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死神とドグマ  作者: 結城 光
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オカルトマニア

 6月8日

 東京都渋谷区、イナセ珈琲


「棚崎美命はタロットカードを使って占ってるらしい」


 ホットドッグを咀嚼しながら美久が言った。窓から差し込む陽光が美久の後頭部を照射して、特徴的な長い黒髪は茶色掛かって見えた。


「どうやって調べたの?」


 残り半分ほどになったアイスティーを大事そうに飲みながら叶は訊ねた。


「ネットで色々。大抵の人はインチキって言ってるけど、私はそうは思わないんだよね」

「そうかな? タロットカードで寿命を占うなんて聞いたことないけど……」


 叶は超自然研究会の端くれとして、オカルトやスピリチュアルについて多少の知識はあるが、タロットカードで人の寿命を占うという話は聞いたことがなかった。


「それはそんなに重要なことじゃないよ。そもそも、あなたはいつ死にますって言ったところで、それを証明することはできないんだから、インチキって言ってる人も決めつけているだけ。それに、ネットでこれだけ叩かれているってことは、それだけ客に忖度していないってことでもある」


 美久は口の端に付いているケチャップを紙ナプキンで拭ったあと、「もうひとつ面白い話があるよ」と片方の口角を上げて笑った。これだから美久といると退屈しない。


「これ見て」


 叶にスマートフォンが差し出される。画面には「三上心霊相談所」と書かれた、如何にも素人が作ったような粗末なホームページが映し出されていた。


「また胡散臭いものを掘り出してきたね」

「このチープさが、逆に信用できると思わない?」


 美久は嬉しそうに言った。


「もうちょっと凝ってたほうが人の興味を引けると思うし、何より安っぽいと怪しさ倍増じゃない?」


 叶の顔の前で、美久の人差し指が左右に揺れた。


「考えが甘いね。本当に美味しいラーメン屋は、店の外観ではなく味に拘るの」

「ラーメン屋?」


 美久は画面に指を滑らせて「霊障のご相談はこちらまで」と書かれている下に載っている電話番号をタップした。画面が呼び出し中に切り替わる。


「叶、アポ取っといて」


 再びスマートフォンが差し出される。


「いや、無理だよ」

「一生のお願い」


 根負けした叶は渋々スマートフォンを受け取り耳に当てる。呼び出し音が数回鳴ったあと、「はい、三上心霊事務所」と低い男の声が聞こえてきた。

 会話の切り出し方が分からず、美久に助けを求める視線を送っても、彼女は両手を合わせて頭を下げているだけだった。


『どちらさん?』


 電話の向こうの男が不愛想に訊ねた。


「えっと、私、大学で超自然研究会というサークルに所属していまして……もしよろしければ、取材をさせていただきたくて……」


 隣で美久が頷く。正解だったらしい。しかし受話口からは沈黙が流れた。


『……うちのことはどこで?』

「え……ホームページで……」


 受話口から「ホームページ?」と訝しげな声が聞こえてきたあと、何も言わずに保留音が流れた。


「どう?」


 美久が期待の籠った表情で訊ねる。

 叶はまだ分からない、という風に首を傾げた。


 間の抜けた森のくまさんを1分ほど聞かされ、溜め息を吐こうとした時、音が途切れ、再び同じ男の声で「もしもし」と聞こえてきた。


「はい、もしもし」

『多分なにかの手違いなので、このことは忘れてください。それじゃ、失礼します』


 呼び止める前に一方的に通話を切られ、叶が呆気にとられていると、美久が先ほどと同じ表情で叶を顔を覗き込んだ。


「ごめん、なにかの手違いだって断られちゃった……」


 途端に美久の表情が曇る。


「え? なにそれ、どういうこと?」

「私に訊かれても……」


 正直、叶はここで諦めてもなんの後悔も残らないのだが、美久は腑に落ちていない様子だった。


「俄然興味が湧いてきた。叶、三上心霊事務所に乗り込んでやろうよ」


 美久に瞳に輝きが戻る。こうなった彼女は誰にも止められない。叶は黙って首を縦に動かすことしかできなかった。

 美久が机上の財布とスマートフォンをバッグに詰め込んでいる時、彼女は「あ」と声を上げた。


「今日は安曇先生のトークショーがあるんだった」

「アヅミ先生?」


 叶は聞き返すと、美久は驚いた表情で「知らないの?」と言った。


「うん、聞いたこともない……テレビに出てる人ではないでしょ?」


 美久は額に手を当てて溜め息を吐いた。


「深夜番組に結構出てるよ。ていうか、オカルト好きで安曇先生を知らない人なんていないよ」


 叶はそもそもオカルト好きというわけではないのだが、そのことは胸の内にしまっておいた。

 美久は自分の物差しで相手測ることがしばしばある。今でこそ慣れたが、知り合った当初は何度か不快な思いをしたこともあった。

 叶は「はあ」と、相槌と溜め息の中間にある声を漏らした。


「トークショー、一緒に行こうよ。これを機に安曇先生のこと、知っておきな」


 憎めない眼差しが叶にたっぷりと注がれる。


「いいけど、心霊事務所のほうはどうするの?」

「そんなのいつでも行けるじゃん。安曇先生は今日しかないの」


 美久は再びバッグの中を漁り、一冊の雑誌を取り出して叶の前に置いた。黒い表紙に赤い文字で「月間妖言(およずれごと)」と書かれていて、読む前から読者を選別する気味の悪い雑誌だった。


「私が大好きなオカルト雑誌。これに載ってる幽霊の否定と肯定っていうコーナーを安曇先生が担当してるの」


 雑誌を数頁捲ると、小さな文字でぎっしりと書かれた眉唾な記事の中に、「幽霊の否定と肯定」というタイトルの記事が確かにあった。毎月毎月、幽霊や霊能力の存在について考察しているようで、その内容は叶に到底理解できるものではなかった。


「安曇先生はね、何でも実際にやってみて、その体験談を書くから臨場感とか説得力が違うんだよね。何冊か本も出してるから、今度貸すね」


 恍惚とした表情の美久は、突然思い出したように腕時計を確認して、「そろそろ行かなきゃ」とアイスコーヒーを一気に吸い上げた。叶も大事にちびちびと飲んでいたアイスティーを飲み干し、美久と共に安曇というオカルト雑誌ライターのトークショーの会場へと向かった。

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