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死神とドグマ  作者: 結城 光
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渡されなかった手紙

 同日、6月16日

 東京都千代田区、神田神保町


 ムスビ書房の扉を開けた瞬間から、美命は違和感を覚えていた。

 恐ろしささえ感じる静けさの中に、少女のすすり泣く音だけが虚しく響いているのだ。声の主は、カヤだ。

 入口の戸のすぐ傍で、蹲って涙を流すカヤの元に近寄り、背中を擦ってやり、彼女が泣き止むのを待った。


「おじちゃん、どこかに行っちゃった」


 しゃくり上げながらもカヤはそう言った。

 やはり、電話を切ったあとすぐに祈はどこかへ行ったらしい。三上心霊事務所とムスビ書房がどう関係しているのか、美命には分からなかったが、霊能者界隈で何か不吉なものが蠢いていることは想像に難しくない。


「出ていく時、おじちゃん、何か言ってた?」


 ゆっくりとした口調でカヤに訊ねると、彼女は涙を拭いながら、

「大事な人を助けに行くって」

 と答えた。大事な人、三上大聖のことだろうか。

 それにしても、年端も行かない少女を置き去りにしてまで三上大聖の元へ行くというのは、どういう了見だろうか。

 三上大聖の身に何か危険が迫っているということではないか。

 

「お兄ちゃんも、カヤを置いてく?」


 カヤは、不安げな表情で美命を見つめた(と言っても、カヤは失明しているため、目を瞑っているのだが)。

 カヤの頭に手を置き、優しく撫でながら、「置いて行かないよ」と言った。


 ポケットに突っ込んでいるスマートフォンを取り出し、渚に電話を掛ける。

 呼び出し音が3週目に突入したところで、渚の能天気な「もしもし」という声が受話口から聞こえてきた。


「事情はあとで説明するから、今からムスビ書房に来られないかな?」

『うん、分かった!』


 二つ返事で渚はそう答えたので、通話は終了した。子供の相手をするのは、美命にとってどうにも苦手なことだったので、渚を頼ることにしてしまったのだ。

 ふっと短く溜め息を吐いて、美命は立ち上がった。


 天野叶のことが、頭に過る。

 彼女の余命が幾ばくも無いことを思い出したのだ。ひょっとしたら、自分や、渚だって、もうすぐ死んでしまうかもしれない。改めそう思うと、背筋に冷たいものを感じる。

 他人の死が見えることで、自分の死を意識したことは今までなかったのだが、ここ最近で立て続けに起こっている物事は、あまりにも現実味がなく、自分にとって遠い存在であった死が結びついているのかもしれない。

 彼女が言っていた、F教団なる集団と由良の死の関係性。そして、今回の三上心霊事務所で起こった火事。

 三上大聖を通して、それらの謎が解けるかもしれない。


 美命は二階へ上がり、祈の机を見下ろした。灰の積もったガラス製の灰皿と、立てかけたままの煙管が、今しがたまで彼がここに座っていた姿を想起させた。

 椅子を引き、机に取り付けられた引き出しを開けると、中に一冊の書物が入っていた。

 色褪せて茶色っぽく変色しているが、元の色は赤色だったであろう表紙には「慰霊赦魂典」と書かれている。読み方は分からなかった。

 その書物を取り出し、ぱらぱらと適当にページを捲ってみると、折りぐせのついているページで止まった。そのページには、比較的新しい和紙の便箋が二つ折りになって挟まっていた。

 ひとまず、便箋を机に置いて、挟まれていたページに書かれている内容を解読しようと、目を落とした。

 筆文字でつらつらと不可解な内容が綴られている中で「冥送」という文字が目に入る。


「冥送……?」


 美命は独り言ち、ポケットから三上大聖の名刺を取り出した。

 彼の職業は、冥送士。

 推察するに、この書物は冥送士が何等かの目的で使用するための物。それを、祈が所持している。

 三上大聖と祈の関係性の謎についての外郭に触れたところで、便箋を開いてみる。


 文頭には、達筆な文字で「大聖へ」と書かれている。三上大聖に向けて書かれた手紙らしい。


『お前の元から姿を消して、十余年の時が経つ。俺と共に居れば、蓮だけでなく、お前まで命を落とすことになると思ったからだ。何も告げなかったことは悪いと思っている。申し訳なかった。

 お前が冥送士になったことは風の噂で聞いた。俺は反対だが、お前の望んだことを止める資格は俺にはない。

 だが、これだけは伝えておきたい。

 お前には、生きていてほしい。できるだけ長く。

 それが、親としての最後の願いだ』


 ようやく謎が解けた。祈は三上大聖の親で、息子を救うためにどこかへ行ったのだ。

 そして、向かった先は……。

 F教団。

 鼓動が早まり、額に冷汗が滲んだ。

 もしかすると、祈と三上大聖は、教団の手によってもうすでに殺されてしまったのではないか。由良を殺したように……。

 教団に対する怒りと、死に対する恐怖が、美命の胸中でせめぎ合った。

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