6-1
「我が父はワーテル大陸に、王軍と第二席、第三席を連れて視察か」
王軍とは、父が個人的に編成したもので、優秀な魔術師千人ほどで構築されている。あの戦力は、決して馬鹿にはできない。
くっ、と笑みがこぼれた。
だが、それもいなければ何の問題もない。
「ついでに第八席はフィーア大陸、か」
今や、王宮は円卓賢人の上位者が欠け、父もなく、王軍すらいない。残っているのは有象無象入り混じった政務魔術師と雀の涙の警務魔術師、そして、円卓賢人が六名。そして、爺とシオンはこちらの勢力。
王宮はさほど問題ないな。
他六大陸も、父がいるワーテルを除き、準備は終わっている。始まれば、すぐにでも一部貴族魔術師と民による反乱がはじまるだろう。それらの戦力には多くアースの兵器を支給してある。各地の政務あるいは警務魔術師が相手であっても、問題はあるまい。フィーアも、第八席にはちゃんと相手は用意した。
問題はワーテルだが……正直、あの大陸は捨て駒だ。
悪いが、あの大陸では王達の足止めをしてもらう。いくらアースの兵器があるとはいえ、流石に足止め以上のことはできまい。
そしてそれはつまり、敗北を意味する。
負け戦と分かっていて、そこに投入した戦力がどうなるか。言うまでもないだろう。だからこそ、捨て駒というのだ。
「……」
本当のところ、そんなことはしたくない。
ワーテルからは全ての戦力を引き揚げさせてやりたい。
……だが。
だが、しかし、だ。
それでは、事が始まってすぐに王達が王宮に戻って来てしまう。それは、許されない。
いくら妾の用意した連中が優秀と言えども、限界はある。順序立てて行動しなければ、全てが台無しになる。
だからこそ……犠牲にするしかない。
「ふん……背負ってやるさ」
自分でも気付かないうちに、そんなことを呟いていた。
この戦争で犠牲になる者達全ての恨みも、未来も……それくらい背負わなくては、新しいマギの上に立つことなどできない。
そうあると、己で決めたのだ。
「ままならんのう」
爺が、そうんなことを口にする。
「まったく、戦いとは常に惨いものじゃ」
「そうだな……だが、この戦いで流れる血の一滴も無駄にはしない。そうだろう?」
問いかけるのは、部屋にいる者達全てに。
爺。シオン。イェス。リリシア。臣護。
ことの中心に立つ者達だ。
「血を流さないのが一番……だなんて綺麗事は言わないけどな。気分のいいものじゃない。先に言っておくけど、俺は殺しはしないぞ」
臣護が、憮然とした顔でそう言った。
「構わんさ。貴様なら、不殺であっても十分すぎるだろう」
「私は甘いと思うけどね」
そんな兄代わりに、イェスが呆れたように言い放った。
「戦争なんだから、殺して当然でしょ。あっちだって殺す気でくるんだから」
「SWは異常者であっても人殺しじゃない」
「ま、お兄ちゃんがそれでいいならいいけどね」
イェスも、それ以上は言わなかった。
臣護の実力を、身を持って知っているからだろう。
「僕は、フェラインと同意見です。殺さずに済むなら、やはりそれが一番でしょうし」
「そうね。でも、私達は臣護さんと違って、たかが凡才。いざというときは、殺すしかない、という状況になるかもしれない。その覚悟はあるのでしょう?」
「当然です」
リリシアの問いに、シオンははっきりと頷く。
にしても、自分を凡才と言い切るか、リリシア。
臣護を比較対象にするのが間違いだろうに。実際、ここにいる者は誰もが天才だろうよ。
……本当に。
よくこれほどの者達が集まったものだ。
「――まずは、貴様らには礼を言っておこう。此度の戦いに加わってくれたこと、感謝してもし足りぬ」
頭を下げる。
「ひ、姫様!?」
それに、シオンが驚いたような声をあげる。
「顔を上げてください! 姫様!」
「ああ……」
まあ、この辺りはしっかりとしなくてはならないからな。
……そして、これでもう後戻りはできないという決意が固まった。
「妾は、もう今後二度と誰にも頭は下げん。前だけを向いていくと誓おう」
それはつまり、どういうことか。
言わずとも、誰もが理解していた。
「そして、シオン。間違えるなよ」
「え……?」
「妾はもう姫ではない」
息を吸う。
――長かった。
今のマギの歪みに気付いてから、どれほどの月日がたったろう。
最初は、王の子というだけの小娘だった。
だがしかし、爺が妾に力を貸してくれて、移民となったヴェスカーの協力をとりつけ、多くの仲間が集まってくれた……。
そして今、長年磨ぎ澄ませてきた刃を振り上げる時が、ついに来た。
妾はもう、今までの妾ではいられない。
あらゆる意味で、変わるのだ。
そう……。
「妾は――――王になる」
その瞬間。
戦争が始まった。
さあ、古き塵芥共よ。
新しい時代の風の前に散れ――!
はじまったー。
がんばろ。