人が罪の意識もなく傷つける。そんな世界のどこが、素晴らしいの?」
「……戯言はもう止めにしろ、ヴォルシン」
「これだけ言っても、まだ分からないの?」
呆れたように、ヴォルシンは溜息を吐きだした。
「本当に……さっき洗脳とか言ってたけどさ、どっちかっていうとそれ、そっちのことでしょ。魔術は至高、魔術こそ全て。そんな風に洗脳され過ぎ」
「洗脳ではない。これは、正しき信仰だ」
「正しき、ね」
肩を竦めて、ヴォルシンが両手にもっていたものを放り投げた。
……どういうつもりだ?
「まあ、言葉で分かれば戦争なんて起きてないか」
「……投降でもする気か?」
いや、違うだろう。
この流れで、ヴォルシンが投降などするはずがない。
言っている内容はともかく、その瞳は、確かな信念を持った人間のそれだ。
ならば、どうして武器を……。
そんな私の思考が、顔に出ていたのか。ヴォルシンが苦笑しながら言う。
「ああ……これ、ちょっとこの肝心な場面で動作不良が起きちゃって。使えなくなっちゃった」
……?
動作不良……?
どういうことかは分からないが、ともかく使えなくなったというのは分かった。
「……武器もなく、私に勝つつもりか?」
「あのさ……私の武器があれだけだと思う?」
懐に手を入れてヴォルシンが何かを取り出す。
すこし大ぶりのナイフだ。
「そんなもので私と戦うつもりか」
だとしたら、舐められたともだな。
「そうだね。これだけじゃキツいし……その他、奥の手も使うことにするよ」
ナイフを握る方とは逆の手を再び懐に入れて、ヴォルシンがなにかを取り出し、そしてそのままそれをこちらに投げて来た。
……棒?
小さな棒だ。
光沢を持つ、恐らくなにかの金属で作られたものだろう。
こんなもので、どうするつもりだ?
「私の魔術じゃ火力が足りないからさ……少し、火薬を足したらいいんだよね」
次の瞬間。
その棒を中心に、強大な爆発が起きた。
†
魔力カートリッジ。
普段は魔導水銀剣の強化とか、あとさっきの魔力弾性の銃器とかのために使うんだけど、私はちょっと違う使い方をしている。
魔力カートリッジは、魔力が内側に凝縮されている。それでいて、とても小さい。
少しコツはいるが、少し練習すれば、これほど魔術の媒体に相応しいものもないだろう。
今の魔術は、そうやって私が普通に制御できる魔力にプラス魔力カートリッジで発動させた魔術なのだ。
その火力は、通常の倍程度まであるだろう。
正直なところ、私はこの手段なら円卓賢人に通用すると思っている。
事実、その通りだった。
爆炎の中から、第八席が飛び出してくる。
その左腕は、血で汚れている。あとは、火傷だ。
左腕一本を盾にしたのかな。
それであの爆発をしのげるって十分すごいことだけど……でも、うん。
これならやれるかな。
「……どういう手品だ?」
第八席が、苦々しい表情を浮かべる。
まあ、散々偉そうなこと言っておいて、これだからね。
「手の内を自分から晒すわけがないでしょ? でもまあ、あえて言うのであれば、アースの英知の勝利、かな」
懐から、更に魔力カートリッジを取り出す。こんどは、指に間に挟む形で四本。
私のジャケットの内側はカートリッジが収納できるようになっているのだ。
「勝利?」
第八席が、大剣を構えた。
――両手で。
左腕も、怪我などしていないかのような流れるような動きを見せる。
「その言葉は、私に勝ってから口にするのだな」
「……いいよ」
ナイフを構えて、意識を磨ぎ澄ませる。
「どうせ言葉じゃ分からないんだから……それなら、きっちり身体に教えてあげる。魔術なんて、そんな大したものじゃないって」
「言ったな。ならば来い。貴様のその夢想、我が力で撃ち砕いてやろう」
そして……互いが前に飛び出した。
二人の間の距離が一瞬でゼロになり、第八席が剣を振り下ろす。
流石に、両腕で扱ってるだけあってさっきより刃は速い。
けど、本当にただ速くて、威力があるだけ。
もう、第八席の剣は見慣れた。
第八席は、あくまで魔術至上主義者。
強化魔術という得意な魔術の使い手であるからこそ、剣という、魔術師にとっては縁遠いものを使っている。
でも、その剣はただ破壊を拡大させる為だけのものだ。
その剣に技はない。
そもそも、マギは魔術が先行しすぎて、他の様々な技術が発展していない。それは、武術だって例外ではない。
マギとアースでは、科学技術ばかりではない。武術や、他の様々な面で大きな差があるのだ。
だから第八席の剣は、威力はあっても、巧みではない。
これなら、臣護の剣の方がよっぽど怖い!
ただ振り下ろされた大剣を、ナイフでいなす。
きちんと身体の動きを制御できていれば、このくらいは難しいことじゃない。まあ、多少は手が痺れたけどさ。
「なに……!?」
ナイフなどで攻撃をいなされた第八席の表情に、驚愕が混じる。
その鼻先に、魔力カートリッジを四本挟んだ手を突き出す。
「今度は、五倍の威力だよ」
その手から、第八席に向けてあまりにも大きな爆発が襲いかかった。
「――ッ!」
大剣を盾にしながら、第八席が飛びずさる。
けど、逃がさない。
さらに魔力カートリッジを懐から引き抜いて、投擲。
巨大な爆発が、第八席を追尾するかのように連鎖的に発生する。
「逃げてばかりじゃ勝てないよ?」
今度は、まとめて十本以上のカートリッジを握り締める。
そのまま……それを、空高く放り投げた。
「これはどうかな?」
そして空に舞ったカートリッジから、巨大な炎が地面に向かって放たれた。
辺りが一面、焼き払われる。
いろいろなものが焦げる臭いと、肌に触れる熱と、そして蒸気が立ち上った。
第八席は……、
「やってくれるな!」
蒸気を切り裂いて、全身に怪我を負ったボロボロの第八席がこちらに飛び出してきた。
横に払うように震われた大剣を、屈んで避ける。
そのまま、低い姿勢で第八席に肉薄した。
ナイフを斜め下から切り上げる。
「ふ……っ」
第八席が身を捻ったせいで、刃は頬を浅く切るだけに終わった。
左腕を大剣から離して、第八席が私の胸倉を掴む。
「不用意に懐に入ってきたのは失策だったな?」
「っ……」
私を掴む手にナイフを振り下ろす。
が――その手にナイフが届く前に、私の身体は地面に叩きつけられていた。
「っ、が――ッ!」
肺から空気が一気に押し出され、身体中が悲鳴をあげた。
まず――意識、途切れそう。
白濁しそうになる視界の焦点を、どうにか合わせる。
そんな私の喉元に、大剣の剣尖が突き付けられた。
「終わりだ、ヴォルシン」
「……」
第八席の冷淡な声。
「やはり、魔術こそが至高なのだ。魔術こそ、人を導く指標」
「……ふ、」
――ああ、駄目だ。
そんなこと言われたら、もう堪え切れない。
「ふ、ふっ、ふふ……はははっ……!」
突然笑い出した私に、第八席の怪訝そうな視線が向けられる。
「貴様、なにを笑っている?」
「ああ、ごめんね、おかしくって」
「おかしい?」
そう。おかしい。
だってそうでしょ?
「自分の敗北に気付きなよ、円卓賢人」
「なん――!?」
ぐらり、と。
第八席の身体が、よろめいた。
その隙をついて、付きつけされた大剣を弾いて、跳び起きる。
そのまま、第八席の顎を掌で打ち上げた。
「ぐ……ぁ……っ!」
それで倒れないのは、率直にすごいと思う。
顎にあんな風に打撃を入れられたら、脳を揺さぶられて、普通まともに立ってられないと思うんだけど……。
「貴様……なに、を、した……?」
第八席の瞳は虚ろ。多分、今あの瞳には暗闇しか映ってない。
「あのさ、貴方は私の攻撃を――ナイフを受けた時点で負けが決まったようなものだったんだよ」
さっき、第八席の頬を私のナイフが掠めた。その時のことを言っているのだ。
「……っ、まさ、か……!」
どうやら気づいたらしい。
「そ。毒だね……ああ、安心していいよ。致死性じゃないから。まあ、普通は数日間身動き出来なくなるんだけど、掠っただけだし、多分あと数時間で回復すると思うけど、それまでは戦いなんてとてもじゃないけど出来ないよ」
身体の自由だけじゃなくて、他の感覚もかなり奪われる。
今の第八席は、言うなれば夢の中を漂ってるくらいに頼りない状態だろう。
「貴様……毒など、戦いに使う……とは……」
「卑怯だなんて言わないでよ?」
それ言うならそっちこそ卑怯だよ。
「建物なんかを平然と片腕で壊せる人の台詞じゃないから、それ。それにね、アースにはこういう言葉があるんだよ?」
それは――。
「勝てば官軍負ければ賊軍、ってね。つまり、勝てばいいんだよ。汚いって言いたいなら別にそう言ってくれてもいいけどさ。うん、負けるよりずっとマシだよ」
死んだらもともこもないんだから。
「っ、まあ、いい……私に勝っても、まだ、他の円卓賢人や、王が……」
「大丈夫」
そっちには、きちんと向かうべき人が向かっているから。
そしてその人達は……。
「他の仲間は、私なんかとは別次元で強いから」
特に臣護とか第一席とかイェスとか……あの三人はチートだよチート。
そんなことを思いながら。
「マギを――変えるよ」
私はもう一撃、第八席の顎に攻撃を加えて、今度こそきっちり、その意識を刈り取った。
†
魔術によって、報せが届けられる。
……ふ。
やった、か……これは、教えなくてはならんな。
隣に立つ、こいつに。
「アイが、第八席に勝利した。そして、フィーア大陸の城塞都市を陥落させたそうだ」
「……そうか」
「アイ自身は、誰も殺さなかったようだぞ? どこかの誰かに念を押されたらしくてな」
「…………そうか」
は。
まったく、臣護は性格が捻くれているな。
「隠しているつもりらしいが、ご自慢の無表情が少し崩れているぞ。嬉しいなら素直に嬉しがれ」
「うるさい」
さて、大陸一つ。
大きな一歩だな。
……いや。
大願の前では小さな一歩か。
だが、どちらにせよ一歩であることにかわりはない。
なんかアイがちょっとえげつない……。