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6-3

「出だしは順調、といったところか」



 王宮のいたるところで、爆炎が上がる。


 それを、自室のバルコニーから見下ろしていた。


 おそらく、各大陸の中心地でもこれと同じような光景が広がっている筈だ。


 戦争が始まったのだ。



「……」



 隣に立つ臣護は、やはりと言うべきか、不愉快そうに表情を歪めている。


 あの炎の一つ一つが命を燃やすものだと理解してのことだろう。



「臣護。まだ、退くこともできるぞ?」



 少なくとも、妾と信頼した仲間達以外に臣護の存在を知る者はいない。


 臣護は切り札だ。しかるべき時がくるまで、前に出すことはない。


 だからこそ、今ならまだ、臣護は戦いに参加しないという選択肢もとれる。


 きっとそれを、誰も責めはしないだろう。


 だが……、



「……ここで逃げたら、俺の今までが薄っぺらくなる」



 臣護の答えは、後ろに退く意思を否定するものだった。


 まあ、そういう男だろう。臣護というやつは。


 だからこそ、信頼できるというものだ。



「ならば、見ていろ。これは、マギを一度全て灰に還す炎だ」



 そして、灰になって、そこから、新しいマギを始めよう。


 その為に、どれほどの命が散ろうとも。


 我らは、決してそれを厭わない。


 その全てを受け止めて、抱えて……往こう。



 下段から切り上げられた大剣を、避ける。


 あまりの剣速に、風が鋭い刃のようになって私の身体を襲った。


 純粋な強化魔術でここまで……噂に違わぬ、というところかな。


 でも……。



「負けない……!」



 手元から魔術の炎を生み出し、その炎は一瞬で辺りを駆け巡った。


 しかし第八席はそれを、



「なかなかやる――が、ぬるい!」



 大剣の一薙ぎで吹き飛ばした。


 っ……魔術を純粋な質量による一撃で吹き飛ばすなんて、出鱈目すぎ……っ!


 その威力に、背筋を伝う冷たさを感じながら、私はさらに炎を生み出した。



「一度通らなかったものが二度やって通る道理があるか!」



 第八席は……それを突き抜けた。


 炎を、その身一つであっさり突破したのだ。



「――っ!」



 そんな……普通にそんなことしたら大火傷したっておかしくないのに……。



「潰れろ!」



 振り下ろされる大剣。


 それに対して私は、むしろ前に飛び出した。


 第八席に肉薄することで、小回りの利かない大剣は私には届かなくなる。


 よし、この距離なら……。


 至近からの攻撃を叩き込もうとして、



「剣が全てと思ったか……!」

「っ……く!」



 咄嗟に身体を捻る。


 第八席が、空いていた方の手を突き出したのだ。その拳は、とてもじゃないが目で追えるようなものじゃない。


 避けられたのは、奇跡に近かった。


 避けられた、と言っても完全にではない。拳が少し肩を掠め、それだけで身体が吹き飛ぶ。



「ぐ……ぁっ!」



 地面を転がり、けれどすぐに態勢を立て直す。


 顔を上げると、巨大な鉄の塊――大剣がこちらに飛んできた。


 慌てて屈みこむと、頭の上を大剣が通り過ぎ、後方で爆発じみた衝撃。



「剣など腕の延長にすぎん。この身一つあれば、貴様一人程度十分すぎる!」



 次いで、第八席自身が徒手空拳のまま私に突っ込んできた。


 距離を詰められたら終わる。


 私は、前面に炎を生み出した。



「だから、無駄と――!?」



 分かっている。


 私の炎じゃ、第八席には火力不足。


 でも……私の武器はそれだけじゃない。


 炎にまぎれたそれが、第八席の目の前に現れた。


 手榴弾。


 それも生体火薬を使ったものだ。爆発力は生半可なものではない。


 私は、近くの瓦礫の陰に隠れた。


 第八席は、手榴弾がどのようなものか知識はないはずだが、本能でその危険を察知したのか。それを掴むと、空高くに放り投げた。


 間髪を置いて、空に巨大な爆発。



「汚らわしいものを……貴様、それでも魔術師か!」

「魔術師だよ」



 瓦礫の陰から出ながら、私は腰の後ろから、それを引き抜いた。



「ただし、次の時代のね」



 それは、二丁のスリムな形のマシンガン。


 ただし普通のマシンガンではない。


 魔力を弾丸に変える、M・A社の子会社であるM・T社の試作兵器だ。


 いろいろと問題点があって現状、製品化はされていない。


 少し前に、私はM・A社からこれのモニターになるよう依頼された。


 理由は簡単だ。


 本来これは、魔力カートリッジから魔力を取り出す。


 けれど……私なら――魔術師なら、魔力のある世界でならカートリッジなどなくとも使えるのだ。


 そこをかわれてのことらしい。


 私としても、魔力を弾丸に変えるこの武器は非常に使いやすかったので、ありがたかった。


 問題は命中精度をはじめとした、いくつかの問題点だが……それだって、私にとってみれば些細なことだった。


 弾はほぼ無限で、連射性にも優れる。


 威力も込める魔力次第である程度自由に調節できる。


 一番のネックは本当ににごくごく偶に動作不良を起こすことだけど……それはまあ、運が悪いと思うしかない。今はそんなことが起こらないように祈るばかりだ。


 ともかく……この武器があったからこそ、私は悠希や臣護にどうにかついていけている。


 だからこそ、自信がある。


 あの二人についていけるんだ。


 だから、やれる。



「次の時代、だと?」

「そうだよ……古い魔術師による腐敗は、もうお終いにするんだ」



 右手のマシンガンを、第八席に向ける。


 そして――引き金を引いた。


 銃口から、青白い光が放たれる。


 たったの一秒で大量に放たれた弾丸が、第八席と、その周囲にばらまかれる。



「ふ……っ!」



 それを、第八席は空に跳ぶことで回避してみせた。


 第八席が着地するであろう地点に、左手のマシンガンの銃口が一足先に狙いを定めた。


 そして、着地と同時、指に力をこめた。


 魔力の弾丸が第八席に襲いかかる。


 狙いなど無視したように滅茶苦茶に放たれた銃弾によって、瓦礫が砕かれ、土煙が舞う。第八席の姿が見えなくなった。



 ――まず……っ。



 直感して、私は後ろに一歩下がった。


 その鼻先を、何かが掠めた。


 大剣だ。


 第八席は、先程投擲した大剣を回収したのだ。多分それで魔力弾を防ぎ、かつこちらに攻撃してきたのだろう。



「よくもここまで避けているものだ、と褒めてやろう」



 土煙の中から第八席の姿が現れる。



「それはどうも」



 心にもない賛辞なんて少しも嬉しくないけどね。



「しかし、解せんな」

「なにが?」

「貴様の言っていることの全てが、だ」



 大剣を上段で斜めに構え、第八席が私を睨む。



「腐敗、と言ったな……」

「そうだよ」

「どういう意味だ?」



 ……そういう問いかけをする時点で、もうどうかと思うんだよね。


 だってそうでしょ?


 つまりこのお偉い魔術師様は、一体どれだけ魔術を使えない人々が苦しんでいるのか、知らない。どれだけ魔術師という存在が魔術の使えない人々にとっての災害であるのか、自覚していない。


 そして、自覚がない悪が、一番どうしようもない。



「ねえ、貴方は、どういう育ち方をしたの?」

「……何故そんなことを聞く」

「別に。興味本位。どうせ魔術師の両親の下で、なにも知らずに魔術の素晴らしさだけ説かれて生きて来たんだろうな、ってことくらい予想はついているし」

「……まるで、魔術が素晴らしくなどない、と言いたげだな?」



 第八席の声の温度が、下がったように感じた。



「そうだよ」



 私は、あっさりと答えて見せた。



「魔術なんて、下らない。そんなの、素晴らしくなんてない」

「――頭に蛆でもわいているのか?」



 次の瞬間、第八席は私の背後にいた。


 速い……!


 背後から振るわれた大剣の腹を蹴り上げる。それによって、私の前髪をすこし切って、大剣は逸れる。


 お返しとばかりに、第八席の顎に銃口を突き付ける。


 しかし、引き金を引くより早く第八席は私から離れてしまった。



「魔術を否定するなど……正気とは思えないな」

「こっちの台詞だよ。魔術なんてものを盲信するなんて、正気とは思えない」



 ううん。


 多分、この人は悪くない。


 悪いのは、それが当然のことにされている、この世界なのだろう。


 でも、だからって魔術師を容認できるほど、私は寛容ではない。そんなの、無理にきまってる。



「私は、子供のころはまだ自分が魔術を使えるなんて知らなかった。ただどこにでもいる、飢えた子供だった」

「……貴様、成り上がりか」



 成り上がりは、非魔術師の家系から突発的に生まれた魔術師に対する呼び方だ。



「知ってる? 多くの魔術師が、飢えた子供を見てすること」

「知ったことか」

「いいや知るべきだよ。何も知らない貴方は知るべきだ……多くの魔術師は、飢えて道端に転がる子供の腹を蹴りあげるんだよ。嘲笑いながら、当然のように。私も、何度かそういうことがあったけど……あの苦しみも、悔しさも、貴方には想像すら出来ないだろうね。それどころか、魔術の的みたいに使われて、殺される子供だっているんだよ」



 今でも、はっきり覚えてる。


 最低な魔術師が、どれだけ人々を苦しめているのか。苦しめられたのか。


 それを思うと……胸の奥にたまったどす黒いなにかを、思いきりどこかにぶつけたくなる。


 きっとこれは、憎悪とか、そう呼ぶのだと思う。



「戯言を。そのような愚かな行為をする魔術師など――」

「十六」



 第八席の言葉を遮って、その数を口にする。



「十六人……私が子供のころ、目の前で殺された子供の数。誰に、なんて聞かないでね?」



 中には、本当に仲がよかった友達も、いた。



「改めて言うよ」



 感情が、力になる。


 今なら、どこまでも戦える気分だった。



「魔術なんて下らない。魔術なんて、ただの技能の一つでしかないんだ。それが全てだなんて、この世界は……終わってる!」



とりあえずアミュレ戦を終らせてから次に行こうかな。

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